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14.緊張のステージ

14.緊張のステージ


「ポップ……じゃあまずは腕試しで……自分の名前を当ててみようか……。」

 仕込みが終わったからかハルルンは、自信満々で俺の腹に両手を回して掴み上げ、そのまま前かがみの姿勢でカードを立てかけた枠の裏側まで運んだ。


「ほいっ……じゃあ行ってみようか……。」


「ポップ……自分の名前が書かれたカードを選ぶんだよ……何度もやってるから大丈夫だよね?」

 ハルルンが俺の体を開放し、少し押し出した後でミナミンが後方から声をかけて来た。


 二人とも……ド天然さは変わっていないな……こんなの……カード枠をセットしたなら最初は自分の名前を書かれたカードを取るのだと……日頃から繰り返し何度も何度も訓練して初めて成し遂げられる芸じゃあないのだろうか……事前に何の打ち合わせというか訓練もなしで、名前カードを選べと口で行ったところで子犬が理解してその通りに動くと思っているのか?


 前回のテレビ局取材では……最初は名前カードでも一部で……しかも小さいツだったぞ!


 恐らくミナミンは仕掛けなど知らないだろうから、本気で俺が彼女らの言葉を理解して動いていると信じているのかもしれないが……種を仕込んでいる側のハルルンは分かっていると思っていたのだが……もしかすると、カードに匂いを仕込んであるから勝手に俺がカードを咥えるだろうと思っているのかな?


 だったらいいさ……ここはカードの匂いを探って、最初に匂ったカード一枚だけ選んで後は知らん顔を決め込む……やってみるか……


 カードを立てかけた枠の裏側をゆっくりと進んでいく……何だったらカードにつけられた匂いを強い順に選んでもいいのだが今回はやらない……最初に匂ったカードに速攻でかじりつく……


「おおっ……選んだカードは……小さいツ……小さいツは確かにポップの名前の一部文字ですね。

 ほらっ……次も選ぶんだよ……。」


 ハルルンは慌てず騒がず俺の口からカードを取り返すと、片手だけで俺を持ち上げもう一度俺の体を枠の方へ帰した……なるほど……こうやって三枚選ぶまで繰り返すつもりだったか……いいだろう……乗ってやるさ。


 もう一度カード枠の裏側をゆっくりと歩いて行き……最初にミントの匂いがするカードを咥える……


「今度はポの字のカードを選びました……順調だね……じゃあ次を選んでね。」


 ハルルンにカードを口から外され、そのままカード枠の方へと押し出される……ううむ……中々慣れているな……想定通りという事か……確かに……最初の時と違い、カードにつけられた匂いの強弱の差はほとんど感じない……つまり最初からポップの順に選ばせるつもりはなかったのだな……。



「はいっ……やりました……今度はプの字のカードを選びましたね。これでポップの名前が完成です。」


 三枚目のカードを咥えた瞬間、急いでハルルンが俺の口からカードを取り外し、ミナミンがカードを受け取って、カード枠の横に立てかけられた大きなボードにポップのカードを順に貼り付けた……成程……これでポップが完成と魅せるわけか……



「じゃあ次は……いよいよ計算問題です……ですが……足し算までは恐らく大丈夫だろうけど……引き算と掛け算は……まだ勉強中なんだよね、ミナミン?」


「うっ……うん……掛け算はまだ九九を教えているところで……引き算もそんなには教えられていない。」

 ハルルンの問いかけに、ミナミンが元気なく小声で答える。


「まあ……やるだけやってみましょ……案外できるかもよ……。

 では計算用に……少しカードを入れ替えますね……。」


 一旦ステージ前面に出た二人だったが、ハルルンが奥へと戻ってカード枠のカードを入れ替え始めた。


 今度は文字カードのほかに数字が書かれたカードを混ぜて並べ始めたようだ。この中の数字が答えとなるような計算式を出題するのだろうが……果たしてどのような手順とするのかな?


 まあ……会場のお客さんから問題を聞くふりをして、全員に叫ばせて自分で勝手にそれらしい問題をホワイトボードに書けばいいものな……それならポップの文字のように最初から仕込んで置ける……。


「では計算の問題は……動画の時のように……第三者である司会の私が出してあげましょう。いいですよね?」


 ところが……このタイミングでスーツ姿の司会者がしゃしゃり出て来た……どうやらハルルンが出す問題ではやらせが疑われるので、自ら出題するという事のようだ。確かに……これまで司会者無視でハルルンとミナミンだけで仕切っていたから……司会者が自分の存在意義を出そうとし始めたな?


「ははっ……はい……問題ないですよ。」


 ハルルンが多少困惑気味に……それでも問題ないと答える……そりゃあそうだ……この場で司会者介入を否定する事イコール……インチキを暴露しているようなものだからな。


 だが……どうする?この間の取材の時のように、カメラが俺やミナミンに向いているときに仕込むというわけにはいかないぞ。ステージ後方の液晶大画面には常にステージ中央部分がズームで映されているのだ。

 取材時のようにポリ手袋などしようものなら、すぐさま仕掛けがバレてしまうぞ。


「では……出題しますよ……。」

「はい……じゃあミナミンお願いね……。」


 ハルルンは俺の体をミナミンに預けると、数歩歩みカード枠裏の真ん中あたりへ立ち位置を変えた。ふうむ……ステージ衣装の上からスタッフジャンバーを着込んでいて、そのポケットには指先部分に香りをつけたポリ手袋が入っているのであろうが……このステージ上ではまずい……すぐにばれてしまうぞ!


「はいっ……じゃあこの問題……どうぞ。」


 司会者が手持ちのホワイトボードにマーカーペンで数字を書き入れてから、ステージ上に披露する。

 大画面に映し出された数式は……3+5= だ……


「じゃあポップ……お願いね……」


 ホワイトボードに司会者が数式を書いたのを確認すると、ミナミンが俺の体をステージ上に置いて尻を押した。お願いね……で全てを察することが、全ての子犬に出来るのであればいいのだろうが……。


 仕方がないので、そのままカードが立てかけられた枠の裏側をとことこと歩いていく……枠の中央部分にいたはずのハルルンは、既に枠の向こう側の隅へとはけている……中央に居座って、俺に何らかの指示を与えていないか疑われない為だろうな……だが……どうするつもりだ?


 うん?数歩歩いて感じたが……微かなミントの香りが上方から漂ってくる……つまりカードからだ……これは……ハルルンがあらかじめ仕込んでおいた香り付きカードのものか?だったらまずいぞ……不正解のはずだからな……でも……あれ?匂っているのは……8のカード……一体どうやった?


 取り敢えず匂い付きのカードに安心してかぶりつく……


「やったぁ!ポップ、最高だね!正解ですよね?」


 すぐにハルルンが飛んできて俺を抱き上げると、8のカードを口から外し、観客席から見えるよう掲げあげた途端に、笑いとともに大歓声が巻き起こった……どうやったのだ?たまたま仕込みと回答が同じだった?


「いやあ……動画の通りにすごいですね……私はちょっと疑っていましたけど、こんな間近で見て……天才犬っているんだと信じる気になりました。もう少し続けてもいいですか?」


「勿論です。」

 興奮気味の司会者に対し、ハルルンは冷静に答える……先ほどまでより緊張はほぐれたようだな。


「では……お言葉に甘えて……今度はもう少し難しい二桁の計算を出したいと思いますので、数字カードを入れ替えて頂けますか?そうですねえ……数字カードが少ないと選択肢が限定されますので、ボード枠全部……10枚でしょうか?全て数字でお願いできますか?」


 今度は二桁計算……しかも先ほどまでは文字や記号含めていたから、数字はたったの3枚しかなかった。だが今度は10枚全て数字カードに置き換えろという……あの司会者……まだ疑っていやがるな?


「分かりました……でも最初は足し算でお願いします。引き算や掛け算は……まだ自信がないので最後に……」


「了解いたしました。足し算問題を出しますよ……。」


 司会者の言葉ににっこりと頷くとハルルンは俺の体をミナミンに預け、自分はカード枠の方へと小走りで行き、カードを全て差し替え始めた。しかも全てを2桁数字カードに……2桁の計算と言っているのだから、一桁入れておけば除外できたのではないのか?知らん顔してそうやるつもりだと思っていたが馬鹿正直に……



「はいっ……じゃあ……この問題……」


 ハルルンが一人であたふたとカードを総とっかえする姿を満足そうに眺めていた司会者は、並べ終わるとほぼ同時にホワイトボードを掲げた。細工する隙など与えない……そんな感じか?


 14+27= ううむ……一の位が一桁あがるな……大丈夫かハルルン?


 答えは……と眺めると、当たり前だが立てかけたカードの中に41の数字カードがあった。だが……31のカードもあるぞ……決してハルルンを馬鹿にするつもりはないのであるが……緊張するステージ上だし、しかも……どうやって匂いをつけるかも……


「じゃあ頑張ってね……。」


 ミナミンがステージに俺を置いて押し出す……仕方がない……そのままカード枠裏へと歩いていくとするか……どうなっても知らんぞ……。


 ありゃ?微かだが……カード枠からミントの香りが漂ってくるのを認識……一体どうやったのだ?まさか……疑っているふりをして実は司会者もグル……とかか?ううむ……念のため……探ってみるか。


 そのままカード枠の方には近づかずに、枠裏をとことことハルルンの方へと向かって歩いていく。


「あれあれ……ポップ……どうしたかな?こっちへ来るんじゃあなくて、計算してカードを選ぶんだよ!」


 枠裏端のハルルンへとたどり着くと、ハルルンは笑顔を少し引きつらせながらしゃがみ込んで、俺の頭を少し強めに撫ぜた。彼女たちの近くで視線を上にあげると子犬であるという体勢上やむを得ずスカートの中が丸見えとなる為、常に視線は地面……というか彼女たちの靴先を心がけているつもりだが今は仕方がない。


 いくら見せパンとはいえ……申し訳ないし、何よりそれで興奮してしまうのが一番恥ずかしい……


「くーん」

 上目づかいで抱っこをねだる……


「どしたの?仕方がないな……」

 ハルルンは小さくため息をつくと俺の体を抱き上げて、しゃがんだまま膝の上にのせてくれた。


「あれあれ……どうしました?二桁計算……難しすぎましたか?もっと簡単な問題にしますか?」

 ステージ前方では司会者がこちらの様子を伺いながら、進行が止まったことを危惧している様子だ。


 そんな事よりも……ふうむ……確かにハルルンからミントの香りが漂ってくるな……恐らくスタジャンの左ポケットから……ふうむ……覗きこもうとするがうまく動け……はっ……そうか……


「うん?機嫌直った?降りるの?」

 体をひねり頭をハルルンのスタジャン左ポケットに押し付け、手足をばたばたとさせると……ハルルンは急いで俺の体をステージ上に下ろしてくれた。


 なるほど……彼女らはステージ衣装の上にスタジャンを重ねているから、手にはレースの薄い手袋をしている。そうして香って来たスタジャン左ポケットの裾から、僅かにレースが覗いていたのを確認できたから……恐らく彼女はもう片方レースの手袋を持っていて、そっちにミントの香りを仕込んでいるはずだ。


 ポリ手袋は異質すぎてアップ画面ではバレバレだが、レースの手袋同士では匂いまでは画面上伝わらないから分からない……毎度毎度……うまく考えているな……。


 種明かしが出来たので安心して香りがついているカードを咥えることが出来る……そのままカード枠裏を歩いて行き、41の匂い付きカードを咥えた。


「やったぁ……ちょっと計算が難しかったけど出来たね?あっ……あたしは……答え教えていませんからね!自信なさげに近寄って来たから抱き上げたけど……ピンマイクついているから、囁いただけでも会場内に丸分りでしたからね!いいですよね?」


 すぐにハルルンが俺を抱き上げ、今のは俺が自力で答えたのだと強調する。そうだった……不用意な接触は、やらせが疑われるのだったな……気をつけねば……。


「了解しました……まあ今のはぎりぎりセーフ……と言ったところでしょうかね……。じゃあまた……今のカードの所に別の数字カードを差し替えお願いします。どんどん問題出しますよ……。」


 男性司会者はえらくやる気で、さらに追加問題を出してくる様子だ。ゲスト歌手のペット芸に、どれだけ時間を割くつもりなんだ?カードの差し替え前に俺の体はミナミンに引き継がれる……


「じゃあ次は……ちょっと簡単にしますよ……これです。」

 司会者が示すホワイトボードには……11+22= と書かれている……確かに……簡単……


「じゃあ……今度はハルルンの所へ行かないで、ちゃんと選ぶんだよ……。」


 いつものようにミナミンが俺をステージ上に置き、体を少し押した……そのままカード枠裏を歩いて行き、匂いがついているカード……33を探し当てて咥えて見せた。


「やりました……今度は一発で……迷うことなく選んでくれました。流石天才犬……じゃあまたまたカードを全て入れ替えて頂いて……次の問題出しますよ……今度は3桁の数字も入れてみて頂けますかね?」


 おいおい……まだやるのかよ……もういいんじゃあないのか?


「次は……これです。」


 ホワイトボードの式は……13+38= ふうむ……桁が繰り上がる計算は苦手と考えたのかな?いや……3桁もと言っておいて、2桁の答えを求める訳は……入れ替え作業にヒントが隠されていると推定したのか?


 だが……どっちを疑っている?子犬である俺が、子犬だから複雑な計算は苦手と考えてくれているのか?

 だとしたなら……ショー的には大成功と言えるのだが……


「はいっ……頑張って……」


 ようやく緊張も解けたのか、ミナミンの体の震えはすでになく、自信満々に俺を送り出してくれた。


 はてさて……計算……大丈夫かな?あれ?変だぞ……香り……カード枠裏を歩き始めてすぐにミントの香りが上方から漂って来た……しかも真上からだけじゃあない……前方側からも同様にミントの香りが……視線を上げてカードの数字を見ると、1枚目は41……二つ前の答えだが匂い付きカードは入れ替えたはず……やはり繰り上がりでしくったか?それとも使用済みカードを誤って並べたのか?


 2枚目は?なんと……35……あれ?どうしてだ?式中の数字よりも少ないはずがないだろ?これは足し算なんだから。


 そのまま視線を上げたまま前進してみたら、3枚目以降も……どのカードからもミントの香りが漂ってきているようだ。ちいっ……ハルルンの奴……手袋取り換えるの忘れたな?


 仕込み用手袋に履き替えた後で突然カードを全て入れ替えろと言われ、仕方なくそのまま作業を開始…… 匂いがついた手袋でカードの総とっかえをしたものだから、全てのカードに匂いがついてしまった。


 そのこと自体を忘れてしまい、取り替えた匂いがついてない正規の手袋で51のカードを触って仕込みは十分と安堵しているんじゃあないのか?ハルルンに慌てた様子がないから、恐らく手袋違いに気づいていないはずだ。さてどうする?


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