第46話 「特別」
あれから30分間、膝枕を堪能した。
倦怠感が嘘のように無くなり、膝枕をする前より、心做しか体も軽くなっている。
膝枕効果……半端じゃない。
「だいぶ楽になった。ありがとう雅。足とか痺れなかったか?」
「う、うん。大丈……ぅ」
雅は立ち上がろうとするが、膝がプルプルと震えていた。
やっぱり痺れてたのか。
「だ、大丈夫か?」
「ご、ごめんなさい。ちょっと、まだ立てそうに……」
途中で立ち上がるのを諦め、その場にぺたんと座り込む。
なに……この可愛い生き物。
いや、そうじゃない。
「ごめん、俺が長いこと膝枕させたせいで」
「ううん、直之くんが元気になったみたいで、良かった」
……なんて優しい子。天使かっ!
このままじゃ、なんか申し訳ないな。
彩乃とは2人で出かける約束したし、沙耶香先輩は……お礼なのか分からないが、まあ一応義理は果たした。これじゃあ不公平だ。
何かお礼をしないと。
「そうだ。今日俺の家で飯食っていかないか?お礼もしたいし」
「え、そんな、悪いよ……」
「いいんだって。今日ちさ姉遅くなるらしいから。それに、1人で食うのは寂しいしさ」
「それなら……」
よし、これで雅にもちゃんとお礼が出来る。
「じゃ、じゃあ今から作ってくるから、ちょっと待っててくれ」
俺は台所に向かおうと、部屋の扉を開けた。その時、
「ま、待ってっ」
今度は雅が俺を呼び止める。
「ん、どうした?」
「わ、私も、手伝うっ……くぅ」
そう言いながら、雅はまた立ち上がろうとするも、痺れが抜けてなかった。
「そんな、いいって。俺が雅にお礼したいんだからさ」
「だ、だめ。わ、私もまだ、お礼、し足りないっ」
えぇ………。結構食い下がってくるな。
お互いにお礼がしたいと主張し合うこの状況では、どちらかが自分の意見を曲げる必要がある。
勿論俺はそんなつもりはないが、雅もまた同様だろう。
どうしたら……。
あ、そうだ。
「な、なあ、あのカードって白紙のやつも持ってきてるか?」
「え……う、うん。持ってきてる、よ」
雅は鞄に戻していた箱を取り出し、中から大量の片面真っ白カードを出した。
こんなに常備してるのか……そりゃ、3択カードが毎日出てくるわけだ。
「ちょっと3枚貰えるか?」
「う、うん」
俺は雅から3枚の空白カードを貰い、そこにペンで書き込んだ。
そして、俺が初めて雅に出した時のように、3枚のカードを俺が彼女に突き出した。
「この中に、一緒に料理するっていうのが入ってるから、それを引いたら手伝ってもらう。それでいいか?」
俺の思いついた唯一の手段がこれだった。
これでも食い下がるようなら、俺が諦めて主張を曲げるしかない。
「わ、わかった。じゃあ……引くよ」
うまく俺の考えに誘導できた。
「よし、こい」
いつもは俺が雅からカードを引くのだが、今日は逆だ。
このシチュエーション、すげぇ懐かしい。
そして、なんか緊張するな。雅はいつもこんな緊張感を感じていたのだろうか。
そして、雅は3枚のうち1枚をゆっくりと引いた。
あ……それはっ……。
引いたカードを確認し、雅は目を輝かせた。
「や、やった……引いたよっ」
3分の1とは言え、まさか本当に引き当てられるとは思わなかった。
「これで、手伝っても、いい、よね?」
「……ああ、約束だしな」
3択カードは絶対だ。それは俺が始めたことだから、今更やっぱなし、なんて言えない。
「でも、その足でどうやって行くつもりだ?」
まだ足は痺れているだろう。一体どうやって……。
「えっと、じゃあ、直之くんの肩を、貸して、ほしい、な……」
あぁ、なるほど。その手があったか。
「おっけー。じゃあ、はい」
俺は雅の傍で少ししゃがみ、肩を持つよう促す。
雅は俺の肩を両手でしっかりと掴み、そのまま俺は立ち上がった。
「大丈夫か?」
「う、うん。これなら、いけそう」
「よ、よし、んじゃ行くか」
そして、俺たちは部屋を出て、台所に向かった。
台所に着き、何の考えもないまま冷蔵庫を開ける。
「うーん、どうしよっかな……」
食材はある程度揃っているが、いきなり重いものは俺も雅も食えないだろうし。
「雅はなんか食べたいものとかある?」
「え、えっと……なんでも、いい、よ」
なんでもいい、か……。
姉は「とりあえずお肉!」とか、「今日はラーメンの気分」とか、何かとリクエストがあるから、なんでもと言われるのは新鮮だ。
しかし、なんでもと言われることのデメリットとして、考えるのが面倒という点も否めない。
さあて、どうしよっかな……。
メニューを1から考えていた時、雅から声が掛かる。
「あ、あの」
「ん、どうした?」
「な、直之くんはまだ風邪が治ってないから、その……お粥とか、おうどんとかが、いいんじゃない、かな」
食事面でも俺の体を気遣って……ええ子やぁ。
「でも、雅はいいのか?」
「うん。どっちも好きだから……」
そっか。じゃあ結構お手軽に出来そうだな。
でも、ただうどん茹でるだけとかじゃちょっと物足りない。
あ、そうだ。
「じゃあ肉うどんでも作るか?」
お手軽だがめちゃくちゃ美味い。
「う、うん」
「よっしゃ、んじゃ作るか」
冷蔵庫から必要な食材を出し、フライパンに油をひき、お湯の準備をし始めた。
「じゃあ雅は玉ねぎ切って、肉と一緒に炒めてくれ」
「わ、わかった」
俺はうどんを茹でる準備をした後、付け合わせの仕込みをし始めた。
付け合わせの野菜を切っていた時、横から呻き声のようなものが聞こえた。
「……ぅ、うぅ」
隣を見ると、雅の瞳から涙が零れていた。
「み、雅っ!どうした!?」
「……め、目に玉ねぎの汁がぁぁ……」
あぁ、そういう事か、安心した。
……にしても、うるうるしてる雅、なんか可愛いな。
可愛い女の子と玉ねぎの汁はベストマッチかもしれない。
「大丈夫か?俺がやろうか?」
「だ、大丈夫……ぅぅ」
見るからに大丈夫じゃなさそうだが、頑張っている雅を無下にはできない。
俺は自分の仕事に戻り、お互いに調理を続けた。
───15分程で、肉うどんとして形になり、器に取り分けてテーブルに乗せた。
「それじゃあ、食うか」
「う、うん。いただきます……」
いつもなら、俺と対面して食事するのは、本能のままに目の前の贄を貪る姉だが、今日は同級生の女の子……一気にランクが上がったな。
雅は髪をかきあげながら、麺を口に運ぶ。
うわぁ……なんか、いいな。
こういう女の子らしい仕草を家で見れるとは、今日は得しかないな。
「どうだ?美味いか?」
「え、う、うん。美味しいっ」
本当に美味しそうに食ってるな。なんか嬉しい。
というか、こうして2人で料理して、そのまま一緒に食べるって……すげぇいいな。
「ご、ご馳走様でした」
10分程で食事を終え、俺達は使った食器を洗う。
姉は飯を食ったらすぐに2階に上がってしまうから、こうして片付けまで一緒にするっていうのは、凄く新鮮で、なんか嬉しい。
本当に………。
「本当に、雅と友達になれて良かったわ」
小さくそう呟いた瞬間、雅の動きがピタリと止まった。
「雅?どうした?」
「………」
彼女は目を伏せたまま、返事を返してくれない。
しばらく沈黙が続き、雅の拳がぎゅっと握られ、とうとう口を開いた。
「……ごめんなさい」
「え?何が?」
「私……直之くんのこと、友達って、思えないの……」
「え……雅、それって……」
何だよ、それ……。
俺達、友達じゃなかったのか?
雅もそう言ってくれたじゃないか。
なのに、急にどうしたんだよ。
「私……直之くんの、特別になりたいっ」
そう言いながらあげた顔は赤く染っており、瞳は窓から差し込む夕日に揺れていた。
「え、ちょっ、雅?どういう意味、だ……?」
「私は……直之くんの、特別がいいのっ」
待ってくれ。本当に待ってくれ。
まじで理解が追いつかない。
え、どういうことだ?特別?雅は何を言って……。
……いや、何となく、彼女の言った言葉の意味は理解していた。
……決して、ありえない話じゃない。
これまで、雅が俺にしてきたことを考えれば、それが1番考えうることだ。
相当な鈍感主人公でもなければ、もうとっくに気づいていてもおかしくない。
雅はもしかしたら、俺の事を……。
「ご、ごめんなさいっ。私、今日はこれでっ」
テーブルに置いていた鞄を持って、彼女は急ぎ足で家を出ていった。
「雅……」
───洗い残しのある食器を持ったまま、俺はただ呆然と立ち尽くしていた。




