宿屋にて
「ここで良いじゃろう」
クリスが選んだ宿屋は周囲と比べて大きな建物だった。特別高級という感じはしないが、大きいだけあってか周りを見る限り、利用者は多いように思う。
何を基準に選んだのかは分からないが、何も知らない俺は文句のつけようもない。
それに、とりあえず雨風をしのげるなら、多くを望むつもりはなかった。
「この宿には、近年魔道具の普及によって増えてきた、ある設備があっての」
「ある設備?」
「うむ。きっとおぬしも驚くじゃろう」
もったいぶった感じでクリスは中に入っていったので、俺もそれに続いていく。
クリスが受付で料金を前払いすると、鍵を渡される。
そのまま先導するように歩くクリスについていって二階に上がり、少し歩くと部屋に辿りつく。
そうして部屋の中に入り、荷物を置いて一息つく。
ちなみに当然のように俺とクリスは相部屋だった。
これから一緒に旅をしていくなら野宿だってすることになるだろうし、そのたびにお互い気を遣っているようでは精神的に持たない。共に旅をする仲間なら、そのくらいの信頼関係は必要不可欠だ。
旅の仲間というのは、お互いに命を預け合う関係なのだから。
……もちろんこれはクリスの受け売りだ。
俺も理屈は理解している。ただ、感情がすぐについてくるかは別だ。
俺はふとクリスの方を見る。クリスも特に気にした様子はなく、ローブとブーツを脱いでくつろいでいた。
今の格好は白いブラウスのような服に、スミレ色をした短めのスカート。そこから健康的な足がすらっと伸びている。
クリスのローブの中身を見たのは、そう言えば初めてかもしれない。
普通の女の子らしい格好をしているんだな。
そんなことを思っていると、クリスは寝台に横になってスカート姿のまま足をぱたぱたと動かし出した。何というか、無防備な姿だ。
「ん、どうかしたのか?」
俺がずっと見ていたせいか、クリスは首をかしげながら尋ねてくる。そんなクリスは、正直言ってかわいい。
青みのかかった銀髪も、大きな赤い瞳も、すっと通った鼻筋も、形のよい唇も。それこそ作られた人形のように、計算されたかのような美しさがある。
そんな美少女と同じ部屋に二人きりで、少しだけドキドキとしてしまうのは、仕方のないことだと思う。
とりあえず、慣れるまでの辛抱だ。
「んー、いや、もう少しでパンツが見えそうだな、と」
「む? おお、確かに少しくつろぎ過ぎたようじゃ。一人が長くなると、どうにも雑になってダメじゃな」
俺が冗談っぽく言うと、クリスは特に慌てる様子もなく姿勢を正す。
変に照れたりされるよりは、この方が俺にとっては楽だ。
「そういえば、どうじゃ、この世界は?」
「さすがにまだ何とも言えないな。ただ、そこまで元の世界と違いはないように感じたな」
「そうか……好きになれそうかの?」
どこか心配そうな声色でクリスが言った。
好きになれそうか。それはもちろんこの世界のことを、だ。
多分、好きになれると思う。
まだ三日目で何も知らないようなものだけど。
それでもこの胸の高鳴りは、きっと嘘じゃない。
「そう心配しなくても大丈夫だって。俺はこの世界でも上手くやっていけるさ」
「とはいえ、おぬしはすでに一度死にかけておる……ドラゴンも含めれば二度かの。この世界に理不尽さを感じてもおかしくはなかろう?」
「理不尽、か」
まあ、クリスの言いたいことも分かる。
当然だけど俺は元の世界で、日常的に命の危険があるような生活はしていなかった。
しかしいきなり死と隣り合わせの世界で生活が始まってしまった。
「確かにこの世界には理不尽なこともあるかも知れない。でもそんなの、どこの世界だって同じだろ? それに俺が死にかけたことが不幸なら、クリスが助けてくれたことは幸運に違いないわけだし」
「ふむ。おぬし自身がそう言うなら大丈夫そうじゃな」
クリスはそう言ってにこやかに笑う。
こんな話をするくらいだから、クリスもこの世界について思うところがあるのかもしれない。
それでも自分が生まれ育った世界だから、どうせなら好きになってもらいたい。
今の話はきっとそういうことなんだと思う。たぶん。
「そうじゃ、そろそろとっておきのあれを利用しにいくかの!」
「あれ? ……ああ、さっき言ってたある設備とかいう」
クリスはそれが何なのかはもったいぶって教えてくれない。
まあ行けば分かることか。
準備として商店街で買った着替えやタオルを持っていく。
あれ、これってもしかして……。




