≪舞姫≫と呼ばれる踊り子
俺たちは女の子を追いかけて、ギルドを出たところで追い付く。
「ちょっと待ってくれ」
「……? あら、あなたはさっきの、確かシンとかいう……何か用?」
俺が声をかけると女の子は振り返ってそう言った。
不審に思うというよりは単純な疑問を感じているといった感じだ。
「一つ訊きたいんだが、どうしてラドーム村に急いでいるんだ?」
「……仕事よ」
「仕事?」
「私は踊り子をしているの。≪舞姫≫のステラって名前、聞いたことない?」
「……悪い。俺、全く世間のことを知らないんだ」
「……そう」
落ち着いた声だったが、ステラと名乗った彼女は少し残念そうな顔をした。
もしかしたら本当に有名な踊り子なのかも知れない。だとすれば俺の言葉は彼女のプライドを傷つけた可能性がある。
だから俺は思いつく範囲で言葉を並べてフォローした。
「でも、ステラがただ者じゃないことは俺にも分かる。ギルドの受付でした一礼、踵を返す動き、歩くときの足の運びも、振る腕のその指先まで、全ての動作が綺麗で俺は思わず目を奪われたから」
「……っ!」
俺がそう言うと、ステラは少し驚いたように目を見開く。
よく見ると少し興奮したように、顔が赤くなっている。……もしかして怒らせたか?
確かに素人が知ったようなことを言うのは良くなかったかも知れない。
そんなことを思っていると俺の後ろにいたクリスが会話に参加してきた。
「おぬしは何いきなりそやつを口説いておるのじゃ?」
「え? ……いや、俺はそういうつもりじゃなくて――」
クリスに指摘されて、自分の言葉の意味に気付いた俺はあわてて言い訳を並べるが、それをステラの声が遮った。
「あんな一瞬で、しかもローブ越しに、私の踊り子の技術を見抜いたの?」
それは怒りよりは驚き、疑念よりは興味といった響きの言葉だ。
「見抜いたと言うほどのものかのう? シンは単に、ステラが綺麗だから見とれておっただけじゃろう?」
「身も蓋もない言い方をすればそうだな」
俺はクリスの言葉を肯定する。
ステラが綺麗だから見とれて、思わず後をつけてきました。あれ、俺ただストーカーでは?
「……まあいいわ、それで? 私が仕事でラドーム村を目指しているとしたら、何?」
気になることはあったようだが、しかし深く追求はせず、ステラは脱線した話を本筋に戻した。ありがたや。
「ああ。もし良かったらラドーム村までの護衛を、俺たちに任せてくれないか?」
「でも、ギルドは引き受けないって話でしょう?」
「そうだな。だからギルドを介さず、という話になる」
「………………」
俺がそう言うと、途端にステラは黙り込む。
それもそのはず、ギルドを介さない依頼というのは基本的に推奨されないものなのだと、俺はクリスから言われていた。
まず冒険者側としてはギルドでの実績にならないのでランクなどには影響しない。そしてあくまで個人間の契約なので、依頼料の不払いや依頼内容の齟齬といったトラブルに関しても、全て自力で解決しなければならない。
もちろん依頼者側としても、冒険者の唐突な依頼破棄などのトラブルが当然発生し得る。
これらはギルドが間に入っていればまず起こらない。正当な理由のない依頼破棄はギルドから大きなペナルティを受ける行為として規約に明記されているし、依頼料や依頼内容についてもちゃんと精査した上で受け付けるかをギルドは判断しているからだ。
つまりギルドを介さない依頼というのは、相当に緊急の事態であるか、相応に信頼出来る関係であるか、あるいはその両方でなければまず行われないものだった。
ステラはしばらく考えてから、大きく嘆息する。そうして何かを覚悟したような目で、こちらをまっすぐに見て言った。
「……そうね。何にしたって、あなたたち以外に私を護衛したがる物好きは見つかるとも思えないし、お願いするわ」
俺たちのことは信頼出来ないが、明日までにラドーム村に辿り着きたいステラには、そもそも他に選択肢がなかった。
「それじゃあ依頼内容はこれ。さっき不受理になった依頼書そのままだけど、問題ある?」
「……いや、問題ない」
俺は受け取った依頼書を読んでみたが、条件面はさっき見た普通の護衛依頼よりは報酬がかなり高く設定されていた。おそらくは期日が明日までという緊急の依頼だからだ。
ただ霧が発生している現状では、おそらくこの報酬であっても安すぎると言われる値段には違いない。というか危険性を考えればどれだけ報酬が高くても誰も受けないはずだが。
「それで? あなたたちはどうして私の護衛をしてくれる気になったの?」
だからそのステラの疑問は当然のものだった。危険しかない、どう考えても割にあわない依頼。
どんな思惑があればそんな依頼を受けるというのだろうか。それは誰だって警戒することだ。
俺は何と答えるべきか考える。
ただでさえ信頼の無い状態で、嘘をつくのは良くない気がした。
だから正直に、理屈や打算ではない自分の心を口に出す。
「護衛が見つからなくて、困っているみたいだったから」
「ぷっ、何それ、馬鹿じゃないの?」
……まあ、そりゃ笑われるよな。
ちなみに隣のクリスも腹を抱えて大爆笑だった。




