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化猫と御嬢

竹取物語では月の使者が登場する。

翁には悪魔に見えただろう。

「お嬢ちゃんは俺が怖くないのか。」


2mくらいの背丈のある猫が此方を見下ろす。

口は大きいが、鼻は意外と小さくて可愛い。


「静かに、あなたの声は大き過ぎます。」


布団をローブのように被った猫を注意する。


私はベッドから降りて紅茶をカップに注ぐ。

猫が紅茶を飲めるのか分からない。

しかし、まずは落ち着いてもらうとしよう。


焦りはマイナスの作用が強い。


「どうぞ、美味しいですよ。」


チッと猫が舌打ちをするのが聞こえた。

照れ隠しみたいなものだろうと勝手に判断した。


「猫にティータイムがあるって聞いたことあるか。」


「あら、猫さんがお茶を飲まないとも聞いたことはないわね。」


数秒躊躇ってはいたが、彼は茶色い液体に舌を垂らした。

ぴちゃぴちゃと水を弾く様な音が響く。


文句を言わないところを見ると、意外と気に入ったのかもしれない。

紅茶の温度は低くない。


「ふふ、猫舌という言葉は案外ただの迷信なのかもね。」


猫はこちらをちらっと睨んだ。

猫扱いするなといいたいのだろう。

私は特に何も言わなかった。


あっという間にコップの中身は空っぽになった。


「お嬢ちゃんは俺が怖くないのかい。」


私は猫の方をじっと見つめる。


純白であるはずのシーツは真っ赤に染まっている。

その染みは少しずつ広がっている。

猫は負傷していた。

銃で撃たれたように穴が何箇所か空いていた。


これで普通に会話しているのだから、見事なものだ。


5階に位置するこの部屋から、私はいつも外を眺めていた。

すると今日は、屋根を駆け抜ける影が視界に入った。

初めての経験ではあったが、泥棒かなと気楽に思っていた。


他人事のままでは終わらなかった。

彼が私の元に飛び込んできた時、既に傷だらけだった。


「人間にとって化け猫は恐怖の対象にしかなり得ない。」


不信感がかなり強い。


この怪我も人間に依るものだろう。

自分以外を理解せず、それを排除する思考は人間の性だ。

私が一人でいるのもきっとそう。


「私にとってはそうではない。ただそれだけの事。」


猫の気持ちは察するが、私は私の気持ちを素直に話した。


猫はそれから暫くの間、静かになった。

布団に包まって丸まっている。

やはり怪我が体に響いている。

寝て休んでいるようだ。


私は静かに行動を開始する。

白い靴下を履いて、ベッドの下に隠しておいた革靴を取り出した。

そうして、クローゼットからお気に入りのリボンを取って、頭の上に飾り付ける。


機嫌が良くなってきた彼女は鼻歌交じりにくるくる回った。

綺麗な洋服を纏う彼女は天使のようだった。


「準備完了ね。」


思わず言葉を漏らしてしまっていた。


「なにがだ。」


私の呟きは彼を起こしてしまったようだ。

もう少し寝かせてあげておきたかった。


私には突拍子もないけど、一つの考えが浮かんでいた。


「あなたは私の命を終わらせる為にいらしたのでしょう。」


私はじっと彼の瞳を覗き込む。

綺麗な緑色をしていた。


猫は濁音混じりの呻き声をあげて、こちらを睨み付けた。

彼女は出来るだけ動じずにスカートを摘み上品に一礼する。


その態度に猫は観念したようにみえた。


「そもそもお嬢さんはとっくに終わっていないといけない存在だ。」


「私もそう思うわ。」


「あんたの元には死がなぜか届かない。何かしらの事象に阻害させている。」


数年前、私は不治の病に侵された。

それは体を蝕み、生命の限界はとうに超えている。


私自身も現状を不思議に思っていた。

ほとんど死んでいるのに、生きている。


「きっとパパが必死になって死を追い払っているの。死が近付かないように。」


父は私の死を拒み続けている。

必死に私の終わりを阻害していた。


「けれどね、覚悟はもう出来ているわ。殺されるなら、あなたみたいな可愛い猫さんがいいわ。」


だから連れて行って。

お願い。


猫はすくっと立ち上がって、クククと笑った。


「面白い、面白い。」


瞬間、猫はこちらに向かって走り始めた。

鋭い爪は彼女の華奢な体を簡単に引き裂くだろう。


「これで楽になれるのね。」


掲げられた腕は振り下ろされた。


・・・。


確かに爪は私に当たったはずだった。

しかし、彼女には傷一つない。


「どういうことかしら。」


彼女は不思議そうには自身の体を見つめる。

猫の笑い声が聞こえた。


「お嬢さん、これを見てみろ。」


彼女は猫の指示に従って目を向ける。

猫の手には紫の歪んだ果実が握られていた。


「それは何?」


この世の物とは思えない禍々しさを感じた。

表現できる色がない。


「これはあんたを蝕む毒だ。事象そのものだ。」


そういって、果実を高く上空に投げると、齧り付いて飲み込んでしまった。


暫く咀嚼して、なかなかに美味い、と猫が呟いた。


「猫ちゃんは何でも殺せるんだ。それが病気でもな。」


これは一体どういう状況だ。

私は助かったのだろうか。


「あら残念だわ。折角、最後の準備していたのに。」


彼女はそう言って微笑んだ。

本当に嬉しそうな表情だった。


「可愛くないお嬢さんだ。」


猫は部屋をぐるぐると高速で回り始めた。

部屋中に強い風が巻き起こり、本や衣服が巻き込まれる。

小さな竜巻のようだった。


「じゃあな。」


そのままの勢いで風に乗って猫は窓から飛び出した。

台風が通り過ぎたようだった。


窓から外を眺めてみたが、猫の姿はない。

辺りは一瞬で何事もなかったかのようにいつもの静寂を取り戻していた。


私は立ち竦んだまま動けなかった。


体が自分のものとは思えないくらいに軽く感じた。

これが夢でなければ良いのだけれど。


「私は生き返ったのか、死んだのか。」


私は再びベットに潜った。

血の汚れも綺麗さっぱり消えていた。

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