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妙な依頼

 冒険者ギルドに入ると、かなりの人出で賑わっていた。

 一角には人だかりが出来ていて、大きな特設ボードに張り出された紙を何やら熱心に見ていた。

 何だろうかと俺が思う間もなく、クリスが口を開く。


「どうやらランキングを見ているようじゃな」

「ああ、そういえばそんな話もあったな」


 冒険者ギルドは依頼による冒険者の先月比での獲得ポイント数の上位をランク別にああやって紙で張り出して発表しているらしい。

 ランキングによって、自分たちは他の冒険者と比べてどれくらい依頼をこなせているのかが、良くも悪くも一目瞭然となる。


 俺たちが遠巻きにランキングボードを見ていると、様々な声が漏れ聞こえてきた。


「おい。このFランクの新人、ヤバくないか? Dランクに飛び級だぞ」

「ああ、ポイントを見る限り二人組っぽいが、その時点でまずおかしい」

「こいつらってあれだろ、恒常依頼のコンラッドの盗賊団を討伐したとかいう」

「確かあの盗賊団って十人規模だったよな? それを二人でってなると実力はすでにCランク、下手すりゃBランクもあり得るぞ」


 どうやら俺たちの話題で持ち切りらしい。

 実力や出自に関しても様々な憶測が飛んでおり、実情を知る俺からすると思わず苦笑いしてしまうような話もあった。


 その中で一つヒヤリとしたのが、この二人の正体は魔族じゃないかという話。もちろん周囲からは魔族が人間のギルドに登録するはずがないと一蹴されていたが、半分、いや四分の一は当たっていた。


「一躍時の人って感じだな」

「言ったじゃろう。放っておいてもおぬしは目立つ定めなのじゃとな」

「それにしたって、ここまで低ランクの俺たちの話題ばかりってのも変じゃないか?」

「全然変じゃないわよ。ある程度のランクまでいくと面子は固定化されて、代り映えしない名前と数字が並ぶだけで面白いことなんてそうそう起きないもの」


 俺の疑問にはステラが答えた。

 ステラも舞踊楽団ギルドで今の地位に至るまでに、同じような注目のされ方をしたという。


 しかしランキングの上位を脅かすような新人はまず現れず、大抵は中堅あたりで伸び悩んで次第に話題に上らなくなってしまうものらしい。


「まあそれでも、シンたちが過去に例がないレベルで目立っているのは事実ね。普段の月だったら、シンたちの一個下、Fランクの同率三位で300ポイント持ってる六人組の新人レベルでも大騒ぎされているはずだもの」


 依頼者として冒険者ギルドをよく利用していたステラは、そうした事情にも詳しかった。


 300ポイント。100ポイントでEランクに上がれることを考えると、一か月でそのポイントはかなり稼いでいる方に違いない。

 順調に依頼の難易度を上げていけば、来月には累計1000ポイントを達成してDランクになっているはずだ。


 ただ俺とクリスが同じ新人で4500ポイントずつ持っているので、どうしても埋もれてしまう。


 というかステラ、この距離でランキングボードが見えるんだな。

 一応俺も見えるけど、これはたぶん渡り人として視力が良くなっているからだろうし。


 そういえば、ランキングに関して気になっていたことが一つある。


「なあ、冒険者ギルドのランキングってSランクまであるんだよな? 見た感じランキングボードにはAランクまでしかないんだけど」

「Sランクは少々特殊でのう。何でもポイントを稼ぐだけではなることは出来んとか」

「何か別の条件が必要ってことか?」

「残念ながら儂には分からぬ。そもそもSランクの条件は公表されておらんし、実際に誰がSランク冒険者なのかも知る術はないのじゃ」


 Sランクに関してはギルドから公開されている情報も少なくて、そのせいで様々な憶測を呼んでいるらしい。

 例えばSランクは対人に特化した冒険者で構成されていて、冒険者による犯罪や不正を取り締まる役割を担っている、とか。


 確かにありそうな話だ。

 実力のある高ランクの冒険者が増長して犯罪行為に手を染めたとき、それを取り締まれる存在は抑止力という意味でもギルド内部に必要不可欠だろうし。

 まあそれがSランクというのは、少々飛躍している気もするけど。


 何にせよSランクというのは、冒険者ギルドにとっても秘密にする程度には特別ということらしい。


「……まあいいか、ランキングに関してはそもそも今回の目的じゃないし。とりあえず昨日ノーラがここに訪ねてきてないか受付で訊いてみよう」


 ランキングボードに群がる人々を横目に、俺たちは空いている受付の方に向かう。

 その受付にいたのは昨日と同じ若い女性だった。昨日は見そびれていたが、名札にはシレアと書いてある。


「あ、お二人とも、今凄く話題になってますよ!」

「みたいですね」

「みたいですねって、そんな他人事みたいに」


 そう言ってシレアさんは笑う。どうやら俺の反応を冗談と受け取ったらしい。

 俺からしたらそれが俺たちの話題であっても、話題にして盛り上がっているのは他人だけなので他人事には違いないのだけど。まあどうでもいい話か。


 というか昨日は淡々と依頼報告の受理をこなしていたのに、今日は雑談が混じっている。

 まあその方が雑談ついでで本題に入りやすいので俺としてもありがたいけど。


「それより少し訊きたいことがあるんですけどいいですか?」

「はい、何でしょう?」

「昨日ノーラっていう学術ギルドの学者がここを訪ねてきてません?」

「ノーラ様ですか? ああ、そういえば妙な依頼を出されていましたね」

「妙な依頼?」

「ええ、こちらです」


 そう言ってシレアさんは手際よく依頼書をこちらに差し出す。


 ノーラの依頼内容は、ヴェリステル周辺の指定された三か所での水の採取。


 水質検査でもするのだろうか?

 まあ何にせよよくあるタイプの採集依頼だ。

 ただ一つ、依頼のランクが高いことが気になった。


「これ何でCランク依頼なんですか? もしかしなくても危険な場所だとか?」

「いえ、その三か所は魔物も滅多に出ませんし、出たとしてもそこまで強力な魔物ではないはずです」

「するとそれは確かに妙じゃのう。依頼内容を精査してランクを決定するのはギルド側じゃろう?」

「ええ、ですから受付仲間でも妙な依頼だと話題になったんです。普通ならFランク相当なのに、ランクを決定する部署がCランクとして戻してきたので――」


 シレアさんも首をひねる依頼ということらしい。


 依頼のランクはその危険度に応じて設定される。依頼がCランクということは、Cランクのパーティーが適正となるレベルの危険がその依頼にはあるということだ。


「これって俺たちでも依頼を受けられますよね?」

「ええ。お二人は現在Dランクなので、一つ上のCランク依頼までは無条件で受注できます」


 冒険者ギルドの規約では、自分のランクの一つ上のランクの依頼までは冒険者が自由に受注できる。

 それは実力があっても、ランクに縛られて長期間下積みをしなければならない、という不毛な事態を防ぐ意味合いがあるらしい。


 ちなみに二ランクより上の依頼になると、ギルド側が依頼の難易度と冒険者の実力から判断して拒否権を発動することもあるという。

 まあ成功の見込みもない依頼を受注させて失敗されると、依頼者からの信頼も失うことになるから当然ではあった。


 ちなみに一つ上のランクの依頼を受注することも本当はギルドに推奨されていない。ランクは必ずしも実力を示すものではないが、その目安ではあるのでランクに応じた依頼を着実にこなすべきなのだとか。


 といっても冒険者が一人でも依頼を受けられるシステムでありながら、実際は六人以上のパーティーが推奨されている時点でランクという目安もあまり意味がない気もする。


 まあ誰だって死にたくはないだろうし、そこまで無茶をする冒険者も多くはないのだろう。

 結局は冒険者の自覚というか、本人がどれだけ安全を意識するかという話でしかない。


 何にせよ現状このシステムで冒険者ギルドはちゃんと回っているのだから、それでいいのかも知れない。


 少し考えは逸れたけれど、俺たちならCランクの依頼であっても問題なくこなせるのは確かだろう。


「じゃあその依頼、俺たちでやります」


 俺はそう言ってノーラの依頼を受注することを決める。


 そもそもの俺たちの目的はノーラを探すことであって、ノーラの依頼は実際やる必要は特にない。


 けれど依頼書を見ると、採取した水の納品先が冒険者ギルドではなく本人に直接となっていた。

 それはこの依頼をこなせば確実にノーラと会うことが出来るという意味だ。


 ――それはあてもなくこの広いヴェリステルの街でノーラを探すよりも、結果として早くノーラに会うことが出来るのではないか。


 この依頼の受注は、そんな打算が働いた結果だった。


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