58、ニール・オブライエン(4)
突き出した〈腕〉に、ずぶり、と肉へと忍び込む感触が広がった。フーラァタの左肩に僕の〈腕〉が突き刺さっている。傷口から滴った血液が飛び、頬を濡らした。
フーラァタは驚愕と困惑の狭間のような表情をして、突然に開いた傷口を見つめている。
隙だらけだった。身体を押してみる。大して力を込めたつもりはなかったけれど、今までの比ではない速度でフーラァタは吹き飛んでいった。宙で体勢を整えたフーラァタは十メートルほど後方で着地する。だが、まだ、何が起こっているか把握していないようだ。
なんて、簡単なんだ。
僕は新しい〈腕〉をじっと見る。頭の中で考えただけで、〈腕〉は針状に変化し、刀のように鋭利になった。これまでの努力が何だったのか、笑い飛ばしたくなるほどだった。
立ち上がり、息を吐く。
失った血液と全身に広がる痛覚のせいでふらつくが、問題はなさそうだ。そういえば、フーラァタは逃げる奴を追いかけるのが好きだと言っていた。どうりで足をあまり攻撃しないわけだ。
「なんだ、てめエ……誰だ?」
「誰って、見れば分かるだろ」
フーラァタが地面を蹴る。紛れもなく、これまででもっとも速い。
だが、今度は見失わなかった。これまでフーラァタは僕に屈辱を味わわせるために、徐々に速度をはやめていた。そのせいで、僕の脳はスピードに慣れてしまっている。身体は追いつかないが、〈腕〉さえ追いつけばどうでもいい。
攻撃を警戒しているのか、フーラァタの移動の軌跡は左右にぶれ、ときに高く跳ねた。狙いを絞らせないよう、縦横無尽に動いている。
それを狙う気など初めからなかった。
これまで離れた距離にいる敵を狙っていたのは至近距離での操作に自信がなかったからだ。近づけば近づくほど、〈腕〉は暴れて攻撃するどころではなかった。
今ならその理由が分かる。
障害物があったからだ。もっとも身近で、もっとも信頼の置ける腕という器官が邪魔だったのだ。
それがなくなった以上、話は早い。フーラァタはナイフで攻撃して、突き刺した刃越しに電撃を放つ。つまり、僕に近づかなければ意味はない。どれだけ攪乱してきても、その終着地点は僕だ。
ジグザグに移動していたフーラァタの動きが直進へと変わる。そこに剣と化した〈腕〉を置くだけだ。もし、直前で方向を変えたならばその方向に薙げばいい。
予想どおり、フーラァタは手前二メートルほどで左へと飛んだ。勢いそのまま、ナイフを僕の方へ伸ばそうとしている。
さっと、机の上に散らばったパン屑を払うように、〈腕〉を動かす。斬撃となった僕の攻撃は呆気なく、ナイフを持ったフーラァタの右手首を切り飛ばした。
「俺の……」
拳は腕全体の筋肉の舵と言ってもいい。強く握ることで下腕が固まり、一本の棒となる。その舵を失った攻撃の残滓は力なく、僕の胸を叩いた。勢いで身体がよろけたがその程度だ。骨や血管を露わにしたフーラァタの腕では、僕を、あの惨めな気分にさせることはできなかった。
手の甲まで伸びていた魔法陣は途切れてしまい、右手では雷撃を放てない。生命線を一つ失ったフーラァタは傷ついた左腕を無理に動かし、腰から予備のナイフを抜き取った。
その腕も、今度は肘から先を切り落とす。〈腕〉は硬化した皮膚を割り、筋肉を切断し、骨を通過する、それらの感触が今までとは比べものにならないほどの精密さで伝わった。まるで自分が武器と化したかのようで、心がざわついた。
「てめエ……てめエェエエ!」
雄叫びを上げて、フーラァタが蹴りを放ってくる。僕は〈拳〉を握り、腹を思い切り殴った。反吐と血液を溢しながらフーラァタの身体が浮き上がった。
立ち並ぶ木々の先ほどまで飛んだ彼は、一瞬失神していたのか、体勢を整えることなく、地面へと落下し、ぐしゃりと肉を潰した。その衝撃で目を覚ましたフーラァタは起き上がろうとするが、長さの違う腕は扱いが難しいのだろう、あまりに緩慢な動作で、軽く押すだけで崩れた。
次はどうしてやろう。
足を切り飛ばせば歩くこともできなくなる。治癒魔法がどれほどのものかまだ詳しくは分からないが、失った器官を再生させるほどではないはずだ。
まずは動けなくして――
そこまで考えて愕然とした。
――まずは?
突如として降って湧いた力に酔っていたことに気がつく。頬の筋肉に充満していた陶酔感が冷たいものに変わった。
まず、動けなくして、僕はその先、どうするつもりなんだ?
立ち上がったフーラァタが僕へとにじり寄ってくる。
どうして、まだ、向かってくるんだ。
得体の知れない恐怖に、思わず〈腕〉を突き出した。剣となった〈腕〉は造作もなく太腿に突き刺さった。肉を破る柔らかい感触と、骨を分断する硬い感触。
魔法だとか、超能力だとかそんなものは関係がない。人間を物理的に支えているものは骨であり筋肉だ。それが破壊されれば人間は立つことさえままならない。どれだけ強靱な意志を持っていようとも。
フーラァタはこれまでの動きが嘘だったかのように、崩れ落ちた。
鼓動が強くなっている。耳元で脈動する音がうるさい。
地面に尻を着いたフーラァタが何か喚いている。もがいている。まだ、僕に向かってくるつもりなのだろうか。
何が奴を突き動かしているのだ? 立ち尽くしたまま、僕はフーラァタを見下ろす。
「殺す、殺してやる」と聞こえた。「お前も、ギルデンスも全員だ! お前の仲間全員、俺の邪魔する奴は全員、殺してやる」
脳裏で熱が燃えた。記憶が現実に覆い被さる。
僕の頭に浮かんだのは、あの日のこと、バンザッタの燃え上がった客邸での出来事だった。
夕闇の中、ギルデンスが立っている。「殺せ」と命令している。
美しいレリーフで飾られた短剣を握った僕の下にいるのはオルウェダだ。あいつは口汚く僕たちを罵り、フーラァタと同様に「殺してやる」と言っていた。
あの日、僕はギルデンスの言う「儀式」から逃げた。
周囲を見回す。僕の周りには仲間はいない。あの日、僕を救ってくれたアシュタヤは、いない。あるのは魔法陣が刻まれた僕の〈腕〉という剣、それだけ。
儀式が僕へと追いついたのだ。
〇
遠くで響いた金属音が鼓膜を揺らし、我に返った。
目の前で座り込んでいるフーラァタは依然として小さな声で「殺してやる」と呟いている。切り落とした腕の断面からは未だ血液が流れ出ていた。そのせいか、フーラァタの顔も青白くなっているように思えた。
僕はどうするべきなのだ?
頭が混乱する。この場を離れるのはどうだ?
刑罰装置は僕の認識によって作動する。離れれば、何事もなく終わるのではないか? それに、これは正当防衛だった。やらなければやられていたんだ。
そう言い聞かせるが、確信はなかった。
考えるごとに、不安が押し寄せてくる。
正当防衛の範疇だったのか? 腕を切り飛ばす必要はなかったかもしれない。もし過剰防衛であると深層心理が認識していたら、この場を離れた瞬間に装置が作動する可能性があった。
そもそも、ここを離れたらフーラァタの仲間がやって来るかもしれない。命さえあれば、こいつはまた、僕たちを狙うだろう。腕がなくとも、足がなくとも、この世界では戦う術があり、そして、恨みを抱いた人間ほど恐ろしいものはない。
じゃあ、ここで見張っているのはどうだ?
助けが来たならば、すぐさま排除すればいい。前よりもずっと〈腕〉の加減ができる今なら死なない程度に打ちのめすことも可能のはずだ。
けれど、フーラァタ自身はどうする? 放っておけば失血死するのは間違いがない。そうなったらやはり、刑罰装置が作動するだろう。
治療の二文字が脳裏を過ぎる。
僕が、この男を? 馬鹿げている。どうして僕がこいつの怪我を治さなくてはならないのだ。こいつはセイクを痛めつけ、僕を殺そうとした。こいつのせいで多くの人間が苦しんで死んだ。そんな男をどうして僕が。
まずもって、治療する方法など――ああ、可能性はあった。僕の脳にある記憶ストレージには治癒魔法陣が画像として保存されてある。今なら〈腕〉に魔法陣を刻み込むことができるだろう。〈腕〉を使ったならば抵抗もされないはずだ。
でも……でも、僕はこいつを助けたあと、どうすればいい?
仲間が到着するのを待って、「お願い、殺して」とでも言うのか? 僕には殺せないから頼むよ、と。
刑罰装置の基準は秘匿とされている。殺人の依頼がそれに触れるかなど、僕には分からないが可能性は十分にあった。それに、そのときの光景を想像すると、とても惨めな気持ちになった。頭を下げ、殺してくれ、と頼む自分の姿はこの世でもっとも醜いものに思える。
あの日、燃えさかる炎の中でアシュタヤは気丈な笑顔を繕い、僕の代役を果たした。望まぬ殺生だったに違いない。
きっと、僕を見つけるのはアシュタヤだ。彼女の力なら人捜しも容易い。つまり、僕は彼女の前で「人を殺してくれ」と頼むことになる。彼女は優しいから、事情を察して一緒になって頼んでくれるだろう。
そのとき、僕の心の形はどれほどおぞましく歪むのだろうか。
その形をアシュタヤに見られたくはなかった。
くだらないプライド、なのだろうか。すべて、捨て去るべき取るに足らないプライドなのかもしれない。好きな女の子の前で格好つけたいだけの、安い、矜恃……なのか?
でも、それを失ったとき、僕が積み上げてきたものが崩れ去る気がしてならなかった。役目を果たした人間とそうでない人間の違いは大きい。たかが自尊心を失った程度で、僕は彼女の前で心からの笑みを二度と浮かべられなくなるだろう。
それに、今後も同様の状況が起こりえる。乱戦の最中、敵を死に至らしめて、僕が機能を失ったらどうする? そのとき、危険な目に遭うのはアシュタヤかもしれない。
ああ、力に酔っている内に殺してしまえていたら良かった。無駄に思い悩むこともなかったのに。
ぶつぶつともはや音の連なりでしかない声を発しているフーラァタの横にギルデンスの幻影が立っている。彼の口が小さく動いた。「殺せ」と。
殺すしかない、と僕も言っている。
初めて自分の手だけで強敵を打ち倒した喜びなどなかった。
ジオールの影が浮かび上がる。彼は「これ以上ここにいると、絶対に不幸になる」と言った。今がそのときだ。僕が「今」を失う。これ以上の不幸はない。
けれど――。
僕は〈腕〉を掲げ、尖らせる。すべてを貫く槍と変える。
やはり、僕の旅はここで終わりだった。後はみんなが僕の思いを運んでくれるはずだ。
「僕」は、この世界で生まれた。あの日、この世界に降り立った日に、僕は生まれた。そういえばあのときも深い森のそばだった。
木々の傍らで生まれ、木々に囲まれて死ぬ。
道中で聞いた話だが、あの森は霊界と現世を繋ぐ場所として奉られているらしい。天と地面を結ぶように立つ木々は、この地に降り立つ魂を迎える、あるいは、天に昇る魂を見送るものとして相応しいのかもしれない。
僕はぎゅっと、強く唇を噛みしめる。神聖視こそされていないが、ここも木で埋め尽くされている。
迷いはあったが、覚悟もまた、あった。
ゆっくりと、息を吐き、目を瞑る。
――さよなら。
僕とこの世界を断つ槍を、フーラァタの心臓めがけて突き出す。
ざくり、と肉を貫く感触が伝わった。
〇
予期していた終わりはいつまで経ってもやってこなかった。
「……あれ」
僕はそっと左手を握り、開く。肉体的な感触があり、僕の脳が死の間際に垣間見ている幻とは到底思えなかった。軽く足踏みをすると地面の確かさが伝わった。
まさか、と思い、〈腕〉でフーラァタを小突いてみるが、動く気配はない。脈を確認してみたが、鼓動はなかった。それは見ただけでも分かる。先ほどまで胸から活発に噴き出していた血液はだらだらと重力に従って滴るだけになっていたからだ。
なんだよ……ただの取り越し苦労だったのかよ。
再び色彩が着いた勝利の喜びと安堵に笑みと溜息が漏れた。途端に身体のあちこちから軋むような痛みが伝わってくる。もう一度現実か確かめるために、僕は〈腕〉で木を掴み、揺らした。〈腕〉が動くのに合わせてクスノキも揺れる。葉が拍手をするかのようにさざめき、独特の芳香が辺りに漂った。
僕は勝った。一人で敵を打ち倒したのだ!
その実感が胸の内で暴れる。拳を握り、笑みを作る。すると頬の傷が突っ張り、痛みが走った。だが、命は失っていない。〈腕〉に治癒魔法陣を刻み込んで、発動するか試してみよう。きっとうまくいく。
ヤクバたちが怪我をしていたら治してやるのもいいだろう。彼らは驚くに違いない。
フーラァタの死体を背にし、僕は歩く。無我夢中で走ってきたため、どちらへ向かえばいいのか正確な方向が分からなかったが、じっとしていることはできそうになかった。
勝ったんだ。僕は戦えた。
そして、もう恐れることはない。僕は剣にもなれる。これからもっとみんなの役に立てるんだ。
ジオール、何が不幸だ。これほど幸せなことはない。僕は自分の居場所をもっと強固にすることができる。アシュタヤにも上辺ではない、僕の言葉で励ますことができるんだ。僕は彼女と同じ場所に立てたのだから!
アシュタヤと、同じ……。
――頭の中で、恐ろしく冷えた声が、問いかけてくる。
「どうして、殺すことができたんだ? 刑罰装置があるというのに」
そんなの決まっている。基準を満たさなかったんだ。僕の深層心理はこれは罪ではない、と判断したんだ。
声は、でも、と言う。死なない程度の暴力でも装置が作動する実例があるだろう? 刑罰装置には完全な機能停止だけではなく、数十秒に限定された強制失神の機能もある。それすらなかったじゃないか。だからバルトたちにも抵抗しなかったんじゃないか? そんなに刑罰装置は、法というものは優しいものなのか?
じゃあ、きっと壊れてしまったんだ。これほど激しい戦いをしたのだから、壊れてもおかしくはない。
声は笑う。段々と輪郭が鮮明になっていく。
そこで、ようやく気がついた。
これは僕の声だ。僕が目を逸らし、耳を塞いでいる、僕自身の声。
戦いの中で刑罰装置が壊れるなんてあり得ない。刑罰装置は脳よりずっと頑丈にできている。もし、刑罰装置が外部からの衝撃で破損しているならば、とっくに脳の方に障害が出ているはずだ。
もし壊れているならば、要因はまったく別のもの。
僕の歩みはいつの間にか止まっていた。先ほどまで歓喜に跳ねていた鼓動の質がまったく別のものへと変わっている。背中から冷たい汗が噴き出した。
……そうだ。
僕の脳につけられているいくつかの装置はずっと前から破損していた。機能そのものは生きていても、その中に記録されていた情報には様々な不備が生まれていた。
ジオールの言葉が甦る。
「翻訳装置は壊れていないみたいだな。お前の方の通信機能とか色々破損してるから会うまでにこんなにかかってしまった」
色々、とはなんだ?
僕は頭を抱える。
落ち着け、冷静になれ。そう自分に言い聞かせ、僕の装置がいつ壊れたのか、その疑問が深い闇に繋がる階段だと知りながら降りていく。
記憶ストレージの破損に気付いたのはいつだ?
バンザッタを出てから僕はベルメイアに様々な物語を読み聞かせていた。そのほとんどが文字化けにより、読めなくなっていた。
ヤクバたちとデギ・グーを狩りに行った帰り、僕は脳内にある資料を紐解いて筏を作ろうとした。あれも図解だけを参考になんとか作ったものだ。説明している文は意味をなしていなかったはずだ。
ああ、そうじゃない。僕が気付いたのはもっと前だ。
僕が記憶ストレージの破損を知ったのはあの客邸から抜け出した後、病床で時間を持て余していたときだ。あのときは特に注意を払わなかった。別に気にすることでもない、と思っていたし、それどころではなかった。
この世界に来て、僕が脳内の本を開いたのはあのときが初めてだった。日々の暮らしに慣れるだけで精一杯で、一人で過ごすことなど一度もなかったからだ。そういった時間を得てもバンザッタの散策へと充てていた。
あのバンザッタでの一件でも、頭に食らった攻撃は大したものではなかった。ということはそもそもストレージの破損は物理的なものではないことだ。
なら、いつ、頭の中に埋め込まれている装置たちが壊れたのだ?
じわじわと黒い靄が僕の心を包んでいく。思い出したくもないというのに、声が響く。
ジオールは、僕の脳内にある様々な装置を旧式だと言った。
どうしてそのときに気がつかなかったのだろうか。
ジオールは脳につけられた様々な装置の異常に気がつき、一度、元の世界へと帰った。帰らざるを得ないほどの影響があったということだ。
――僕の装置にも同じことが起こっていたとしたら?
データの破損はあっても記憶ストレージは正常に作動していた。だが、外部との通信装置はどうだ? 僕はこの世界に投げ出された直後、通信を試みて、通じないことを確認している。世界を渡ったときの影響はきっと装置ごとに異なるのだろう。
ジオールにも、バルトにも刑罰装置はつけられていない。この世界にある刑罰装置は僕の頭の中にあるものだけだ。誰もその状態は知らない。
だが、もし――。
もし、この世界に来たときに、刑罰装置が壊れていたとしたら?
僕は前の世界でどんなに暴力を受けても報復はしなかった。しようとしても、能力拘束具のせいで抵抗は形にはならなかった。だから、バンザッタで起こったあの一連の事件、そこで〈腕〉を振るったとき、基準を満たさなかっただけだと考えていたのだ。
全身から力が抜ける。
そんなはずはない。そうだったなら、僕の今までの行動はどうなる。刑罰装置は正常に作動しているはずだ。そうに決まっている。こんな考えは間違っている。
違うんだ。
「違う、考えすぎだ、疲れてるんだ……そんなこと、あるはずがない」
もし、初めから刑罰装置が壊れていたとしたら――
――僕は、アシュタヤに望まぬ人殺しを押しつけたことになる。
それで彼女はどれだけ苦しんだ?
不定期にやって来る発作は彼女から笑顔を奪った。朝、僕に助けを求めてきた彼女はいつでも泣きそうになっていた。自分が犯した罪に囚われ、彼女にしか見えない血と炎に囲まれた幻影に苦しんでいた。
僕はこの二ヶ月半誰よりも彼女のそばにいた。そばにいようとした。だから、僕は誰よりも彼女の苦しみを知っている。
その苦痛が、もし、僕によってもたらされたものだとしたら――。
この世でもっとも深い絶望は道を真っ直ぐ歩けなくなることだ。それが他人の手によってねじ曲げられたものならば、さらに絶望は深い。
僕が彼女の道をねじ曲げてしまったのか?




