誓い
食事中の話題として、俺は過去にもいたという渡り人について訊いてみることにする。
「過去の渡り人たちはどうしてたんだ? 元の世界に帰った人とかもいるのか?」
「とりあえず言えるのは、元の世界に帰った者は一人もおらんということじゃな」
クリスはそう言った。
俺はやっぱりか、と静かに思った。
「それは帰る方法がそもそも存在しないからか?」
「そのとおりじゃ……やはりおぬしは、帰りたいのか?」
「いや、別にそういうわけじゃないけど」
これは特に強がりというわけではない。元々それは想像していたというか、何となくこの世界に来た段階で感じていたことだった。
その時のことはよく覚えてはいないけど、俺は元の世界で死んだのだと思う。
――何事もなさず、何者にもならずに。
そんな俺がこの世界にやってきたというのは、言い換えればもう一度やり直すチャンスだということだ。
とりあえずは、そんなチャンスを貰えただけラッキーだと思うことにする。
「……渡り人の中には歴史に名を残しておる者も少なくない。戦争の英雄、王となった者、発明家、他にも様々じゃな。もちろん平穏な暮らしを手に入れた者もおるし……悪い意味で名を残した者もおるのじゃが」
悪い意味というのはおそらく大量殺人者のようなものだ。強大な力は必ずしも人にとって良い意味で働くとは限らない。
――そのまま少し考えてみる。
英雄、王、発明家……どれも俺には合わないな。かといって平穏な暮らし、というのも何というか夢がない。
まあ急いで決める必要もないか。とりあえずはこの世界のことを知ろう。
子供の頃に誰もが一度は憧れただろう、ジュヴナイル小説のような剣と魔法の冒険の世界。
せっかくの異世界なのだから、どうせなら楽しんでいきたいところだった。
「――そういえば、この世界って名前とかないのか?」
「世界自体には名前はないのう。大陸の名前ならマルカリア大陸と言うが」
世界に名前はないのか。言われてみれば俺の元いた世界も名前があったわけじゃないか。
地球というのは星の名前だし、そもそも常識的には世界なんて一つしかないのだから区別するための名前が必要ないのだろう。
「とりあえず、明日にでも大きな街を目指そうと思うんだけど」
「ふむ、それなら東を目指すべきじゃな。数時間も行けば、この大陸最大の宗教であるユーニス教の聖地『聖都イニスカルラ』がある」
「……ちなみに他の方角は?」
「西はずっと森が広がっておって、それを抜けると魔族や亜人種が多く住む地域になる。南西の半島は広大な砂漠が広がっておるので準備なしで越えるは無理じゃ。北の山岳越えも同様じゃな」
魔族や亜人種というのも興味はあるけど、最初の交流相手に選ぶのは少し勇気がいる。気持ち的にはもう少しこの世界に慣れてからにしたい。
となると、確かにクリスの言うとおり東を目指すのが得策のようだ。
「大陸の中心に位置するイニスカルラは、文字通り世界の中心とも言える場所じゃ。様々な国や地域から人間や魔族、亜人種もやってくるので、この世界のことを知るには最適な街じゃろうな」
「ん、ユーニス教っていうのは、人間以外も信仰しているのか?」
「うむ。ユーニスは創世を司った女神の名での。全ての生命の根源とも言えるので、人間だけの神というわけではないのじゃ」
「なるほど」
「……とはいえ教団の指導者である『聖母』は歴史上、人間からしか選ばれておらんのも事実じゃがな」
「……? どういう意味だ?」
「さあのう。そこに何か意味があるのか、はたまた単なる偶然なのか。それこそ、神のみぞ知る、という奴じゃろうな」
そんな風に冗談めかしてクリスは笑う。
しかし何というか、胡散臭いとまではいかないにしろ、何か秘密がありそうな宗教ではあるということだ。
その辺りも含めて、まずは自分の目でこの世界を見て知っていく必要がある。
そうしてこそ、俺はもう一度やり直すことに、意味を持たせられるようになるはずだ。
俺はこの世界で何をするのか。何をしたいのか。何をするべきなのか。
今はまだ何一つとして確かなものはないけれど。
だからこそ俺は、自分の心の中で静かに宣言した。
――ここで何をするかは、自分で決める。
それは何事もなさず、何者にもならずに死んだ、過去の自分に対する誓いだ。




