鎮魂祭
村の広場には特設ステージと観客用に木製の長椅子が多く設置されていた。まだそこまで人は集まっていなかったので、空いていた最前列に座ることにする。
出店で売っていた、よくわからないポップコーンみたいなジャンクフードをつまみながらステラの出番をのんびり待つ。ちなみにクリスはまだ俺にもたれかかりながら眠っている。
「ふわぁ……ん?」
「まだ寝てても大丈夫だぞ。ステラの踊りが始まる前には起こしてやるから」
大きくあくびをしてから、眠そうな目で周囲を見回していたクリスにそう声をかける。
「いや、もう大丈夫じゃ。……シンには面倒をかけたのう」
「いいよ、俺だってこれからはもっと面倒をかけるつもりだから」
「そう言われると少し不安にもなるが……まあよい。それよりおぬし、何を食べておるのじゃ?」
「これか? よく分からないけど、売ってたから買ってみた。ほら」
そう言ってクリスに差し出してみると、特に迷う素振りもなく手を伸ばして食べはじめる。
「ふむ……特に美味くはないが、何となく癖になる不思議な味じゃのう」
それは塩味をベースに、ピリッと辛い胡椒のような調味料で味付けされていた。
クリスの言う通り、癖になる感じの食べ物だった。
「そういえばクリス、その腕輪、勝手につけちゃったけど良かったか?」
「ん、ああ……別に構わん。おぬしからの初めての贈り物じゃしのう、大切にさせてもらおう」
そう言って腕輪を優しく撫でるクリス。
旅をする上で必要な実用品ではあるけど、気に入ってくれたなら良かったと俺は思う。
そうこうしているうちに、どんどんと人が集まってきた。ステラの出番の直前になるととっくに席は全て埋まっていて、立ち見も大勢出ている状態だ。というか村の人間のほとんどがこの場所に集まっているようだった。
たぶんそれくらい鎮魂祭という祭りはこの村では重要な位置付けなのだろう。
「お、始まるようじゃな」
ステージに備え付けられた魔道具の照明に灯りがともったのを見てクリスが言うと、ステージ裏に楽団が控えているのか、演奏が流れ出した。
そして直後にステラがステージに姿を現す。
ステラの衣装は普段のローブ姿とは打って変わって、かなり露出が高かった。ビキニの水着のような上下に、膝丈くらいの微妙に透けたパレオを巻いているような感じで、首や手首に巻いたリング同士は透明な布がひらひらと繋がっている。
肩やお腹やふとももが惜しげもなくさらけ出されていて、普段のステラを知っている俺は少し目のやり場に困る。
しかしステラが踊り始めた瞬間、俺はそんなことも考えられなくなるくらい、視線をくぎ付けにされてしまう。
それまではざわざわと騒がしかった他の観客たちも、一瞬で静かになる。
その瞬間、誰にでも分かるくらい明らかに、空気が変わった。
抒情的でどこか物悲しい曲調に合わせて、ステラは静かに、しかし時に激しく、見るものの感情を揺さぶるように踊る。
そんなステラの動きを辿るように、透明な布がきらきらと照明の光を反射しながら軌跡を描いていく。
そんな風に時間も忘れてステラの踊りを見ていると、突然ステラの手に青い炎のようなものが現れた。
ステラは魔法が使えない。本人がそう言っていたから間違いないはずだ。しかし、だとするとあれは一体何だろう。
「あれは未練を残して死んだ人間の魂じゃ」
「魂?」
俺の疑問にはクリスが答えてくれた。
死んだ人間の魂が、ときおりその場所に残ってしまうことがあるらしい。別に放っておいても何も影響はないし、放っておいてもいずれは自然にあるべき場所に還っていくものだという。
けれど可能であるなら、早い段階で魂をあるべき場所に還して、安らかに眠ってもらいたい。
そうした思いから行われているのが、こうした鎮魂祭なのだという。
どうやらこの世界の踊り子というのは娯楽の面だけでなく、こうした宗教的な面でも大きな意義を持った存在のようだ。
その後もステラに魅せられたのか、多くの魂がそうしてステラの元に集まり幻想的な光を放っている。
そうして踊りがクライマックスを迎えると、ステラは集まった魂を解放するように、両手を大空に向けて大きく広げた。
するとステラの両手から、ゆっくりと魂が空に向かって浮かんでいく。
「……すげぇ」
思わず感嘆の声が漏れる。
これがこの世界の踊り子……いや、≪舞姫≫と呼ばれるステラの力なのか。
演奏が終わって、ステラはしばらくそのままの姿だったが、しばらくすると体勢を整えて観客に向けて一礼した。
同時に、会場の観客全員から割れんばかりの大きな拍手と歓声が上がる。
それを聞いたステラは、満足そうに小さな笑みを浮かべていた。




