第六章「天皇家主催パーティー」―3
その夜、由梨亜もまた、眠れなかった。
パーティーで見た、ルーレ、ルーリ、ルーマの顔――いいや、物腰や雰囲気といったものが、何だか気になって仕方ないのだった。
どこかで、似たようなものを見たことがあるような気がする……だが、その顔に見覚えはない。
(何なの……一体、何なの……? それに、この胸騒ぎ……落ち着かない。落ち着かないわ……何か、考えなくちゃいけない気がするのに、考えちゃ駄目なような気もする……一体、どっちなの? それに……何で? 何で、あの三人姉弟が気になるの? あの人達は、私と何の関係もないはずなのにっ……! 一体、どうして? 何で? 何で、ここまで気になるの? 一体、私……は……)
由梨亜は、とてももどかしい思いに駆られていた。
あともう少しで答えが出そうなのに、出ない。
知りたいのに、知るべきではない。
興味があるのに、怖い、怯える。
相反する思いが、由梨亜の胸を掻き乱していた。
(嫌だ……怖いっ……! でも、知りたい……全てを! 私は……)
『眠れないようですね、富実樹』
由梨亜の脳裏で、癒璃亜の声が響いた。
(曾御祖母様……)
二人は普段、頭の中で会話をしている。
この前は千紗に見せる為、癒璃亜は実体化し、口で会話したのだ。
(曾御祖母様……何だか、昼間に会ったウォンレット家の三人姉弟のことが気になって……それで、眠れなかったんです)
『そうですか……それに関して、とても面白い情報を仕入れて来ましたが……聞きたいですか? 富実樹』
(えっ……情報、ですか?)
『ええ。情報です。聞きたいですか?』
(私、は……)
由梨亜は、返事に困った。
自分の気持ちが、よく分からなかったのだ。
(よく、分かりませ――)
『本当に? 分からない?』
(えっ……?)
由梨亜は、驚いた。
まるで、自分の気持ちが分かっているような答えだった。
『まあ、分からないというのであれば、仕方ないですね。それでは、絶対に聞かなければならない時に、聞かせましょう』
癒璃亜の声は、少しずつ遠ざかって行った。
「待ってっ!」
思わず、由梨亜は声を出していた。
そのことに自分でも驚き、慌てて起き上がって千紗を見た。
だが、千紗は何も気が付かなかったようだ。
相変わらず熟睡している。
穏やかな寝息が、絶え間なく続いている。
由梨亜はほっとして、再び横になった。
『それでは富実樹、聞きたいのですね?』
(ええ……多分、そうなんでしょうね……。私、時々自分でも、自分の気持ちがよく分からなくなるんです。一番よく分かっていなければならないのは、私自身だというのに……)
『富実樹、それは違います。人の心は、誰にも詳しくは分からないものです。……そう、自分自身でさえも』
(曾御祖母様……)
『それでは、富実樹、お聞かせ致しましょう。わたくしが得た、真実を』
癒璃亜は少し間を取ってから、由梨亜にこう告げた。
『富実樹、あのウォンレット家のルーレ、ルーリ、ルーマは、本物ではありません』
(……嘘っ! そんな……まさかっ!)
『本当ですわ。今日――もう、昨日かしら? あのパーティーで三人に会った時、違和感を覚えませんでしたか?』
(ええ……感じました。何だか、周りから浮いていると言うか……何だか、変な感じがしたんです)
由梨亜は、思わず顔を歪めた。
あの感触は、決して快いとは言えない感覚だったのだ。
『富実樹、教えて置きましょう。魔力を持った人間が魔力によって変質、変容させられたものの傍に近づくと、必ず何かを感じるものです。わたくしも、あの三人から何かを感じました』
(えっ……ってことは、あの三人は……)
『ええ、恐らくは』
(そんな……まさか。花鴬国からの、諜報員ってことですか?)
『わたくしもそう思いました。でも富実樹、あの三人が諜報員だとしたら、何か可笑しいことがありますよね?』
(可笑しい、こと……? でも、貴族に化けるのは普通じゃないですか? 貴族じゃないと、正確な情報を得ることはできませんし……)
『そう、それですわ』
癒璃亜は、可笑しそうに言った。
(それ……?)
『ええ。だって、貴族に偽装するだなんて、無理でしょう? 誰も知らない貴族なんて、いる訳ないですもの』
(あっ……! そっかぁ!)
『そうですわ。ということは、本物の貴族に化けているということになります。さて、富実樹。ここでまた可笑しなことが持ち上がって来ます。それは一体何でしょう?』
癒璃亜の楽しそうな言葉に、由梨亜も楽しげに答えた。
(簡単だわ。彼女達が偽者なら、親はどうなのか?)
『御名答。わたくしもそう思って、あの三人の父親や母親の所へ行きました。そうしたら、二人からはそのような気配は何もしませんでした』
(じゃあ、こっそり入れ代わったか、親も知ってるってこと……? もし知ってるとしたら、裏切りじゃないの!)
『ええ。ですから、それも調べてみましたわ』
(えっ……? どうやって?)
由梨亜が思わず目を瞬くと、茶目っ気に満ちた声が返って来た。
『彼女達に憑いて行ったのです。そうしたら、親は彼女達のことを知っていて、リャウラン国の王子と王女だそうです。でも、彼らが使っているのは間違いなく、花鴬国の魔族の力です。ですから、しばらく待ってみました。そうしたら、もっと面白いことが分かったのです』
(もっと、面白いこと……?)
『ええ。ルーレ・ウォンレットと名乗っていた少女は、花雲恭富瑠美。ルーリ・ウォンレットと名乗っていた少女は、花雲恭些南美。ルーマ・ウォンレットと名乗っていた少年は、花雲恭柚希夜。全員、花鴬国の女王、王女、王子という身分の少年少女達であり、わたくしの曾孫達でもあり、富実樹、貴女の弟妹達でもありますわ』
(う、そ……っ! そんな……富瑠美と些南美と柚希夜が、来てたなんてっ……!)
由梨亜は、あまりのことに愕然とした。
癒璃亜も、呆れた声で返す。
『ええ、わたくしも驚きましたわ。特に、富瑠美なんて女王でしょう? 全く何を考えているのやら……』
(ええ……。前によく、『御異母姉様はいつも意表を突くことばかりなさいます』と言われたことがありますが……富瑠美の方が無茶し過ぎです)
『それは仕方ないですわ。それは花雲恭家の血ですもの。わたくしも峯慶も、皆同じですわ。まあ、籐聯も梨美亜も奨砥も――わたくしの子供達は誰も、わたくしの無鉄砲さを受け継ぎませんでしたけどね』
(あら、そうなんですか……。あ、曾御祖母様、お願いがあるのですが)
『ええ。分かっております。それでは、花鴬国に行って参ります』
癒璃亜の返答に、由梨亜は思わず笑みを浮かべる。
(ふふ……以心伝心ですね)
『まあ、これは仕方ないですわ。これが分からないのは、ただのお馬鹿さんです』
(ええ。そうですね。それでは曾御祖母様、いってらっしゃいませ)
由梨亜は、癒璃亜がそっと離れて行くのを感じ取った。
(富瑠美……まさか、貴女が来ているなんて……)
由梨亜は、はっと息を呑んだ。
(そうだったわ! 富瑠美は、『本条由梨亜』を『ユーリ・ウェルナ・シェヴィ』って名前で知ってたんだ! っていうことは……ばれてる? 私が、富実樹だってこと……。うん。そうだ。絶対にばれてる。だから……だから、あんな視線を感じたんだ……)
そう、千紗だけでなく、由梨亜も気付いていた。
ルーレと名乗っていた少女の、不思議なほどに細く、けれどもしつこい視線を。
(じゃあ、私はどうすればいいの……? ……ううん、私には、どうすることもできない。だけど……一応、千紗にも話して置こう。富瑠美達のこと……)
由梨亜はそう思うと、目を瞑った。
明日の朝、千紗にどう話そうかと考えながら……。