第七章「想い」―1
「……えっ? また、パーティーですか?」
「また、ではありませんよ」
ウェンリスは苦笑すると、言い諭すように言った。
「昨日は天皇陛下が主催でした。ですが今回は、天皇陛下の娘御、双葉内親王と若葉内親王が主催の、しかもパーティーとも呼べないような小さなものです。つまり、平服で宜しいということです。そして、参加も自由ということですが、私としては参加した方が宜しいと思います」
「ええ、分かりました。私も参加した方がよいと存じます」
柚希夜はそう言い、富瑠美と些南美も頷いた。
そして、恐る恐る富瑠美は訊いた。
「……あの、それでは、あんな服を着なければならないと仰るのですか?」
「ええ。他の方が皆平服で来られる中で、礼服――つまりドレスで行かれれば、とても目立ちます」
「まあ、それでしたら仕方ないですね。……でも、私はとても楽しみですよ。今まで見ることしかできなかった服を、実際に着ることができるのです。前に着てみたいと言ったことはあるのですが、『みっともない』と絶対に着せてもらえなくて……本当に、楽しみです」
柚希夜は嬉しそうに言ったが、富瑠美は暗い顔だった。
「ルーマはいいですわね……。わたくしなんて……ドレス以外着たことはありませんわ。勿論、運動する時は別ですけれど。……あの、ウェンリス殿。わたくし達は、一体何を着るのです? スカートですか? それとも、ズボンです?」
「ああ……お好きな方をどうぞ。どちらも持って来ておりますから」
「そうですか……では、わたくしはスカートに致しますわ。わたくしにはまだ、ズボンを穿く勇気は御座いません」
「あら、お姉様はそうなのですか?」
「えっ? ルーリは違いますの?」
「ええ。わたくしはズボンの方に致しますわ」
「どうしてですか?」
「だって、スカートは短いじゃないですか。ズボンは脚を全て覆いますから、スカートよりは寒くないはずです。それに……以前から、ズボンを穿いてみたかったので」
些南美は、どこかワクワクとしているようだった。
さすがは富実樹の妹であり、マリミアンの娘である。
「まぁ……」
富瑠美は絶句したが、ウェンリスに追い立てられた。
「さあ、何を着て行くか決めなければなりません。行きましょう」
「はい、分かりましたわ」
外を見ると、雪が深々と降っていた。
「へぇ~! 今度は堅苦しくないカジュアルパーティーかぁ! いいねぇ!」
「うん。ねぇ、千紗。私達も行くでいいよね?」
「何言ってんの? 当たり前じゃん! それに……」
千紗はそう言うと辺りを見渡し、誰もいないことを確認してから声を潜めていった。
「それに、『本条千紗』の記憶だと、小さい頃双葉と若葉と結構楽しく遊んだってなってるからね。特に用もないし、行きたいなって思う。偽物の記憶では友達になってるけど、あたしの本当の記憶では、まだ二回しか会ってないってことになるから」
「あ……そっかぁ……そう言えばそうだよねぇ……。何か、ずっと『本条千紗と本条由梨亜』の記憶でやって来たからさ、ちょっと忘れちゃうことがあるなぁ……」
「まあ、由梨亜にとってはそうだよね。由梨亜にとっては、あたしがいるかいないかの違いだから」
「千紗……」
「じゃあさ、あたしが睦月達に電話掛けるからさ、由梨亜は双葉達に返事してよ!」
「うん……分かったわ」
由梨亜は、少し反省しているような口調で言った。
確かに、由梨亜にとっては二種類の記憶しかない。
千紗が双子としているか、いないかの違いだ。
だが、千紗はもっと沢山の記憶を持っているのだ。
しばらくして、睦月達に携帯端末を掛け終わり、ふと窓を見た千紗は突然声を上げた。
「あっ……! ねぇ、由梨亜! ちょっと、窓の外見て!」
「えっ? 何ですって?」
「だ・か・ら! 窓の外!」
「あ~、はいはい……」
由梨亜はそう言うと携帯端末を片付け、立ち上がって千紗の所まで行った。
「あ……! 雪だぁ!」
「うん! 綺麗……あたし達の家があるとこじゃあ、あんま雪降らないもんねぇ……」
「ええ……ほんと、綺麗……」
「やっぱり、日本州より、緯度高いからかなぁ? わぁ……これじゃあ結構つもりそうだよ。ねぇ、由梨亜。これだと、雪合戦に雪ダルマ、かまくらも作れるよ! うわぁ……こんなに雪がつもるのを見るって、何年ぶりだろぉ……」
うっとりと外を眺めている千紗に、由梨亜は思い切って声を掛けた。
「あ……あのね、千紗。ちょっといい?」
「ん? 何が?」
「あの……昨日、曾御祖母様が調べて来てくれたことがあるの」
「曾御祖母様……癒璃亜様が?」
「うん……あのね……昨日のパーティーで会った、あのウォンレット家の三人姉弟のことなんだけど――」
由梨亜はそれでもしばらく躊躇った後、昨夜癒璃亜から聞いたことを、ぽつりぽつりと話し出した。
「おい、睦月! 見ろよ、雪が降ってるぜ!」
「あっ、ほんとだ。なるほど、寒い訳だよ」
「……おいおい、睦月。もう少し詩人的な表現をしてくれよ。雪を見て感じることは、『寒い』だけなのか?」
「え……う~ん……『食べたら冷たい』」
あまりに適当な返答に、香麻はずっこけた。
「……おい、睦月。他にあるだろっ」
「そうよぉ、睦月君。もっと他に考えを巡らせてっ」
「え~っと……あっ、『食べたら美味しそう』って子供の頃は思ってたな」
その言葉に、車中に沈黙が降りた。
「えっと……? みんな……? 俺、何か変なこと言ったか……?」
その言葉に、香麻が真っ先に溜息をついた。
「……お前に詩的表現及び風流風雅さを求めた俺が馬鹿だったよ。この小学生並み――いや、それ以下の下等生物並みの表現技法の持ち主がっ!」
「なっ……! 俺はそこまで頭悪くないぞ! それに、子供みたいな振る舞いなんか、全然してないし……」
「ふふ、面白い睦月さん。問題はそれではないわ。もっと別のものよ。まぁ……貴方には言っても分からないとは思いますけれどね」
瑠璃は、そう言って笑った。
「…………何か俺、馬鹿にされてたり……する?」
「されてないと思うのか、この馬鹿が」
「……そんなこと言われてもなぁ…………」
睦月は、思わず鼻に皺を寄せる。
その時、主達の会話を全く気にも留めずに、穏やかに風斗が告げた。
「旦那様、奥様、お坊ちゃま。もうそろそろご到着します」
「ああ、分かった。ほら、忘れ物をして行かぬよう気を付けなさい。それに、少し服装を整える」
「あ、はい。……そう言えば風斗さん。好い加減お坊ちゃま呼ばわりをやめてくれませんか?」
「申し訳ありません、お坊ちゃま。これはわたくしの癖ですから。そうそう、言い忘れておりましたが、貴方方をお坊ちゃまと呼ばなくなるのは、お嬢様とご成婚なされてからの話ですから、今仰っても無駄な話です」
風斗は運転しながら、器用にも頭を下げて申し訳なさそうに言った。
……いや、本心がどうなのかは、全く読み取れないのだが。
「……そぉですか……」
その香麻の気の抜けた声に、耀太は笑って言った。
「これ以上言っても無駄だぞ。私も結婚するまでは、お坊ちゃまと呼ばれていたからな」
「ええ、勿論ですとも。旦那様のお父上は最初から旦那様でしたが、旦那様と初めてお会いした時、旦那様はお坊ちゃまでしたから。勿論、今は貴方方がお坊ちゃまですが」
「はぁ……」
睦月が、気が抜けたような声で返事をした途端、睦月の携帯端末が鳴った。
睦月がディスプレイを起動させると、千紗からの電話だった。
「あれ? どうかしたか? 千紗」
「あ、うん。あのね、明々後日に、今度は双葉と若葉がカジュアルパーティー開くんだって。で、それはあたし達とほぼ同年代の人が招待されてるんだ。で、あたしと由梨亜は行くつもりなんだけど、睦月と香麻はどう? 都合付くかな?」
「え~っと……明々後日? 明々後日は……?」
「ああ、確か予定はあったな。だが、二人が行きたいのならば、行ってもいいぞ」
耀太の言葉に、睦月が顔を輝かせた。
「本当ですか? じゃあ、俺は行くよ! な~んかさ、毎日毎日俺が典型的貴族だと思っていたような貴族と会ってるとさ……何だか息抜きしたくなっちゃってさぁ」
その言葉に、千紗はプッと吹き出した。
「そこは同感。で、睦月は行くのね。香麻は?」
「ああ、俺も行くよ。睦月が楽しくやってるのに、俺だけ仲間外れにされちゃあ堪んないよ」
「うん、分かった。それじゃあ、睦月と香麻、両方とも行くのね? ってことだから、由梨亜、宜しく」
「ええ、分かったわ」
という由梨亜の声が、遠くの方から小さく聞こえた。
「お坊ちゃま、到着致しました」
風斗の声が千紗にも聞こえたのか、千紗が慌てて言った。
「それじゃあ、睦月、香麻、頑張ってね? じゃあね」
「ああ、じゃあな」
睦月はそう言うと、端末を切った。
「それでは、行くぞ」
「あ、はい」
「ん~? 何だって? 若葉」
双葉は部屋に戻って来ていきなり、そう訊いた。
「あ、あのね、千紗と由梨亜と睦月君と香麻君、来れるってよ?」
「そっかぁ……良かった。あんまり知らない人だらけだとさ、嫌になるもん。日本州から来てて同年代ぐらいの子供がいるのってさ、うちと本条家だけだしね」
「うん……そうなんだよねぇ……」
若葉がそう言うと、またもや連絡が入った。
そして僅か一時間以内に、招待した人全ての返事が返って来た。
するとそこに、義彰が入って来た。
「……双葉姉上? 若葉姉上? もしかして、もう結果が分かったのか?」
義彰は、眉を顰めて言った。
何故なら、双葉と若葉は暗い顔をしていたからだ。
「ええ……。あのねぇ、本条家とウォンレット家、シャンレイ家、ウィオン家の合計十一人は来れるんだけど、後の……だいたい十家ぐらい、かな? そこは来れないってさ」
「えっ……? 予想よりも、かなり少ないな」
「ええ……。それに、純粋に貴族と呼べるのは、本条家とウォンレット家だけだからね。シャンレイ家とウィオン家は、地方王家の分家だもの」
「う~ん……。結構厳しいなぁ……」
「やっぱり、子供は子供で子供らしくしてろってことか、心配だから外に出したくないか、かなぁ……」
双葉がそうぼやくと、視線を落とした。
「私は、私達にできることをしたいだけなのに……。だって、それが目的でしょう? 『どうして私達がここにいるの?』って気がする。私達、ただ滅多に会わない人達と喋って親交を深めてるだけじゃない。重要なことは、み~んなイギリスに元々住んでる人達と議会だけで決めてるじゃない。『ノブレス・オブリージュ』とかって、かっこつけて言ってるけどさ、私達……ここに来る意味あったのかなぁ……?」
双葉の声に、若葉も義彰も視線を落とした。
それは、二人にも共通した想いだったからだ。
何か、自分達にもできることがあるはずだ……だからこのパーティーでは、今自分達に何ができるのかを考えようという目的もあった。
だが、それは受け入れられないものだった。
「私達……一体、どうしてここに来なくちゃならなかったんだろぉ……?」
双葉の、問いとも独り言とも取れるような自嘲的な響きの声に、答える人は誰もいなかった……。
(まあ……何て、寒いのでしょう……)
富瑠美はそう思うと、マフラーをキッチリと首に巻き直した。
「お姉様、大丈夫ですか? 本当に、寒そうですわ」
「ええ……本当に寒いですわ。わたくしは、あまり寒さに強くはないので……。ここまで寒いと、いっそズボンにすれば良かったですわ。スカートがこんなに短いだなんて……聞いていませんわ」
富瑠美は、少し頬を膨らませた。
何故なら、そのスカートは膝丈だったのだ。
富瑠美は、こんな長さのスカートは、夏にも穿いたことがなかった。
「あら、普通はそんな長さですわ。夏なんか、もっともっと短いスカートを穿いている方もおりますわよ。冬でも、短い物を穿いていらっしゃる方も大勢おります。そのような情報に疎かったお姉様がお悪いのですわ」
些南美のもっとも過ぎる指摘に、富瑠美は益々機嫌が悪くなった。
「こんなの……聞いていませんわ……」
富瑠美はそう言うと、窓の外に顔を向けた。
外は三日前からずっと雪が降っていたが、富瑠美の目にはそれが映っていなかった。
(御異母姉様……御異母姉様までこれにいらっしゃるなんて、聞いていませんわ。御異母姉様……)
富瑠美は、富実樹のことを想い、目を閉じた。
(何故……何故、わたくし達を御棄てになられてしまわれたのでしょう……? わたくし達の、どこがいけなかったのでしょう……? どうすれば……一体、どうすれば、御異母姉様はわたくし達の所に還って頂けるの……? それに……)
富瑠美は、一つのことを思い出した。
(そういえば御母様――由梨亜妾は、あの時……今から思えば、少し、変でしたかも……)
あの時、マリミアンは取り乱した。
最初はパニックに襲われたかのようだったらしいが、すぐに自分を取り戻し、富瑠美を叩き起こし、あらゆる手段を講じるように手配をした。
だが……それは、いくら二度目とはいえ――いや、だからこそ、可笑しい。
最初に取り乱したことは分かる。
だが、普通はそれを受け入れた途端、泣くだとか、嘆くだとか、気を失うだとか――そういう反応をするものである。
なのに、それがなかった。
富瑠美はそのことを思い出し、身を震わせた。
(もしかして……御母様は、気付いていらしたの? それを……あのように演技をして、わたくし達を、誤魔化した?)
そう思うと、確かにそうかも知れないと思った。
(だったら、あれは……! 御母様も、御認めになられていた? それに……もしかしたら、御父様も……? だとしたら、証拠が何一つ出て来ないはずですわ。あの三人が企んだのであれば、わたくしなどの凡人に暴けるはずが御座いませんもの。嗚呼、御母様……今、御話ししたい……! でも、無理ですわ……ここから花鴬国に連絡を取ろうものなら、絶対にばれて――)
「お姉様? 本当に、大丈夫ですか?」
「え、ええ、大丈夫ですわ」
「……まったく、本当にルーレ姉上は、意地っ張りでいらっしゃいますね。私達は姉弟なのですよ? もっと心を打ち明けられても宜しいとは思いませんか?」
「ええ……確かにそうですけれど……。ですが、わたくしは大丈夫ですわ。本当に、大丈夫です」
富瑠美はキッパリと言い放つと、真っ直ぐ前を向いた。
些南美と柚希夜は諦めたのか、そっと溜息をついた。
ただ、外には雪が降るばかりである。
そして、人の心も、同じように雪のようなもので蔽われ始めていた……。




