暴食の魔物グランドイーター
俺たちは霧の中を進む。
視界は悪いが、それでも霧自体はやはり普通の霧のようだった。
そんな中で、一つだけ大きな問題をクリスが指摘する。
「うーむ、想像していた以上にマナが少ないのう」
周囲のマナが少ないことは霧の中に入る前から分かっていたが、霧の中を進んでいくとそれはより顕著になっていった。
魔法を行使する際、優秀な魔法使いほど自身が持つマナではなく周囲に存在するマナを多く使うようになる。
それだけにここまでマナが少なくなると、大きな魔法の行使に支障が出てくるのだとクリスは言う。
具体的にはドラゴンを倒すときに使ったような最上級の魔法はまず使用出来ず、クリスが使えるのはせいぜい中級魔法くらいになるようだ。それも自分の体内のマナを多く使うので、普段のように際限なく使えたりはしないのだという。
「すまぬが儂は今回、あまり役に立てぬかも知れん」
申し訳なさそうに謝るクリス。確かにクリスの魔法が使えないとしたら、大きな戦力ダウンには違いない。けど俺は、それでもクリスが役に立たないとは思わない。
クリスの長い経験から来る知識や見識は、戦いの、ひいてはこの世界の素人である俺にとって、貴重なアドバイスとして魔物との戦いで大いに役に立ってきた。
「気にするなって。別に大魔法だけがクリスの武器でもないだろ?」
クリスの大魔法は確かに凄い。いかにも必殺の一撃という大火力で、ドラゴンの強力な魔法障壁さえも貫通してみせる。
しかし本当に凄いのは、豊富な魔法のレパートリーから繰り出される多彩な戦い方の方だと思う。クリスはどんな魔物が相手でも的確に対応し、自身が有利になるように戦いを運んでいく。
剣を使った力押ししか出来ない俺との最大の違いはそこだ。
「そうじゃな。出来る範囲でおぬしをサポートするとしよう」
「ああ、俺はクリスのことを頼りにしてるからな」
「任せておくのじゃ!」
そう言ってクリスは笑う。
それは俺が今まで何度となく見てきた、自信に裏打ちされた大胆不敵な笑みだった。
そんなやりとりを経て、霧の中を進んでいくと、ついに問題のそれは姿を現した。
巨大な食虫植物のような魔物。
高さは5メートルほど、幅は軽く10メートルを超えている。
無数の触手はそれぞれが意思を持っているかのように動き、自在に伸縮を繰り返しては獲物となる野生動物を捕獲している。
そうして捕獲した獲物を、巨大な口は丸呑みにしていた。
「こいつがグランドイーター……想像していた以上にキモいな」
「うむ、キモいのじゃ」
「確かにキモいけど……どうしてあなた達はそんなに冷静なの?」
ステラは俺たちの態度にツッコミを入れていたが、それでも三人の意見は一致した。
グランドイーターの見た目は相当キモい。
獲物を丸呑みにする口はグロテスクだし、何より無数の蠢く触手は生理的嫌悪感をかきたてる。
「気をつけろよステラ、俺の知識によるとああいった触手はステラみたいな気丈な女の子をよく狙ってくるらしい」
「何それどこ情報よ!? というか気をつけろって、無理言わないでよ! 私、戦えないんだからね!」
俺はそんな風にステラを脅かすように言ったが、確かにこれはどこ情報なのだろうか。元の世界で得た知識なのか、それとも渡り人として得たものなのか。
正直自分でもよく分からなかったが、まあ考えて分かることでもないし、そもそも大して重要な話でもないか。
とりあえずグランドイーターの本体はほとんど動かないし、あの触手に捕まらないようにさえ気をつけておけば問題なさそうに思える。
「クリス、実物を見て何か分かるか?」
「うむ。植物系の上位種のようじゃが、さして攻撃力も防御力も高くはなさそうじゃのう。触手に捕まって喰われでもせん限り大きな危険はないと思うが、マナを喰うということから何かしら魔法を使ってくる可能性もあるので、そこには注意が必要じゃな」
クリスは的確にグランドイーターの特徴を分析する。
確かにマナを喰うという特性があるから、見た目だけで判断するのは少々危険に違いない。魔法に関しては予兆に充分警戒しながら戦うのが正解だろう。
普段出没する魔物と比べれば、確かに強いことは違いなさそうだ。
けれど、それがドラゴンほどではないことも確実だった。あの時感じた圧倒的な暴力や絶対的な差というものは、グランドイーターからは感じられない。
もちろんドラゴンだってもう一度倒せと言われて絶対に倒せる保証はないのだけど、それはそれだ。
そんな風に考えている間に、グランドイーターは動物を食べ終わったのだろう。次の獲物として俺たちに狙いを定めたらしい。
いくつかの触手がこちらに向かって伸びてこようとしていた。
「どうやら来るみたいじゃぞ」
そのクリスの一声で、俺は戦闘に備えて剣を構えた。




