貸し切り
用事が終わったので宿に戻ろうとすると、クリスが声をかけてきた。
「すまぬがシン、先に戻っていてくれんか?」
「ん、それは別にいいけど……迷子になるなよ?」
「なるわけなかろう!」
と、そんな感じで冗談を言ってクリスとは別行動することになった。
ただの買い出しだと言っていたし、心配はいらないだろう。荷物持ちもクリスには空間魔法があるので必要ないし。
まあ暇なのでついて行ってもいいし、先日の件を考えればそうするべきなのかもしれないが、対等な関係としてクリスを信頼すると決めたのだから、これくらいの適当さでやっていきたいと思う。
監視するようにクリスに四六時中つきまとう臆病な冒険なんて俺はしたくないのだから。
クリスと別れた俺はまっすぐ宿の部屋に戻る。どうやらまだステラは戻っていないようだった。
まあステラは仕事の報告だけじゃなくて休業の手続きなんかもあるだろうし、まだしばらくは時間がかかるのかもしれない。
手持無沙汰になった俺は、せっかくなので風呂に入ることにした。午前中は歩き通しで汗もかいているし、使える設備は積極的に使っていこう。
風呂に向かう途中に宿の人に声をかけられたので話をしたら、どうやら今の時間は風呂は貸し切りらしい。
まあ普通に考えればこんな昼下がりの時間帯は、冒険者や旅人ならまだ外で活動しているのだろう。
何にせよ貸し切りというならラッキーだ。
ということで風呂まで行くと確かに誰もいなかった。俺はかかり湯をして、さっそく湯船に浸かる。
――ああ、やっぱり風呂は良い。
汗も疲れも、全部流れ落ちていくような感覚。
この幸せな感覚は、こっちの世界でも元の世界でも同じなのだろう。
クリスがこの世界のものでとっておきとして風呂を俺に紹介するくらいなのだから、きっと間違いない。
そういえば熱湯を沸かす魔道具は古くからあったらしいし、湯浴みという概念も同じだという。
ただ湯船いっぱいの熱湯を適温に調節して維持するということが難しくて手間がかかりすぎたため、湯浴みは上流階級の楽しみの域を出なかったそうだ。
風呂が大衆の文化となったのはここ数年の話で、「お湯を一定の温度に維持し続ける魔道具」が発明されたからなのだとか。もっとも、その魔道具は元々お湯の温度を維持するためのものではなかったらしいが。
……なんでいきなりこの世界の風呂の歴史を語りだしたかと言えば、後から風呂に入ってきたステラがずっと俺に喋っているからだ。ちなみに風呂には二人きり。
「なあステラ」
「な、何? あ、お風呂の歴史とか興味なかった?」
「いやそれは興味深かったけど、そもそも何でいきなりそんな話を」
「いや、だってそれは、ほら」
「……?」
「というか、シンは何も思わないの?」
「何もって、何が」
「若い男女が裸で二人きりって現状よ!」
「風呂だからだろ?」
「そうだけど、そうだけど!」
そう言いながらステラはお湯をかけてくる。
……まあ何にしたって、とぼけるのもそろそろ限界だろう。
相部屋の一件から何事にも動じない平常心を意識して、数時間足らずでこれだった。
というかこれではただのむっつりスケベだ。言うまでもなくダサい。
「いや、冗談だって。そりゃ俺だって少しは意識してる」
「少し?」
「……いや、かなり。ステラが入ってきたときとか、何が起きてるのか分からなくて一瞬頭が真っ白になったし」
「……それで?」
「それでって言われてもな」
「いいから、シンが何を思ったのか全部話して」
何だろう、ステラの押しが強い。
まあ隠してどうなる話でもないし、素直に話してしまっても問題ないだろう。
……多分ステラには引かれるけど。
「大事なところは綿布で隠れてたけど、それでも引き締まった腰回りとか、健康的なふとももとか、あと胸鎖乳突筋から鎖骨のラインに目が……って引くなって、ステラが言えって言ったんだぞ」
「そうだけど、シンがそこまでマニアックな性癖の持ち主だとは思ってなくて」
「マニアック言うな。というか男なら大抵みんな同じところ見るから。男は全員胸鎖乳突筋が大好きだから」
「……本当?」
「いやさすがに盛った」
というか俺は何の話をしてるんだろうか。
普通にステラが綺麗で見惚れたって言った方が、恥ずかしさで言えば遥かにましだったよなこれ。
それなのに焦って変な話をしてしまったあたり、やはり俺には何事にも動じない平常心が必要に違いない。
「………………」
「……ステラ?」
「ふふ。色々と変に意識してたけど、何だかどうでもよくなっちゃった」
そう言ったステラは緊張がとけたのか、ぶくぶくと湯船に沈んでいった。
まあ変に意識してギクシャクしていた状態よりは、この方が俺としても好ましい。
旅をしていく上では気兼ねのいらない関係が理想だろう。まあ完全にというのは難しいので、どこかしら気配りや配慮は必要になるけど。
それにしても、ステラも最初出会ったときからはだいぶ印象が変わった。
明るくなったというのが一番大きいけど、変なところで遠慮がちだったり、かと思えば突然押しが強くなったり。ころころ変わる表情が面白くて、目が離せない。
とはいえおそらくはこれが本来のステラの姿なのだろう。
「ぶくぶくぶく」
「………………」
……肺活量凄いな。
というか前々から思ってはいたけど、ステラって結構変な子だよなぁ。
――まあステラからしたら、俺とクリスにだけは言われたくないだろうけどさ。




