ピラー
クリスに変だと言われて思ったけど、そもそも俺、というか渡り人はこの世界でどういった存在なのだろう?
俺は思い切って尋ねてみることにした。
「渡り人ってのは、この世界だとどういう存在なんだ?」
「どういう存在……うーむ、難しいことを訊くのう。……世界を渡る際に、様々な知識と技能を得るという話はしたじゃろう?」
「ああ」
「まあその延長とも言えるのじゃが……渡り人はこの世界の常識に縛られない、と言われておる」
「常識に縛られない?」
それだけでは何だろう、単に常識知らずのアウトロー的な意味とも取れる。
ちなみに元の世界での俺は品行方正な真面目人間だったと思う。よく覚えていないのだけど、たぶん。
「うむ。儂も詳しくはないのじゃが、この世界の人間では不可能なことを可能にする力がある、らしいのじゃ」
「……抽象的で良く分からないな」
「まあ、深く考えなくとも、おぬしはすでに常識外れの強さを身につけておる……戦闘に関しては、この世界でもすでに引く手あまたじゃろう」
「……ん? 俺ってそんなに強いのか?」
「ふむ。まず、一般人であれば最初に襲いかかってきた大ネズミ一体に殺される。十体を越える群れとなれば、どこぞの軍の小隊長クラスでなければ一人で倒すのは難しいじゃろう。キラーグリズリーを一人で狩れるとなれば、国に二十人くらいじゃが……一撃でとなれば、もはや片手で足りるくらいじゃろう」
そこまで来ると、むしろこの世界における魔物の強さに驚いてしまう。
逆に言い換えれば、パーティーを組んで組織化した戦闘を行うのがこの世界の常識ということだ。
それなら、一人でダンジョン攻略をしようとしていたクリスもまた、常識外れの存在なのだろう。
――魔族と人間の混血。
強いから一人なのか、一人だから強くある必要があったのか。
そこまでは今の俺には分からない話だけど。
「けど、クリスだってキラーグリズリーくらいなら一撃で倒せるだろ?」
「充分に距離があって、あらかじめ術式の準備をしてよいのであれば、な。……さっきのおぬしのように遭遇していきなり接近戦になった場合は、小技で牽制しながら戦うから、一撃というわけにはいかんじゃろうな」
その辺りは戦闘スタイルの違いだろうし、不利な状況であっても勝てるというなら充分なように思う。
俺だって遠距離だったら付け焼刃の魔法を撃つ程度しか出来ない訳で、何とかして近づかなければ現状話にならないのだから。
そんな風に話をしながらダンジョンの奥へと進んでいくうちに、ふと俺は違和感を覚えた。
「……なあクリス」
「ふむ、おぬしも気付いたか。さすがじゃのう」
「いや、褒めてくれるのは嬉しいけど……これ、大丈夫なのか?」
俺たちは一旦足を止めて、進行方向を見やりながら言葉を交わす。
この奥からは、これまでのダンジョンに満ちていたものとは質も量も明らかに異なるマナが溢れてきていた。
空間ごと歪んでいるような感覚で、この先の森の風景は確かに見えているはずなのに、どうしてか上手く認識出来ない。そんな何とも言えない違和感があった。
例えるなら、この世とあの世の境界線に立っているかのような感覚。
それは越えてはいけない一線だと、生物としての本能が告げている。
「……間違いなく、ピラーが発生しておる」
「ピラー?」
「柱、という意味じゃ。ダンジョンについては、少しだけ説明したじゃろう?」
「ああ。確かマナが溜まって、そのマナの影響で変質した場所のことだよな? そしてダンジョンは放っておくとマナがどんどん溜まって成長していく、と。つまり小さなほら穴でも、マナが溜まると地下大迷宮になる、って感じだと思ってるけど」
「うむ、そのとおりじゃ。ただダンジョンの周囲に存在するマナの量には限りがあるので、マナが溜まるといっても大抵はどこかで成長は頭打ちするのじゃ。けれど時折、ダンジョンの中にそれ自体がマナを生みだす存在が発生する」
「それがピラーって訳か」
「そうじゃ。どういう理屈かは分からんが、ピラーはマナを生みだし続け、その影響によってダンジョンはさらに成長していく」
そうして成長を続けたダンジョンは、さらに強力な魔物を生みだすようになる、という話だ。
「おそらく、このダンジョンのボスがピラー化しておるのじゃろう。ここまでダンジョンが成長しておるとは想定外じゃが、何、そう珍しいことでもない」
「……何にせよ、この先のボスを倒すということに変わりはないんだよな」
元々、ボスを倒せばダンジョンに溜まっているマナは発散してダンジョン自体が消滅するという話だった。
状況が多少変わっても、だから目的とその手段に変更はない。




