約束
ステラは声を殺してすすり泣いていた。
それを見て、どうすればいいのか分からず立ち尽くしていた俺に、クリスが小声で言う。
「ほれ、慰めてやらぬか」
「え、俺?」
「おぬし以外に誰がおる!」
確かにそうなんだが……いやクリスでも良くないか?
まあそう言ったら怒られることは、さすがに俺でも分かるので沈黙する。口は災いの元だ。
しかし慰めるといっても、どうすればいいのか。
何というか泣いている女の子というのは苦手だった。まあ得意だったらそれはそれで変な話だけど。
とりあえず立ち尽くしていても仕方ないので、ステラの近くまで歩いていくと、唐突にステラに抱きつかれる。
突然のことに俺は困惑しながら尋ねた。
「……あの、ステラさん?」
「黙って……少しだけ胸を貸して」
「……分かった」
ステラは俺の胸に額を当てながら、また静かに泣いていた。
ただそれは、俺にすがるというよりも、涙を隠すためといった雰囲気だ。
ステラはそうまでしてでも、決して自分の弱さを見せようとしない。
――ここまで強がれるなら、それは強さと呼べるような気さえしてくる。
けれど、今ステラの体がか弱く震えていることが触れている俺には分かってしまう。
だからなのかは分からないけど、無意識のうちに俺はステラの頭を撫でていた。
「……それ」
「あ、悪い、つい……」
ついでは済まないというか、元の世界だったらセクハラ案件だ。
「ううん、別に……続けてくれた方が、嬉しい……昔を思い出して、安心する」
ステラにそう言われたので、俺はそのままステラの頭を撫で続ける。
ステラのオレンジ色の髪はさらさらで、凄く丁寧に手入れされていることが分かった。たぶんこれもステラの踊り子としてのプロ意識の表れなんだろう。
そんなことを思いながらふとクリスの方を見ると、ニヤニヤと笑いながらこっちを見ていた。
おかしい、クリスに言われたからやっているはずだったのに。
それからしばらく経って、落ち着いた様子のステラが俺から離れた。
「……ごめんね、困らせちゃって」
「いや、俺は全然問題ないけど」
「……ありがと」
そして沈黙が場を支配する。
変な空気になりそうだったので、俺は質問をすることで沈黙を破ることにした。
「そういえばさっき、昔って言ってたけど、あれは?」
「孤児院にいた頃……泣き虫だった私が泣いていると、そうして頭を撫でてくれる子がいたの。……二つ年下だけど、とても賢い子」
「……その子は今どうしてるんだ?」
「私が一座に引き取られる前に、学術ギルドに引き取られたわ……なんか、百年に一人の才女なんだって」
ステラが一座に引き取られたのが七歳の時。その二つ年下なら、五歳の頃にはその素質を見出されたことになる。
「一応、今でも連絡は取っているのよ……お互いに忙しいから、本当に偶にだけど」
「そうか……でも、いざとなればその子に頼ることも出来るんだな」
ステラにとって一座の仲間だけが全てでないことが分かって俺は少し安心する。
幼少期からの知り合いなら、心の支えにだってなってくれるだろう。
なんて考えていたらステラは予想外なことを口に出す。
「あら、シンに頼ったらいけないの?」
「いや、ステラだってさすがに今日会ったばかりの人間をそこまで信頼出来ないだろ?」
「そう言う割に、この世界に来て四日目というあなたは、クリスを深く信頼しているように見えるけど?」
「それは……」
確かにそれを言われると何も言えなくなる。
俺はクリスに命を救われたし、その後も共に死線を潜り抜けたからこその信頼関係ではある。
けれど、そうか。ステラからすれば、俺たちだって危機を救った存在になるわけだ。
「私はあなた達と、この依頼一回きりの関係で終わるつもりはないのだけど……ダメ?」
そういってステラは物悲しげな表情で尋ねてくる。
これはずるい。そんな言われ方をして、ダメと言える男はたぶんいない。
そして何より、ステラはそれを自覚した上で行っているのだ。
自分の魅力を理解した上で、それを最大限発揮する術をステラは熟知している。
踊り子として、自分を舞台で最も輝かせるための技術。それを極めたからこそ、ステラは≪舞姫≫と称えられているのだ。
そこまで分かっている上で、それでも俺はステラの思惑通りの答えを返すしかない。
「いや、構わない。それで少しでもステラの気持ちが楽になるならな。ただそれなら一つ、約束してくれ」
「約束?」
「ああ。今後は今回の霧を越えるみたいな無茶はしないこと。死んでもいいなんて考えないこと。命を大切にすること」
「あれ、三つあるんだけど」
「全部同じことだよ。つまりは、ステラに何かあったら俺たちが悲しむということを、忘れないこと」
「……分かったわ、約束する」
そんな風に約束を交わし、休憩を終えた俺たちはラドーム村へ向けて出発する。
何事も無ければイニスカルラから三時間程度の道のりだったが、グランドイーターと戦ったり休憩を挟んだりしたことで、俺たちが村に着く頃には五時間ほど経過していた。




