異常現象
「ちょっと! 護衛が出せないってどういうことよ!」
「ですから現在、北の街道は通行止めになっておりまして――」
声のした方を見ると、灰色のローブを着た女の子と受付の中年男性が何やら揉めている。
女の子の方は16~7歳くらいに見えた。たぶん俺と同世代だ。
「なあクリス、あの子は何を揉めているんだ?」
「さあ、さすがに詳しく話を聞いてみないと分からんのう……聞いてみるか」
そういうとクリスは女の子のいる受付に向かっていく。
クリスが物怖じしないのは何となく分かっていたけど、決断と行動も早かった。
「どうかしたのか?」
「……あなたは?」
女の子は不審そうな目でクリスを見ている。当たり前だ。
「儂はクリス、そっちにおるのがシン。二人組の冒険者じゃ。……それで、何か揉めておったようじゃが?」
「そうなの! 私、どうしても明日までに北のラドーム村に行かなきゃいけないのに、このおじさんが護衛任務は受けられないって言うのよ!」
「ラドーム? 歩いてもたかが知れとる距離じゃろうに、何故じゃ?」
クリスは受付の中年男性に尋ねた。
男性はあくまでも冷静に答える
「それが、現在北の街道に霧が出ておりまして、霧が晴れるまでは通行止めになっているのです」
「む、霧か……」
そう聞いた途端、クリスの表情が曇る。
霧の、一体何がそんなに問題だというのだろうか?
と思っていたら俺の疑問をそのまま女の子が口に出してくれた。
「霧が何だって言うのよ、そんなのどこにだって出るじゃない」
「うむ。しかしイニスカルラの北、ルイーナ街道に出る霧は特別なんじゃ。何せ、今まで一人としてあの霧を無事に抜けた者はいないのじゃからな」
「何だよそれ……明らかに異常じゃないか」
俺は思わず口を挟む。
誰一人として抜けられない霧。一体その霧の中では何が起こると言うのか。
もちろんその答えは誰にも分からない。答えられる者は誰も帰ってこないのだから。
「そうです。ただ異常な現象ではありますが、頻度としては五年に一度あるかないかで、期間としてもせいぜい数週間。数週間だけ我慢すれば済む問題に対して、解決するリスクがあまりにも高すぎると当ギルドは判断し、霧に関係する依頼は一切引き受けない決まりになっているのです」
受付の男性は事情をそう説明した。
彼の言うことはもっともだと思う。確かに、何一つとして情報のない異常現象を解決するというのは多大な危険を伴う。その割に得られるものがなさすぎる。霧が再発しなくなるという保証さえないのだから。
冒険者ギルドもあくまでビジネスとして運営しているから、そうした割にあわないことはしない。当然の話だ。
「そう……それなら、仕方ないわね……」
もう少し食い下がるのかと思ったが、女の子は意外なほどにあっさりと引き下がった。
交渉の余地がなくて無駄だと判断したなら、相当賢い人間なのかも知れない。
受付の男性に綺麗な一礼をすると、彼女はギルドの出口に向かっていった。
「……気になるのか?」
「え?」
俺はクリスにそう言われて、ようやく自分が彼女のことを目で追っていたことに気付く。
彼女は何というか、全ての所作が流れるように美しくて、自然と目が奪われる人間だった。
ギルドに護衛を断られた彼女は、一体どうするのだろうか。
諦める? ……少なくともそんな雰囲気ではなかった。
「ああ、少し…………いや、かなり」
たぶん彼女は護衛なんて無くてもラドーム村とやらに向かうのだろう。
そしてそれは、仮に霧が出ていなくても危険な行動に違いない。
「なら、ギルドの初仕事はおあずけじゃな」
俺の返事を聞いたクリスは、俺の気持ちをくみ取るようにそんなことを言った。
それは少し迷っていた俺の背中をそっと押すような、優しい言葉だった。




