6・和室
洗濯物を片付け、リビングに戻ってくると、扉がふすまに変わっていた。白地に薄紅の雲模様が描かれた、上質なふすまだった。
「変ね。こんなの買ったかしら」
そっと開けてみると、こけしと目が合った。ちょうど向こう側から、こけしがふすまを開けたのだ。
「ちょっと待って。何でこけしが……」
顔は確かにこけしだ。つるつるした頭に小ぶりな目鼻、黒いおかっぱの髪。筒状の体には、赤い縞模様と椿の花がついている。しかし身長が高い。りん子と同じかそれよりも大きいくらいだ。
その上、手足が生えている。操り人形のように細い手足で、難儀そうにバランスをとっている。
「ここも異世界なの?」
ここは和室です、とこけしが言った。すました声と裏腹に、動作はぎこちない。足で立つことに慣れていないようで、上半身が斜めになり、両手をふすまに当てて支えるようにしている。
「入ってもいい?」
「どうぞどうぞ」
こけしはふらつきながら、ふすまをさらに開けた。中に入ると、イグサのにおいが鼻をついた。新品の畳が敷き詰められた、ただそれだけの部屋だった。
りん子は走っていき、寝転がった。さらりときめ細やかな畳が、頬に心地よい。
こけしは体の向きを変え、これまた難儀そうにふすまを閉めた。左右にかわるがわる重心を移し、落ち着かない様子だ。
「あなたもこっちに来たら?」
りん子が言うと、ほっとしたように目を細め、首をきしませてうなずいた。そして、手足を縮めて横になり、りん子の隣まで転がってきた。
「ああ、いいですねえ」
こけしはにっこり笑って言った。丸い顔がぴかぴか輝いている。
りん子は仰向けになり、深く息を吸った。畳のにおいと木目柄の天井、簾を半分開けた窓から差す光が、体にしっとりと馴染んでいく。
「お茶菓子が欲しいわ。温泉宿で出るような」
「オプションをつけると有料になります」
「じゃあいらない」
そういえば柿ジャムパンを買ってきたのだ。ほうじ茶を入れて、畳に足を伸ばして食べるのもおいしいだろう。
りん子は目を閉じた。
『気に入ったようだな』
すっかり聞き慣れた声が、畳の下から聞こえてきた。りん子は寝返りをうった。編み上げられたイグサの一本一本から、声が立ち上ってくる。
『どうだ。この世界の住人になってみないか』
「そうね。ちょうど和室が欲しかったところだし」
りん子はこけしと顔を見合わせ、にっと笑った。
「でも、大家さんが来た時は元に戻してね。勝手にリフォームすると怒られるから」
よかろう、と声は言い、畳の中に戻っていく気配がした。
りん子とこけしは、並んで大の字になった。ゆっくり吹き過ぎる風のように、時間が流れていく。妖精が飛ぶ空も、広い荒野も、柿の木も、太陽の熱さも、冷たい星の川も、全てがここにあるような気がした。
ご愛読ありがとうございました!
引き続き、りん子シリーズをよろしくお願いします。