触手の再生能力
グランドイーターの伸びてくる細長い触手を俺は全て剣で払うように斬り捨てる。
斬られた触手は力を失い、くたりと地面に落ちていった。
俺は迷わずグランドイーターの本体を目指す。近寄って斬る以外のことが出来るほど器用じゃない。
しかし……。
「きゃっ!?」
直後、ステラの悲鳴が響き、俺は慌てて振りかえる。
そこでは触手がステラの四肢と腰に巻きついて身動きを封じたかと思うと、次の瞬間には高さ三メートルほどまで一瞬で持ちあげられていた。
どうやら俺に斬られた触手は一瞬で再生し、標的を俺からステラに変えて襲いかかったようだ。
「クリス、頼む!」
「うむ!」
俺はクリスに声をかけると、そのまま空中のステラに向かって跳んだ。
高さ三メートル。渡り人である今の俺なら、軽く跳べる高さだった。
「氷撃――『アイシクルカッター』」
右手に剣を持ったまま俺がステラを左腕で抱き寄せるように抱えると同時に、弧を描くように飛んだクリスの魔法がステラに伸びていた触手を全て斬り裂く。
狙いもタイミングも完璧だった。さすがクリスだ。
「ステラ、着地するからしっかり捕まってろよ」
「…………っ!」
ステラは状況が飲み込めないのか、それとも恐怖に言葉を失っているのか、返事をせずただ強く俺の首に両腕を巻きつけてしがみついた。
押しつけられるステラの柔らかい感触についてはノーコメント、というか考える暇もないまま別の角度から触手が襲いかかってきていた。
クリスは魔法を放った直後だ、これは俺が対処するしかない。
俺は踏ん張りの効かない空中で、ステラを抱えたまま剣を振るって何とか触手を斬り払う。
そうして無事に着地した。もちろんステラのためにも衝撃はちゃんと殺している。
「ステラ、大丈夫か」
「え……ええ、大丈夫……助けてくれて、ありがとう」
「助けられなかったら護衛失格だからな」
ステラは顔を赤くしながら礼を言う。一瞬のこととはいえ、命の危機を感じて興奮状態のようだ。
しかし今のは完全に俺の不注意だった。
礼を言われるようなことではなく、むしろステラは怒っていいところだろう。
グランドイーターの再生能力はさすがに予想出来なくても、それがステラの守りをおろそかにしていい理由にはならない。あの触手に殺傷能力がなかったのはただの幸運だ。
ステラは大丈夫と言ったが、まだ不安そうにして俺に強くしがみついている。正直なところステラが落ち着くまでこうしていてやりたいのだが、戦闘中ではそうもいかない。
……ステラの柔らかい感触が名残惜しいわけではないからな?
「……で、ステラが不安なのは分かるから言いづらいんだけど、戦闘中だからそろそろ離れてくれないと次の触手がヤバい。具体的に言うと二秒後がヤバい」
「ち、違っ、これはそういうのじゃなくて――」
俺の言葉で慌てて離れたステラが強がるように言う。魔物に捕縛されて不安を感じないほうがおかしいのだから、別に強がる必要はないと思うのだけども。
しかし俺にはステラの言い分を全部聞いている余裕はなく、触手を切り払うのに必死で後半は聞こえない。
無数の触手が上下左右さまざまな角度から襲いかかってくるのを、ただひたすらに斬る。
ステラが後ろにいるので避けることも、前に出ることも出来ない。
一瞬だけクリスの方を見るが、クリスも自分に襲いかかる触手への対処で手いっぱいのようだ。
周囲のマナさえ充分にあればクリスが手こずるような状況でもないだけに歯がゆかった。
触手は斬っても一瞬動きを停止するだけで、すぐに再生して襲いかかってくる。
グランドイーターは大量に喰ったマナをこの再生能力に使っているのだろう。
徹底した物量戦術。単純であるからこそ対処も難しい。
触手一つ一つは大した問題にはならない。それでも捕まれば終わりという緊張感の中、いつまで続くか分からないこの状況を維持し続けるのはとにかく良くない。
グランドイーターは一度の再生にどれだけのマナを使っているのか、そしてどれだけのマナを体内に蓄積しているのか。
何一つ分からないまま後手に回る現状は、確実にじり貧だと言えた。
「くそ、何か良い手は……」
俺は考える。
まず俺の火属性の魔法では大して効果はなかった。グランドイーターの触手が燃えにくいのか霧の影響かは分からないが、火はつくが大きく燃え広がらない。それに火がついてから触手が動きを止めるまでに時間がかかり過ぎるようで、燃えたままの触手が襲いかかってきて結局剣で斬るしかなくなった。
とにかく周囲のマナが少ない状態の俺の魔法では、それが限度らしい。
クリスの方も状況は似たような感じらしく、触手の再生タイミングを巧みにずらすなど、あらゆる手を尽くして対処している。おそらくは触手をまとめて消し飛ばしたりする規模の魔法は使えないのだろう。
せめて数秒だけでも、触手の再生を遅らせられたら……ん?
そこで俺はふとひらめく。
――それは常識では考えられない魔法の使い方だった。
そしてこれは、クリスには教えても出来ないことだ。
もちろん上手くいく保証はない。試したこともない、完全なぶっつけ本番。
しかしそれでも、理屈の上では上手くいくはずだった。
そう考えるが早いか、俺は現状を打開するための「あの魔法」を詠唱した。




