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ヒトリノ夜

 ステラと俺たちで相談して、晩飯は宿で済ませることになった。

 あまり味には期待していなかったのだが、この宿の飯は結構美味かった。こっちの世界にも米みたいな食材があるようで、リゾットのようなものがメインだったが、これが辛口で食欲をそそってくる。

 元の世界では食べたことのないタイプで、興味深い料理だと思いながら俺は食べた。


 ちなみに護衛期間中の宿泊費や食費などの諸経費は全部依頼者側で持つという契約になっているので、代金はステラ持ち。

 好きなだけ食べていいと言われたので結構食べたつもりだったが、「それだけでいいの?」とステラには言われてしまう。冒険者というのは体が資本ということもあって、とにかく食べる人間が多いらしい。


 そうして俺たちはそれぞれあてがわれた部屋に戻った。

 さすがにこの宿に風呂はないが、部屋に水道があったのでタオルのような布を濡らして全身を拭く。これだけでもかなりさっぱり出来る。今後も旅を続けていくなら、この方法にはこれからもお世話になるだろう。

 幸いなことに、俺たちは水なら魔法で出せるわけだし。


 というか水と火が出せるから、ドラム缶のようなものがあれば風呂くらいなら旅の道中でも用意出来なくもない。

 まあクリスの空間魔法で持ち運べるものには限度があるし、たぶんキャパシティオーバーだから仮にそれを実現するなら俺がドラム缶を背負って旅することになるが、それはさすがにきついだろう。

 とりあえず風呂は命に関わるほどのことでもないし、そのうち考えることにしよう。


 などと、とりとめのないことを俺は部屋で一人考えていた。


 まだ眠るには早い。かといって何かすることがあるわけでもない。


「……暇だな」


 クリスやステラは何をしているのだろうか。

 二人のことを考えてみるが、俺は普段の二人をそこまでよく知らないから、想像のしようがない。多分俺と同じように体や髪を洗ったり、洗濯なんかはしているだろうが、それ以外は想像もつかない。

 洗濯で思い出したが、そういえばクリスもステラも、旅の間は同じようなローブを身に纏っていた。この世界の女性の一般的な服装なのかと最初は思っていたが、イニスカルラにもラドーム村にもローブを纏っている女性はほとんどいなかったからどうやら違うらしい。

 クリスは魔法使いだからローブというのはまあ何となく分かるが、ステラはどうしてローブを着用しているのだろうか。

 いや、そもそもの話をすれば魔法使いだって何でローブを着用するのかという話でもある。

 魔法の原理を考えれば、服装で魔法の行使が上手くなるわけでもないのだから、魔法使い=ローブという俺の考えも安直過ぎるかもしれない。


 こんな風に、一人だと暇すぎてどうでもいいことばかり考えてしまう。


 ……クリスかステラの部屋でも訪ねてみるか?


 俺から彼女たちの部屋を訪ねるのは、何となく照れ臭い感じがある。

 とはいえ他意があるわけでもないし、単純に暇だから話相手になってくれというだけなら何も問題ないはずだ。

 ……よし、行ってみるか。


 ということで、まず隣の部屋にいるクリスを訪ねてみる。

 しかしドアをノックしても返事がない。さすがに寝ているということはないだろうから、どこかに出かけているらしい。

 どこかに行くなら声をかけてくれればいいのにと思わなくもなかったが、まあクリスなら危険に巻き込まれるということもないかと自分を納得させる。クリスにだってプライベートな時間は必要だろう。


 クリスが不在だったので、数部屋離れたところにあるステラの部屋を訪ねた。


「ステラ、いるか?」

「何? ちょっとだけ待ってくれる?」


 そう返事があってから十秒ほどして、ステラはドアを開けてくれた。

 ステラは薄手の黒いシャツとハーフパンツといった服装で、運動でもしていたのか顔がほんのりと上気していた。


「何か用?」

「いや、何というか一人だと退屈で……もし良かったら話相手になってくれないか? 正直この世界のこととか、知りたいことが山ほどあるんだ」

「んー……今トレーニング中だから、それをしながらでいいなら構わないわ。入って」


 そう言われて部屋に招き入れられる。ぱっと見た感じ、部屋自体は俺の部屋と特に変わらない雰囲気だ。まあ同じ宿なんだから当然か。


「トレーニングってステラはどんなことをするんだ?」

「別に、普通のことよ。踊りの基本の型や動作とか、あと舞台で踊る内容を確認したりとか……」


 そう言うとステラは緩やかに、流れるような動きで踊りだす。

 そういえば、俺はステラが≪舞姫≫と呼ばれるほどの凄い踊り子だとは知っていても、その踊りを見るのは初めてだった。

 もちろん今目の前で行われているのはあくまでも練習でしかない。

 けれどその練習でさえ、俺は一瞬で心を奪われるくらい、その目を釘付けにされてしまっていた。


 数十秒、俺は声を失ったままステラの踊りを見ていた。そこで踊りは終わったようで、俺はようやく正気を取り戻す。


「どう? 私の実力が少しでも伝わったかしら?」


 自信満々にそう尋ねてくるステラ。


「ああ、驚いた。正直言って、俺は今まで踊りというものがこんなに凄いものだなんて思ってなかった」


 それは俺の中にあった踊りという概念が、根本からひっくり返されたかのような衝撃だった。


 俺はステラの一挙手一投足、その全てを目で追わずにはいられなくなった。

 ステラの右手は、次にどこに動くのだろう。その指先の動きは、何を描きだすのだろう。

 ただひたすらにステラの次の行動が気になって、だからずっと追い続けてしまう。


 つまるところ、俺はあの一瞬で完全にステラに魅了されてしまっていたのだ。


「まあ今のは単なる動きの確認だし、明日の本番はちゃんとした衣装で踊るから、もっと凄いわよ?」

「……それは楽しみだな」


 楽しみであると同時に、恐ろしくもある。それほどに大きな衝撃を俺はステラの踊りから受けていた。


「それで、何か話をしたいんじゃなかったの?」

「ああ、そうなんだけど……」


 踊りを終えたステラは柔軟体操を始めながら、俺に尋ねてくる。

 ちなみにステラは寝台の上で180°開脚して、上体もぺたりと寝台につけていた。凄い。


「正直に言うと、ステラを見ているだけで退屈が吹き飛んだ感じがする」

「何よそれ。踊りならともかく、これくらいの柔軟ならシンだって出来るでしょ?」

「いや出来ないって」


 俺はそこまで体が柔らかくない。むしろ硬い方だと自覚していた。


「またそんな嘘言って、ちょっとこっち来てやってみてよ」

「別にいいけどな……」


 ステラに言われるままに開脚をやってみるが……。


「冗談でしょ!? こんなに硬くて、あんな無茶苦茶な動きが出来るはずないんだから!」

「いや無理無理無理! 痛い痛い千切れるって!」


 ステラは俺の両脚を無理やり開こうとしてきた。いや、だから俺は本当に体が硬いんだって!


「……これは、しごき甲斐がありそうね」

「えっと、あの、ステラさん?」


 良く分からないが、俺の体の硬さがステラの何かに火をつけてしまったらしい。


 結局そのまま俺は鬼コーチと化したステラに徹底的に柔軟をさせられることになった。

 その中で時折ステラの柔らかいものが背中に当たったりもしたが、正直体中が痛くてそれどころじゃなかった。


 結局みっちり三十分ほど、俺とステラはベッドの上で体を重ねた。もちろん柔軟体操的な意味でだ。

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