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逆転の発想

 俺は今までの旅で、一度も使わなかった魔法を詠唱する。

 それは俺が特に苦手とする魔法で、普段ならわざわざ使う必要がないレベルで「へぼい」。


 それでも別に、使えないわけではない。


 俺はそのへぼい魔法を、得意魔法の『フレイムソード』と同じ感覚で、剣に乗せて振る。


「はっ!」


 強く息を吐き、腹筋を締めて力いっぱい剣を振った。そうして俺は複数の触手をまとめて切り裂く。


 ここまでは何度も繰り返した光景だけど、今回は今までと違って切断された触手が再生を始めない。


「やっぱりか!」


 想定通り、俺の魔法を乗せた剣に斬られた触手は再生せず、力を失って地面に落ちたままだった。

 俺はそのままの勢いで手当たり次第に近くにある触手から斬り捨ててステラの安全を確保し、次にクリスに襲いかかっている触手を斬りつける。


「シン! おぬし一体何をしたのじゃ?」

「説明は後だ、クリスはステラを頼む。俺はこのまま本体をやる」


 驚いてはいるが、意外と余裕がありそうな声色で尋ねてくるクリスにステラを預け、俺はグランドイーターの本体へと駆ける。

 いくつか触手が俺の前進を阻もうと襲いかかってくるが、もう大した数でもない。俺は走る速度を落とすことなく、剣を振って軽く対処した。


 そうしてようやくグランドイーターを剣の間合いに捉える。

 それにしてもグロテスクな外見をしていた。何よりでかい。このサイズの魔物に一撃で致命傷を与えるのは、俺の剣では難しいかもしれない。


「ドラゴンのときみたいに出来れば一番いいんだけどな」


 あの時の力はまだ、俺の意思で自由に扱うことが出来ない。そのうち必要になればでいいとは思っていたが、早い内に使えるようになった方が楽かもしれない。まあどうすればいいのかさっぱり分からないんだけど。


 無いものねだりをしていても仕方ないので、俺はそのまま剣をグランドイーターの本体に叩きつける。手には大樹を斬ったような感覚が返ってくる。それを何度も繰り返すのは、まるで木こりになったような気分だった。


 本体も触手と同様の再生能力を持っていたようだが、今の俺の剣はその再生能力を封じている。

 ……といっても厳密には、再生していないわけではないのだけど。


 何故なら俺がこの剣に乗せた魔法は、「治癒魔法」だからだ。


 俺の治癒魔法は術式を教えてくれたクリスからもへぼいとお墨付きを貰ったくらいで、本当にへぼい効果しかない。

 そんなへぼい治癒魔法を、俺はグランドイーターの再生能力に「上書き」したのだ。


 もちろん実際それが可能なのかはやってみるまで分からなかった。けれどグランドイーターは触手を斬られる度に治癒魔法を使っていたわけではなく、自動でマナを消費して再生を行っていたように見えた。


 だから俺は、触手の「斬られたら自動でマナを消費して再生する」という一連の流れに、何か別の行動を途中に挟みこんで邪魔出来ないかと考えて、同じようにマナを消費して治癒する魔法を挟みこんだのだ。


 治癒魔法は基本的にかけられた対象の体内に元々あるマナや自然治癒力を集めて怪我を治そうとする。グランドイーターの再生能力が本来の機能を充分に発揮できなくなる可能性はあると俺は思った。


 その結果がこれだ。正直出来すぎだった。再生が数秒遅れてくれれば俺は充分だと思っていたので、完全に俺の治癒魔法の方が優先されるというのはさすがに想像していなかった。


 ちなみに治癒魔法を剣に乗せたのは、斬る度に触手が再生する前に治癒魔法を発動なんていちいちしていられないからだ。

 この方法はクリスと最初に出会ったとき、怪我した俺をクリスが治癒魔法を乗せた杖で殴ろうとしてきたから思いついた。


 これがクリスの治癒魔法だったら上書きしても触手が瞬時に再生されてしまう可能性があった。クリスの治癒魔法は優秀すぎる。

 俺の治癒魔法は正直使い道がないと思っていたが、今回はへぼいからこそ役に立つという珍しいパターンだった。


 そんな風に感想戦をしつつ、俺の剣で無残に切り刻まれていたグランドイーターは、気合いを入れた最後の一振りで黒い霧となって消滅していった。


 そしてその場には魔石が残される。ドラゴンのものよりは小さいが、それでもかなりの大きさだ。

 まあドラゴンは別格としても、グランドイーターはその厄介さからして最上位クラスの魔物なのは確かだった。

 そしてグランドイーターがこの街道の霧の原因である以上、過去に霧を越えた人間が誰もいないというのは何も不思議なことではない。


 五年に一度くらいの頻度で本来の住処を離れて餌を求めてルイーナ街道に姿を表し、動物だけでなく周囲の熱やマナまで食べる。もはや魔物というよりは自然現象としての天災に近い。


「シン!」


 俺の名前を呼びながら、クリスとステラが駆け寄ってくる。


 その姿を見て、何とか無事に終わったのだと思い、俺は安堵のため息をついた。

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