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特別な存在

「何じゃ、二人ともまだイチャイチャしておったのか」


 戻ってきたクリスの第一声がそれだった。事実なので何も言えない。


「おかえりなさい。シンはだいぶ回復したみたいよ」

「悪いな、クリス。俺の尻ぬぐいをさせてしまって」

「……何を言っておる、おぬしはそれに見合う戦果を挙げたじゃろうが。儂は何も出来ておらんからな、これくらいは当然じゃ」

「そう言ってくれると助かるよ」


 とはいえ、あの力を使う度にこうしてぶっ倒れていてはさすがに問題だ。

 あの力を上手く制御出来ればいいのだけど、そもそもどうやれば使えるものなのかもよく分からないままだし。


 まあこればかりは俺自身で解決する他ないだろう。


「……それでおぬしは、いつまでそうしておるつもりじゃ?」


 クリスはステラに膝枕されたままの俺に、冷たいジト目を向けながら言った。


「いや違うんだってクリス。ステラの膝枕、マジヤバイんだって」

「何も違っておらんじゃろうが」

「いやもう、いいからクリスも試してみなって、ほら」

「よく分からぬが、おぬしがそこまで言うなら……ステラ、構わぬか?」

「別にいいわよ、膝枕くらい。まあ、そこまでハードル上げられると少し恥ずかしいけど」


 体を起こした俺と入れ替わるように、クリスがステラの膝枕に頭を乗せる。


「おぉ……これは確かに、ヤバイのじゃ」

「だよな?」

「うむ。踊り子として鍛えておるからちゃんと引き締まっておる上に、女性らしい柔らかさを兼ね備えておるのじゃ。ほどよい反発と柔らかさのバランスが絶妙で、感触が何というか……えろい」

「えろい!? え、何で!?」


 クリスの突拍子のない評価に、ステラは激しく狼狽した。

 いやまあ確かに、クリスの言いたいことはよく分かるのだけど。


 と、そんなこんなで俺も充分に回復したので、ユモレス森道を抜けるために旅を再開する。


 ちなみにクリスはステラの膝枕を堪能したのか、凄くつやつやとした顔をしていた。

 一方でステラはどこか気恥ずかしそうで、少しばかり顔が赤くなっている。


 その後は特に問題となるような魔物は現れず、俺たちは安全にユモレス森道を抜ける。

 そこからしばらく行ったところに湖があり、俺たちはその畔にキャンプを張ることにした。


 また日が沈むまでは少しあったが、野営する場所としてはちょうどよく、また二人が俺のことを心配していたので早めに休むことになったのだ。


「……ねえシン」

「ん、どうしたステラ?」

「あの……シンも私に膝枕されて、その……えろいって思った?」

「ぶっ!」


 思わず噴き出す。何ということを聞いてくるんだ君は。

 しかしステラは少し赤い顔ではあるが真顔なところを見ると、どうやら真面目な質問らしい。


 からかわれているのかと思ったが、そうでないのなら俺も真面目に答えるしかない。


「言っておくけど、あれはクリスが勝手に言ってるだけだからな?」

「でも、元はと言えばシンがヤバイとか何とか言ったからでしょ?」

「確かにそうなんだけど……いや、俺の場合は何というか、ステラが俺のことを心配してくれてるのが伝わってきてだな。こう、心が落ち着くというか、安らぐというか、ずっとこうしていたいっていう、癒しの意味でヤバイって言ったんだよ」

「じゃあシンは、クリスみたいには思わなかった?」

「少なくとも、あの時はそういう風には思わなかった。……けど」

「けど?」

「ステラがもう一回膝枕してくれたら、今度はそういう感想を持つかもな」

「ふふっ……何言ってんのよ、ばーか」


 冗談めかして言った俺に、ステラは笑いながらそう言った。


「というか、ステラはどうしてそんな質問を?」

「だって、自分では全くそういう風に思ったこともなかったのに、気付かないうちにそういう風に見られていたら恥ずかしいじゃない」


 まあ確かに、普段自然にしていることがそういう目で見られていたら困惑するに違いない。


 だからと言って俺自身に直接確認するのもどうかとは思うけど。


「ああでもそういうことなら、一つ気になったことがある」

「え、何?」

「さっきステラは膝枕くらいって言ってたけど、俺たち相手ならともかく、そういうことを誰にでもやったりはしない方がいいと思う」

「それは、どうして?」


 どうして?

 ……確かに、どうしてなんだろう。


 俺以外でも倒れた人間がいたら、そうして介抱する事態は起こり得る。

 だからステラが別に構わないなら、それでいいはずなのに。


 俺やクリスにだけステラが優しくあって欲しい。

 俺たちにとってステラが大切な仲間であり特別な存在であるように、ステラにとっても俺たちが特別であって欲しい。

 そんな幼稚な独占欲じみたものが、ふと俺の心の中に湧き出てきたのだった。


「……なんてね。分かってるわよ、そもそも誰にでもするつもりなんてないし」

「それならいいんだけどな」

「安心した?」

「ああ」

「そういうところは格好つけずに素直なんだ」


 そういってステラは笑う。


「私にとってシンとクリスは特別。だから安心していいわよ」

「何だ、見透かされてたのか」

「シンがそういうこと言うの珍しいからね。あまり他人に干渉するタイプじゃないし」

「どうだろうな。クリスがいなくなったときとか、思いっきりクリスに干渉した気もするけど」

「それはシンにとってクリスが、それだけ特別だったからでしょう? シンがそういう風に干渉したりわがままを言ったりするのは、特別な相手だけなんだと思う。だから膝枕をシンとクリス以外にするなってシンが言うのは、私も特別ってことだと考えてるんだけど、どう?」

「どうって言われても、そのとおりですとしか言えないだろ、それ」

「あはは、確かに」


 その問いかけに違うと答えるのは、ステラが特別じゃないと答えるのと同じだ。

 ここまでの話の流れで、俺がステラを特別だと思っていることは丸わかりなのだから、今さら隠したところで何の意味もない。


「まあそういうわけだから、邪な気持ちを持たないならシンにもまた膝枕くらいしてあげるからね」

「あー、それは相当頑張らないと無理っぽいな」


 俺がおどけた調子でそう言うと、ステラは「じゃあ頑張りなさい」と言って笑うのだった。

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