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温もり

 剣の一振りで魔法を消滅させた俺を見て、クリスは驚愕の表情を見せる。


「おぬし、一体何をしたのじゃ!?」

「何って、見ての通り魔法を斬ったんだよ」

「そんなこと出来るわけがなかろう!」

「俺が知るかよ。そもそも、魔法が斬れないなんて誰が決めたんだ?」

「それは…………」


 実際に目の前でそれを実践した俺がこう言えば、クリスは口ごもるしかないだろう。


 魔法が斬れないとか、クリスの存在が俺を危険に晒すとか。

 それは結局、ただの決めつけや思い込みでしかない。


 俺は今それを証明し、クリスを納得させるために戦っている。

 ただ勝つだけでは意味がない。だから――。


「――さあクリス、続けようぜ。お前の持っているその常識が、俺には通用しないってことを教えてやるよ」

「そうか。ならばもはや手加減はせぬ……何かあっても、恨むでないぞ」


 刹那、クリスの瞳は煌々と深紅の輝きを放つ。


 ぞくりと、背筋に悪寒が走った。

 刺すような殺気。それは明確な意思を持って、俺に向けられている。


 俺はいままで、本気のクリスを見たことがなかった。

 だから知らなかったのだ。


 本気になったクリスが、こんな瞳で俺を見ることを。

 そして――そんなクリスが、こんなにも美しく見えることを。


「氷界――『フィンブルヴェト』」


 それは話の中で聞いた、クリスにとっての最強の魔法だ。

 実際に見るのは初めてだが、この魔法は何かを放つというよりは、世界そのものを一時的かつ疑似的に書き換えるものだと考えた方が近いようだ。


 術者であるクリスにとって都合のいい世界。

 それを作り出すのが『フィンブルヴェト』という魔法だった。


 この世界は、クリス以外の存在を氷漬けにして拒絶する。

 世界に存在を許されているのは、クリスただ一人。


 絶対的な孤独。それこそがこの魔法の本質なのだと俺は思った。


「そうか……それがお前の奥底に眠っていた心か」

「………………」


 確かにその世界では、クリスは誰からも否定されない。

 それは周囲から常に差別され拒絶されてきたクリスが、ずっと欲してきた平穏なのだ。


 この世界のクリスは、まさしく何者にも穢されない孤高の存在だった。


 孤高、ゆえに美しく、けれど。


 俺が好きなクリスは、そうじゃない。

 俺はいつだって大胆不敵に笑い、自信に満ち溢れるクリスにこそ惹かれていた。


 悲劇のヒロインなんか糞くらえだ。

 俺はクリスと楽しく馬鹿なことをやって、笑いながらこの世界を冒険出来ればそれでいいのだから。


「大体さ、憂いを帯びた美人なんて、お前のキャラじゃないんだよ」


 もちろんそれだって俺の思い込みかもしれない。

 俺の理想をクリスに押し付けているだけのエゴかもしれない


 だからそれでクリスに嫌われるなら仕方がない。

 それでも何も言わず、言われず、このまま別れるくらいなら。


 言いたいことは、全て吐き出してやろうじゃないか。


「一人だけの世界なんてつまらないだろ? だからそんな世界は――俺が一度ぶっ壊して、面白おかしく作り変えてやる」


 そう言って俺は、手に持った剣を最上段に構えると、そのまま一気に縦に振り下ろした。


 次の瞬間、クリスが魔法で作り上げた世界は、ガラスが割れるような音と共に崩壊していく。

 それは斬ったというより、力任せに叩き壊したという方が近いような気がした。


 自分の最強の魔法さえも打ち破られたことを確認したクリスは、どこか穏やかな表情でため息をついて言う。


「……全く、おぬしという奴は、本当に滅茶苦茶で敵わぬな」

「ああ、面白いだろ?」

「……そうじゃな。おぬしのような人間は、きっと心配するだけ無駄なのじゃろう」


 そう言って、クリスは小さく笑う。

 それは昨晩からずっと、暗い表情をしていたクリスが俺に見せた、久々の笑顔だった。


 ずっと見たかったその表情を見て、俺が安心した瞬間――クリスがふらりと倒れそうになった。

 俺は瞬時に駆け寄り、クリスが倒れる前に支えて問いかける。


「クリス、大丈夫か?」

「うむ……眠い」

「は?」

「ふわぁ……昨日は一睡もしておらんから……すまぬがシン、儂を村まで運んでくれぬか?」

「いやまあ、それくらいは別にいいけど」

「では頼んだ……その間儂は寝る」

「…………マジかよ」


 クリスはすでにすやすやと寝息を立てていた。

 こうなった以上は仕方ないので、俺はクリスをおんぶして村を目指すことにする。


 まあこうしてクリスが俺に甘えてくれるというか、頼ってくれるのは悪い気はしない。むしろそうした関係を俺は望んでいたまである。


 だから今回の件に関しては、俺にとって理想的な解決を迎えたと言ってしまえると思う。

 けど何というか、クリスが俺の背中で寝息を立てている結末というのは、綺麗に締まったとは言い難い気もした。


「……まあ、それも俺たちらしくていいかもな」


 そんな風に俺は独り言を呟く。


 ちなみにステラの出番の時間まではまだだいぶ余裕があった。

 俺はクリスを揺らさないように、少しゆっくりと歩くことにする。


 それは、今この背中にある温かさを、確かめるように――。

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