第一話 「変な同級生」
春の昼休み。
芹澤詩織 は購買で買ったパンを抱えながら、校舎裏へ向かっていた。
新学期が始まって数日。
クラスにはまだ完全に馴染めておらず、昼休みはこうして人の少ない場所へ行くことが多かった。
「……今日は空いてるかな」
校舎裏のベンチへ向かい、角を曲がった、その瞬間だった。
ゴッ。
「いたっ」
何かにぶつかった。
いや、正確には。
誰かがベンチの下から立ち上がってきた。
「わっ、ごめん!」
慌てて声が飛ぶ。
目の前には、銀髪の女子生徒がいた。
少し長めの髪。
柔らかい笑顔。
制服は綺麗なのに、なぜかスカートに葉っぱが付いている。
「だ、大丈夫ですか!?」
詩織が慌てると、女子生徒はぽかんとした後、ふっと笑った。
「うん、大丈夫大丈夫。びっくりしたぁ」
どこかのんびりした声だった。
「ご、ごめんなさい……前見てなくて……」
「私もベンチの下で寝てたからおあいこ!」
「ベンチの下……?」
思わず聞き返す。
女子生徒は平然と頷いた。
「うん。日陰で気持ちよかったから」
変な人だ。
第一印象は、それだった。
「えっと……同級生?」
「あ、はい。二年の芹澤詩織です」
「おぉ、同じだ!」
ぱっと表情が明るくなる。
「私は内宮灯和! よろしくね、詩織ちゃん!」
初対面なのに距離が近い。
しかも名前呼びが早い。
「あ、えっと……よろしくお願いします」
「硬い硬い! 同級生なんだからもっと気楽でいいのにー」
灯和はそう言いながら、ベンチに座った。
「詩織ちゃんもここで食べるの?」
「あ、はい……人少ないので」
「分かるー。教室ってなんか圧あるよね」
「圧……」
独特な表現だなと思った。
灯和はパンを見つめて、ふと目を輝かせる。
「それ購買の焼きそばパン!?」
「え? はい」
「いいなぁ……私、今日出遅れて買えなかったんだよね」
心底悔しそうだった。
なんだろう。
綺麗な人なのに、妙に親近感がある。
「灯和さんは何食べるんですか?」
「ん?」
灯和は一瞬きょとんとして、それから鞄をごそごそ漁った。
出てきたのは――。
高級そうな三段重箱だった。
「……え?」
「今日のは普通だよ?」
普通とは。
蓋を開ける。
彩り豊かな料理が綺麗に並んでいた。
どう見ても料亭。
「えっ」
「朝から料理長張り切っちゃってさぁ」
「りょ、料理長……?」
詩織は思わず聞き返した。
料理長?
学校のお弁当に?
灯和は「あっ」と声を漏らした。
「あー……えっと」
少し困ったように笑う。
「うち、ちょっとだけ家大きいんだよね」
“ちょっと”の規模じゃない気がする。
詩織が固まっていると、灯和は慌てて手を振った。
「いやでも私こういうのよりコンビニのおにぎりとか好きだよ!? ツナマヨとか最高!」
「は、はぁ……」
なんというか。
凄いお嬢様なのに、話し方が妙に普通だ。
しかも少し抜けている。
「……変な人」
ぽつりと漏れた。
「あはは! よく言われる!」
全然気にしていなかった。
むしろ嬉しそうですらある。
春風がふわりと吹く。
灯和は細めた目で空を見上げた。
「こういう普通の学校生活って、なんかいいよねぇ」
その言い方が少しだけ引っかかった。
まるで、“普通”を大事にしているみたいな。
でも次の瞬間には、灯和はまたいつもの笑顔に戻る。
「そうだ詩織ちゃん!」
「はい?」
「今度一緒にコンビニスイーツ巡りしよ!」
「巡り?」
「人生には糖分が必要だから!」
びしっと指を立てる灯和。
やっぱり変な人だ。
でも、不思議と嫌じゃなかった。
その日の放課後。
詩織は生徒会室の前に立っていた。
クラス委員の用事で呼ばれただけだったが、どうしても一つ言いたいことがあった。
ガラッ。
扉を開ける。
「失礼します」
中にいた女子生徒が顔を上げた。
姫宮未来 。
この学校の生徒会長だ。
「ん? どうしたの詩織ちゃん」
詩織は少し迷ってから、真面目な顔で言った。
「会長」
「うん?」
「今日、変な人に会いました」
数秒の沈黙。
そして未来は、ゆっくり天井を見上げた。
「あー……」
深いため息。
「それ、銀髪?」
「えっ、はい」
「距離近かった?」
「近かったです」
「人生に糖分必要とか言わなかった?」
「言ってました……」
未来は再びため息をついた。
「そっかぁ……」
疲れたような顔で呟く。
「とうとう詩織ちゃんも捕まったかぁ……」




