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15.凶行

15.凶行


「あれ?どうしたの?ポップ……いい加減……飽きてきたのかな?」

 ハルルンがカード枠の向こう側から怪訝そうに上体を屈め、声をかけて来た。また怪しまれると困るから、俺の方へは寄ってこないつもりだな……


「くーん……」

 取り敢えず小さくないて、困っていることをアピール。


「やっぱりもう……飽きてしまいましたかね……ミナミン……どうする?抱いてあげる?」

 状況を把握していないハルルンに伝わるはずはなく、だが……飽きたことにしてこれで終わらせてくれるとありがたい。


「駄目だよう……折角ここ迄全部正解できてたのに……ほらっ……ポップ……もう少し頑張って!」


 ハルルンの言葉を受けてミナミンの元へ駆け寄ろうとした瞬間、ここ迄の演出を微塵も疑っていない生真面目なミナミンにダメ出しを喰らい、屈んで立てかけたカードを右手の拳の裏側で軽く叩くミナミンは、戻ろうとする俺に対して戻ってくるなとばかりに左手で追い立てる。


 ひえー……万事休す……こうなったら適当な一枚を咥えて……いや……そんなんじゃあ終わらせてはくれまい。失敗したからもう一度選んで……等と言われ、下手すりゃあ正解するまで……


 ハルルンにネタの仕込みに失敗していることに気付いてもらえない限り、この状況を打破する手立てはなさそうだ……なんせ手袋が入れ替わっているのだから、再度セッティングしたところで状況は変わらないのだ。


『おーい……どうしたー?』『頑張れーっ!』『あと少しだからねー!』『ワンちゃん、かわいい!』『頑張って!』『…………』『いい加減歌謡ショー始めろよー』『飽きて来たぞ!』


 客席からの歓声は好意的なものも多いが、段々と否定的なものも増えて来たようだ。あくまでもアイドルフェスのおまけプログラムなのだからな……このまま黙り込むわけにもいかなさそうだ。早々に終わらせよう。


 足早にカード枠裏側を歩いて行き、51のカードの所で上体を持ち上げ後ろ脚立ちしてカードを咥えた。


「きゃーっ……やっぱり流石ポップ……やればできるじゃん。」

 すぐにミナミンが駆け寄ってきて俺の体を背後から抱き上げた。


「うーん……もったいぶって……演出のつもりだったかな?」

 ハルルンはというと、少し苦笑気味に……それでもようやく笑顔を見せた。


「やってくれました!流石天才犬!もう少し確かめたいところですが……ワンちゃん……お疲れのようですね。仕方がありません……本日はここ迄ということで……またの機会に今度はたっぷりとお願いいたします。今度は引き算や掛け算なども織り交ぜたいですね……。」


 司会者の男性も満足げに笑顔で幕引きをしてくれた。ふうー……助かった……。




 シュープリーマーの歌謡ショーを、俺は小さな移動用籠の中で舞台袖で聞いていた。本来ならば楽屋で一人留守番のはずだったが、檀上で頑張った俺に対してハルルンがご褒美にステージ脇に置いてあげようと言ってくれて、ミナミンも賛成してくれた。


 久しぶりに聞く彼女たちの歌は、やっぱり良くて……更にうまくなっているのでは?と思えた。


 それが……犬に生まれ変わった素材の違いからそう聞こえるのか、有名になってステージもファンも増え、彼女たちの努力が実を結んできたおかげなのか……今の俺には分からないが、大変好ましいと思えた。



「ただいまー今日も満員御礼だったよ……ずっと2公演が続きそうだから、劇場も開園時間をそれぞれ1時間早めてくれたから、夜公演が終わる時間が早まったので、帰る時間に少しは余裕が出来たかな……。


 短いけど反省会も出来るし、なによりシャワーして、さっぱりしてから帰れるのがうれしい……。」


 大好評で終了したフェス参加も終わり、帰ってきてからも超多忙な毎日が続いていたが、ミナミンの帰宅時間と疲れ切っていた表情に、少しだけ変化が生じてきていた。


 成程……夕方と夜からの公演時間をそれぞれ1時間早めた訳ね……確か夜公演1回だけだったときは、このくらいのタイミングでシャワーして帰ってきていたから、元の時間に戻したと言ってもいいのだろう。


 まあ……夕方公演に関しては、夜公演時間に都合が悪い=夜勤とか……の方が来ていた可能性だってあるから、夕方公演をそれこそ昼公演に変えてもよかったくらいでは?とも思えるからな……。


 一日一回だけのステージが二回になって大変なことは変わらないだろうが、それでも時間的に余裕が出来ることは喜ばしい……昼間のレッスン時間が短くはなるのだろうが、これまでだってずっと一生懸命練習を続けて来たんだからな。後は実戦で上達していけばいいのではないのだろうか……とか……ただのファンのくせに高みからの意見は恐縮するが……うれしいことである……。


「明日は久しぶりのお休みだから……ハルルンも来て……公園で猛特訓するって……。


 引き算と掛け算をどうしても教えるって……だから……頑張ってね。うまくすれば……テレビ局の人に報告して、また取材に来てもらうんだって。


 朝から夕方まではずっと公園だろうから……お弁当作らなくちゃだね……早く寝ようっと……。」


 マンションの玄関でお出迎えして抱っこしてもらい、膝の上で柔らかな感触に包まれうっとりしていたら、なんと……明日の休みは特訓だと?


 そういやあ……先週はフェスに3日間参加していたから、丁度週一の休日と重なり2週間ぶりの休みとなってしまったんだな……その貴重な休みを……飼い犬の特訓に使うというのか?


 しかも……ほぼ無駄な努力でしかないというのに……あんなの……前世の記憶が残っている俺だからこそ、ミナミンのコロンの香りを手掛かりにカードを選ぶのであって、普通の子犬ならいくら飼い主の匂いをカードにつけたとしても、匂いがするカードを咥えて見せるという特殊な訓練をしなければ、やるはずもない。


 何度も何度も繰り返し……ひたすら正解の動きをするまで待って、その時だけ褒めてやる……大好物のお菓子を与えてやるなどし、成功時の喜びを植え付け、定められた行動パターンを体に教え込むわけだ。


 行き詰っていた彼女たちを励ますために、ちょっとでも喜ばそうとやって見せたことが失敗だったか……だがまあ……今のところはまだ……あくまでもハルルンが仕込んだ仕掛けに俺が反応していると思われているから、俺が前世の記憶を引き継いでいることは全く疑われていないはずだ。


 その点は……彼女たちのド天然さに感謝……するとして……どこまで付き合ってやるべきか……いい加減ただの幻でしかなかったと、気づかせるための何か策を練らねばならんな……


 彼女らの知名度は随分と上がったはずだし、もう俺がアシストしてやる必要性はないはずだ。これ以上は……恐らく彼女たちのためにならんだろう……ここからは彼女たちの実力で上がって行って頂かねば……。



「じゃあ行こうね……ポップも久しぶりの大きな公園だから……思い切り走れるしうれしいでしょ?」

 早起きしたミナミンは、何人分?と疑うほどの量の弁当をバスケットに詰め込み、俺を伴って部屋を出た。


 手には俺のリードと昼食のバスケットを持ち、背にはリュック……この中には先日の取材で案外好評だった荷造りロープ……数十mが入っている。このおかげで俺はまた走らされるのだろうな……。



「じゃあまずは……フライングディスクの練習をしようか……体力使うのは最初のうちがいいからね。」


 いつもの公園にはすでにハルルンが来て待ち構えていて、ミナミンが木陰にシートを敷いてバスケットを下ろしてから、一息つく間もなく特訓が始まった。



「はぁー……フライングディスクで遊び疲れちゃったのかなあ……今日は調子悪かったね。


 引き算と掛け算はともかくとして……足し算もあんまりというか全くできていなかった。この間までは足し算だけはちゃんとできてたのに……どうしちゃったんだろうね……。」


 30分ほどフライングディスクを追って走らされ、かなり息が上がってからハルルンが準備していたカード枠の裏へと運ばれ、そのまますぐにカード選びの訓練が始まった。


 何を焦っているのか……もっとゆっくりと余裕をもってやろうぜとばかりに、最初の数問は全く動かずにいたら、引き算や掛け算だから答えが分からないのだろうとミナミンが言い出し、実績のある足し算問題へと変更された。


 だがここで足し算だけは答えてやろうとすると……実際はハルルンがカードにミナミンのコロンの匂いをつけているやらせだから……俺が足し算だけは理解しているのでは?という疑念を抱かせることになる。


 なので……本日はカード選びをしないつもりで……当初は時間を置いて息が整ったら付き合ってやるつもりでいたのだが、予定変更……知らんふりを決め込むことにした。


「体調とか……やっぱりあるのかなあ……生き物だからね……仕方がないよ。また次のお休みの時に特訓して、出来るようになるまで何度だってくじけずに繰り返しやろう。


 今日は……朝からお弁当持ってやってきて……随分頑張ったけど……まあでも決してこの努力は無駄にはならないはずだよ。ポップだって次はちゃんとやってくれるはずだからね。


 じゃあもう……日もすっかり落ちちゃったから帰ろう……ミナミン……大丈夫?1人で帰れる?マンション迄一緒に帰ってあげようか?」


 公園の街灯に明かりがともる時間となって、ようやく彼女たちもあきらめがついたようだ。長かった特訓終了で、お開きとなった。


「うん大丈夫……ハルルンだってうちへ寄ったら駅まで遠くなっちゃうでしょ?この公園からマンションまでは、広い国道沿いに帰れるから大丈夫だよ……人通りだって多いしね。


 ポップも計算問題ばっかりで飽きちゃっただろうから、帰りは散歩がてら帰って行けばいいかな。」


 バスケットに敷いていたシートをしまい込み、帰宅準備OK。食べ終わったおにぎりやサンドイッチを包んでいたラップなどのごみはビニール袋に入れて持ち帰ることとし、公園は汚さず帰る彼女たちは本当に偉いと思う。


「じゃあ行こうか……。」

 二人して公園から国道へと続く坂道を下って行こうとした途端……うん?


「きゃあっ……」

「何するの?」


 短い悲鳴を上げることしかできず、背後から忍び寄ってきていた数人の暴漢に二人とも捕まえられた……


「がぁっ!}

 ミナミンの横を歩いていた俺は、すかさず1人へ飛びかかったが、厚手のジャンバーを着込んでいたため牙は通らずあっさりと捕まってしまった。


 暴漢たちは一つも声を発せず、彼女たちの口をハンカチのような布で押さえて声を立てさせないようにしながら、目くばせで合図してゆっくりと公園の駐車場へと向かって行った。


 ガーッ……街路灯の明かりが届かない公園駐車場端まで運ばれ、黒いワゴン車の自動ドアがゆっくりと開いていき、そのまま二人と一匹は車へと詰め込まれてしまった。


「おとなしくしていないと、殺すぞ……。」


 ワゴン車の最後尾席へと二人と一匹は運ばれ、車に詰め込まれてから初めて一人の男が口を開いた……体面シートの席に座る男の手には光るナイフが握られているようだ……


「うーっ!」


(ポップ……じっとしていて、危ないっ!)

 シートの上で唸り声をあげて身構えるが、ミナミンが小さく囁いて俺の体を抱きかかえた。


「おいっ」

「あっああ……」


 ナイフを持つ男が目で合図をすると、両隣の男たちが一歩前へ出て1人はハルルンの両手をビニールの荷物ひもで縛り始め、もう一人はガムテープを両手に持って短く切り取るとそれをミナミンの口に貼った。


 その後は二人が持っているものを交換し、ミナミンの両手は俺を抱きかかえたままで縛り上げられ、ハルルンの口も塞がれた。その間……彼女たちは無言で震えながら逆らうことなく、されるがままとなっていた。


 まあ……それでいいと思う……逆らうと何されるか分からないから危険だ。


「出せっ!」


 ナイフを持つ男が振り向いて指示すると、車はゆっくりと公園駐車場隅から動き出した。だが……後席窓には全て日よけの黒シートが張られているためか、街灯の夜間照明が点となって薄く見える程度で、どこを走っているのか皆目見当がつかない。


 車の前方窓が明るくなって街路灯が数多く見えだしたので、どうやら国道へ出たことまでは分かったが、俺の位置からでは、街灯の明かりが見えるのがやっとだ。


 ナイフを持っている男は、スキー帽のようなニットの色の濃い帽子……目出し帽をかぶり、左右の二人は前つばの広いキャップを深くかぶって、マスクをしている……恐らく偶然彼女たちを見つけたというのではなく、計画的な犯行だろうな……それなりに人通りがある大きな公園の隅で、じっと人が途切れる瞬間を待っていたのだろう。


 いつもなら明るい時間には終わるのだが……今日は俺が思い通りに動かなかったためしつこく繰り返し、随分と遅くなってしまったのが絶好機と感じ、襲撃に及んだはずだ。


 まずったな……最近の日本は……物騒だからな……もっと早く帰るよう、彼女らをあきらめさせるのだった。とはいえ……子犬の俺では……


「グルルルル……」

 ミナミンの手の中で唸り声をあげると、俺を黙らせようとするのかミナミンの両手に力がこもる……


「どうしてこんな目にあわされるのか、知りたい様子だな?」

 ナイフの男がようやく言葉らしい言葉を駆けて来たので、当然のようにミナミンもハルルンも無言のまま大きく頷いた。どうしてこんな目に?


「もう……今更だから……こんなもの……」

 そう言いながら頭頂部を引っ張り、すっぽりかぶっていた目出し帽を男は剥ぎ取った。


「うーっうーっ!」

 途端にハルルンが叫ぶように唸り始めるが、彼女の口はガムテープで塞がっているので言葉にならない。


「どうやら忘れ去られてはいなかった様子だな……そうだよ……ハルルン私設応援団長の都真志喜だ。


 シュープリーマー結成以来から……2年間以上もずっと応援していたんだから、流石に顔ぐらい覚えているよな。握手会だって……皆勤賞ものに通ったはずさ。」


 そうだこいつ……講演終了後の握手会……シュープリーマーの場合は土日の昼公演後だけだったけど、常に大量の握手券を抱えてハルルンの列の先頭に、何時も並んでいた奴だ。


 ガタイも大きくてハルルンの名前を刺しゅうした半被(恐らく手作り)を着ていたから、かなり目立っていた奴だ。あくまでも自称私設応援団長のはずだが……そんなガチファンが一体なぜこんな暴挙に?


「出会って3ヶ月で名前を憶えてくれて……結構いい感じになれていたと思っていたんだがな……アイドルと言っても所詮は商店街のお飾り……商工会議所の嘱託職員扱いだからな。


 いずれは大業な夢なんか諦めて俺と付き合ってくれるものと考え、ずっと最前列で応援していたんだが……歌とダンスでは売れないと悟ったのか……ペットなんか使いやがって……しかもそのペット芸が受けて今や他県からフェス参加のオファーを受けるまでに成り上りやがった。


 土日公演チケットなんか予約が10分で完売するし……何が会いに行けるアイドルだ!握手券だって希望者殺到するから1人2枚まで……なんて……たったの3分で、何話せっていうんだよ!


 このまま手の届かない存在になるくらいなら……胸の内を打ち明けて俺のことを好きになってもらおうと……決して乱暴なことはしない。だから……悪いがおとなしくしていてくれ……いいね?」


「うーっ!」

「うー、うーっ!」

 いいね?と聞かれたところで、彼女らが納得できるはずもない……


「あっ……言い忘れていたけど……こいつは楓……俺の計画に賛同してくれて、こいつはミナミンのファンだから、こいつはミナミンを説得すると言って参加してくれた。」


「ふふっ……よ・ろ・し・く」


 目深にかぶった帽子とマスクを取ると、ほおがこけてほお骨が丸わかりのやせぎすの男は微笑んだ……なんと……前歯が一本なくて……不気味……大丈夫か?骸骨男……


 こんな奴……握手会のミナミンの列に並んでいたところを見た記憶がないぞ!にわかファンか?それとも……他のメンバー……もしかするとハルルンファンかもしれんが、都真志喜の熱の入れようがすごすぎてハルルンは譲り、ミナミンだってかわいいからそっちは俺……的な野郎ではないのか?


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