失踪
「悪いなステラ、色々付き合ってもらっちゃって」
俺はそう言ってステラに謝る。
ステラとは一緒に祭りの露店を見て回る約束だったのに、クリスの問題の相談に乗ってもらったり、隠蔽の腕輪探しを手伝ってもらったりで、全然祭りを満喫できていなかった。
「別にいいわよ。クリスのことだったら私も心配だし、それに今だって結構楽しいから」
そう言ってステラは微笑む。
たぶん俺に気を遣ってそう言ってくれているのだろう。
何かお礼をしないとな、なんてことを考えていると、ふとステラの視線が一点で止まったことに気づく。
視線の先を追ってみると、どうやらそこの露店に並んでいる星形の髪飾りを見ているようだった。
「何だステラ、あれが欲しいのか? じゃあちょっと買ってくるよ」
「え、いや、別に私は――」
遠慮するステラを無視して、俺は露店まで行ってさっさと購入を済ませる。
見た目はゴールドカラーだがさすがに金ではない。たぶん真鍮の類だろう。
「ほらステラ、これ」
「そんなの、理由もないのに受け取れないわよ」
「それならこれは今日助けてくれたお礼ってことで」
実際ステラが教えてくれなければ、俺はクリスの問題を解消する手段を見つけられなかったのだ。
とりあえずここで受け取りを断られても困るだけなので、さっさと押し付けてしまおう。
ということでステラの髪に手を伸ばし、少し強引に髪飾りをつけた。さすがに怒られはしないはずだ、たぶん。
「うん、よく似合ってるな」
ステラのオレンジ色の髪に、金色の星形の髪飾りがきらりといいアクセントになっている。
まあこれだけ色々な商品が並んでいる中からステラ自身が目にとめた物なのだから、似合うのは当然なのかもしれない。
「……うん、ありがとう」
ステラは少し照れくさそうにお礼を言う。
そんな反応を見て俺まで少し照れくさくなったが、喜んでくれたみたいなのでまあ良しとする。
そうして俺たちは目的地の宿屋までたどりつくと、そのまままっすぐにクリスの部屋を目指す。
しかし――。
「クリス……?」
部屋はもぬけの殻だった。
ああ、まあ、うん。俺だってその可能性を考えていなかったわけじゃない。
クリスがしっかりと考えた末に、俺との旅を終わりにするという結論を出す可能性は充分にあった。
だからこれくらいは想定の範囲内――だと思っていたのだけど。
「……実際にこうなってみると、結構くるものがあるな」
「ちょっとシン! 何落ち着いてるのよ、早くクリスを探さないと――」
「ああ、分かってる……」
クリスが一晩色々と考えていたように、俺だってあれこれと考えた。
けれど結局、俺はクリスと旅が続けたいという結論しか出せなかった。
それはたとえ、クリスがこの旅を終わらせる決断をしたとしても、だ。
俺はクリスの考えを尊重するなんて、そんな格好の良いことを言えるような人間ではなかった。
「なあステラ。自分の元を去っていった女の子を、未練がましく追いかける男ってどう思う?」
「ダサいわね」
「だよなぁ」
そして俺は今から、そんなダサい男に自ら望んでなろうとしている。
けどそれは仕方がないことだと思う。
だってクリスとの旅は、本当に楽しかったから。俺はまだそれを終わりになんてしたくない。
これは最初から最後まで俺のわがままだ。クリスの意思なんてどこにもない。
だから言い訳はしない。取り繕う気は最初からない。
――俺は俺のためだけに、クリスを連れ戻す。
「それで良いじゃない。格好つけて諦めのいい振りをしたって、何も手に入らないんだから」
俺の決意を、ステラはそう言ってそっと背中を押すように肯定してくれた。
欲しいものを欲しいと言う。ただそれだけのことが、今の俺たちには難しい。俺もクリスも、欲しいものはきっと同じはずなのに。
……よし。
「それじゃ行ってくる。ステラの踊りが始まるまでには戻るよ」
「そう? それじゃあ期待せずに待ってるわ」
「言ったな、絶対クリスと二人で最前列から見てやる」
そんな風に軽口を叩きあってから、俺はステラを残して宿屋を後にする。
「大事にされてるわね、クリス……少し羨ましい、かな」
別れる間際にステラが何かを言っていた気もするが、俺にはよく聞こえなかった。
まずクリスの行き先を知るために、村で聞き込みをしてみると一発目で有力な情報が得られる。
祭りで人出が多くても、小さな少女がローブを着て背丈ほどもある杖を持っていたら、さすがに目立つようだ。
もちろんそれだけではなくて魔族のマナの影響もあるのだろう。今のクリスは悪い意味で人目を集めてしまうことは確かだ。
まあ何にせよクリスが村の南から出て行ったことが分かったので、俺は全速力で追いかけることにした。




