ルイーナ街道
まずは商店街で旅に必要なものを揃えることにした。といってもラドーム村までは歩いて三時間程度の距離しかないので、そこまで大がかりな準備は必要ない。
昼前にはイニスカルラの北門を出て、俺たちはルイーナ街道からラドーム村を目指すことになった。
ルイーナ街道は広い平原を通っている。普段はかなり安全な街道らしく、魔物もほとんど出ないようで、そのかわりに野生動物の群れがよく目につく。
その道すがら、俺は気になっていたことを尋ねる。
「一つ訊きたいんだが、迂回するというのは無理なのか?」
「無理ではないのう。一旦東のヴェリステルまで行き、そこから北に抜けて迂回することは出来る。しかし……」
「何か問題があるのか?」
「単純に、時間がかかり過ぎるのよ」
俺の疑問にはステラが答えた。
ルイーナ街道の東部にはゲーデル湿地が広範囲に広がっているが、これは毒沼な上に危険な魔物が多く生息しているので越えるのは不可能なのだという。
迂回しようとするなら、一旦東を目指し、そこから北へ進み、最終的にラドーム村の北側の街道に出るという大周りのルートになるが、これは馬車を飛ばしても一週間以上かかるという話だった。
それだったら霧が晴れるまで待っても同じことだろう。
「何にしても、他の方法では私の用事には間に合わない。まっすぐ行く以外の道はないの」
ステラは俯きながらそう言った。彼女のオレンジ色の前髪が瞳に影を落としていて表情は窺えない。
それでも彼女が不安を感じていることは俺にも分かった。
ルイーナ街道の霧。
今まで誰一人として越えたことがないそれを、俺たちは今から越えようとしている。
危険は明白だった。しかもステラには俺がFランクの新米冒険者だということを話している。
それはもう、ステラからすれば不安材料しかないだろう。
「状況は分かった……けど、危険を冒してまで間に合わせないといけない用事って、一体何なんだ? 最初は仕事だって言っていたけど」
「仕事というのは本当。明日ラドーム村でお祭りがあって、私はそこで踊ることになっているの」
平然と言ってのけるステラ。
嘘は言っていないのだと思うが、何かを隠している雰囲気だった。
隣のクリスを見てみると、どうやらクリスも同じことを思ったらしく、疑わしそうな目をしていた。
命の危険を冒してまで間に合わせないといけない理由としては、やはり弱い気がする。
もちろん俺はこの世界の踊り子という職業については詳しくもないし、もしかしたらステラが仕事に穴をあけるくらいなら死んだほうがマシというプロ意識と矜持の持ち主の可能性もあるのだけど。
そんなことを考えながら少し歩いていると、不意にクリスから声を掛けられる。
「それにしてもシン、おぬしは怖くないのかの?」
「怖いって……ああ、霧か」
「うむ。誰一人として越えたことがないというのじゃから、何かがあるのは確実じゃ。しかしそれが何であるのかは、おぬしも分からぬじゃろう?」
「それはまあ、俺はこの世界のことなんてまだほとんど知らないしな。といっても今回の件は、十中八九魔物の仕業だと思うが」
「ふむ? どうしてそう思うのじゃ?」
クリスが首をかしげる。ステラも口は挟まないが興味深そうにこちらに耳を傾けていた。
「俺はこの街道に発生する霧自体は普通の自然現象だと考えている。問題なのは、霧の発生原因の方だ」
「発生原因じゃと?」
「ああ。細かい説明は省くけど、霧というのは湿度の高い空気が急激に冷やされると発生する」
空気は温度が高いほど多くの水蒸気を含むことが出来る。
逆に、多くの水蒸気を含んだ空気が冷やされると、やがて水蒸気を含むことが出来なくなって水蒸気が溢れだしてしまう。
そうして空気中から溢れだした水蒸気が「霧」だ。
厳密には気圧とかも関わってくるが、原理自体は元の世界では中学校の理科で習うレベルだ、
「温度が下がるというのは色々原因が考えられるけど、この街道の霧に関しては、周囲のエネルギーなどを吸収する魔物が発生していると考えれば、大体の説明がつく」
この霧を無事に越えたものはいないと、ギルドでクリスは言った。それは誰一人として帰ってこなかったという意味であり、つまりは「死体さえも」戻ってこなかったのだという。
言うまでもなく、人間はエネルギーの塊だ。だとするなら――。
「――死体さえ見つからないというのは、言ってしまえば喰われたってことだろうな」




