30、太陽落下速度〈護衛団5〉
狩ったデギ・グーを渡すと寒村の村長は嗄れた声で何度も礼を述べた。
農作物の貯蔵庫を襲われほとほと手を焼いていたらしく、感謝の意を示す村長の動きはちょっとした振り子運動とかしていた。
しかしながら、僕たちは二つの荷車の上に載せられた十五匹のデギ・グーと四匹の山犬について改めて作戦を練らなければならない。念のため、荷車を二、三日貸してもらえないか、と訊ねたが、感触はあまり芳しくなかった。荷車は何台かあるが、そのどれもが老朽化しており、収穫期が終わったとは言え、倉庫にしまうわけでもないそうだ。また、それを引くための馬もまともに揃っていないという。人が乗るための馬と荷物を牽くための馬は種類が異なる。
老いた村長は「どうしてもとおっしゃるなら仕方ありません」とは了承してくれたが、どうにも気は進まず、僕は辞去し、村の広場で待っている三人の元へと戻った。
三人はベルメイアと同じか、それよりも小さい子どもたちと戯れていた。ヤクバは肩車をして、セイクは子どもと一緒に走り回り、レクシナは魔法を使って文字通り手玉に取っている。子どもたちはみないちようにみすぼらしい恰好をしていたが、寒風の中はしゃぎ回っていて、その快活さに舌を巻くほどだった。
「楽しそうだね」
いちばんその姿が似合わないセイクに声をかける。彼は「全然楽しくねえよ」と形だけの反論して笑顔を子どもたちに向けていた。やはり、似合わない。
「おう、どうだった?」
ヤクバの肩に乗った男の子がその言葉を真似る。「どうだったー?」彼は言いながらヤクバのスキンヘッドをぺちぺちと叩いた。
「やっぱり、だめだってさ。物々交換ならできるらしいけど、どっちにしたって運搬方法が必要だ。荷車も貸してくれるとは言ったけど、あんまり出したくはないみたい。……だいたい、これじゃあ」
子どもが物珍しそうに見つめる魔獣の山――こぼれ落ちそうなほどに積み重なっていて、ふとした拍子に崩れるのではないかと不安になる。
「まあ、他の荷車は底が抜けそうだ、ってのは聞いていたしな」
「なに、いよいよ八方ふさがりー?」とレクシナが遠くから僕たちを窺ってくる。その声にヤクバの肩の上にいる男児が再び繰り返した。「ふさがりー?」
僕とヤクバは顔を見合わせ、どう答えていいものか、迷う。迷っている間にも太陽はじりじりと高度を落としていく。もしかしたら今日中に帰れないかもしれないぞ、と傾き始めた太陽を、手で庇を作って見つめた。
「誰かが急いで戻って荷馬車借りてくるのはどーお?」
「出費がかさむじゃねえか。あれ、結構な値段するぞ」
「往復してたら夜になるしな。それにフェンさんに知られるのも避けたい」
「もうそんなこと言ってられる状況でもないと思う」
僕がそう言うと三人は顔を顰めた。
そんな顔をしないでくれ。アシュタヤが心配なんだ。
昨夜のうちに彼女には帰りが翌日になるかもしれない、と了解をとっていたが、だからといってこの村で一泊するつもりはなかった。彼女はあの日以来、ときおり発作的なフラッシュバックに悩まされている。ベルメイアにそばにいるようにお願いはしていたが、それでも不安なことには変わりなかった。
「僕が急いで帰って、まともな荷馬車を持ってくる」
「おい、ニール坊、てめえ、そんなの任せられるかよ。俺が行く」
「ちょっと、セイクが帰ったら、そのまま酒場に寄って明日の夜までこっち来ないじゃない。あたし、さっきの裏切り忘れてないからね」
「ああ、セイクはだめだ。その点、俺はいい。神に誓ってそんなことはしない」
「こいつはだめだ」
「そんなのわかってるってば」
「ならさ」と僕は提案する。「レクシナに行ってもらおうよ」
そう言うと、ヤクバは思いきり顔を歪めた。
「正気か、ニール。こいつに行かせるなんてだめだ。一人は危ない」
「そうだな、レクシナは女の子なんだぜ、そんなこと、任せられっか」
口先だけ紳士的な物言いに僕は呆れた。レクシナは「きゃー、かっこいい」とか言って腰をくねくねさせていたけれど、これは何かの儀式なのだろうか?
「本当は?」と追及するとヤクバが即座に返した。
「レクシナに行かせると五日は戻ってこない」
「あー、そうですか」
その後も議論は白熱していった。
二人行って二人待つのはどうか。
そのヤクバの提案は僕も二人も反対した。彼ら三人のうち二人がバンザッタに帰ったら荷馬車代のデギ・グーが酒代に変わるだろう。僕が入ればそんなことはない、と主張したら、彼らはこの何もない寒村に取り残されたくはない、と声高に叫んだ。
いっそのこと三人で、と言おうとしたもののその案は誰の口からも出ることはなかった。
こういう場合の少数派は本気の抵抗を見せる。当然のことながら僕が残るという案も考えられず、協議は難航した。
さらなる出費もなく、四人同時に、夜になる前にバンザッタに帰る方法。それが誰もが反対しない最高の案だったが、そんな都合のいい案が簡単に浮かぶわけもない。
僕たちは肩を落とし、デギ・グーの山を見つめる。
「……やっぱり無理を言って荷車を借りていくしかないかな。とは言ってもなあ、途中で壊れたら目も当てられないし……」
「まあ、帰れるならそれでもいいんだけどさあ、ニールちゃん。それ、返さなきゃいけないわけでしょ? 誰が返すの?」
「僕たちに決まってるでしょ」
「だよねー」
「まあ、あまり無理を言いたくはない。こういう村はいつだって人も物も不足している」
「気分はよくねえわな。ガキの頃住んでた村も同じ感じに切羽詰まってたし」
「へえ」と僕は声を漏らす。
彼らの幼少時代というのが想像できなかった。この三人にも、先ほどはしゃいでいた子どもたちのような時代があったのだろうか。どうにも想像ができない。母乳を吸って育ったと言うよりも酒を飲んで育ったほうが納得のいく面々だ。
「あたし全然覚えてなーい」
「まあ、レクシナはな。まだよちよち歩きしかしてなかったしよ」
想像して笑いそうになった。まだまともに歩くことのできないレクシナをセイクとヤクバが見つめている姿。大人ぶるセイクとヤクバが簡単に思い浮かぶ。
彼らはそれぞれ別の貧しい村で生まれた。らしい。ヤクバが六歳のときに孤児院で出会ったそうだ。バンザッタではなく、もっと王都エニツィアに近い都市だったとか。そして、偶然村を訪れたカンパルツォにその才を認められたと馬上で聞いていた。
「仕方ない」とヤクバは呻くように言った。「背に腹は代えられないぞ」
「朝になっちまうかもしれねえけど、一台だけ借りて馬に牽かせるか……必要なもんまで持って行く徴税官みたいにはなりたくねえんだけどな」
僕の思考がぐるりと回転したのはその瞬間だった。セイクの一言が一滴の疑念となり、音を立てて、落ちる。
――税。
「……ねえ、おかしくない?」
「なんの話ー?」
「いやさ……、この村には荷車を引くための馬が揃ってないんだよ」
ならば、この村はどうやって税を納めているのだろうか。以前、ウラグに受けていた座学を思い出す。カンパルツォの領地での徴税は金納だったはずだ。
では、彼らはどうやってその金を得ているのだ? 貨幣経済の端、この村内では金銭の循環がまともに届いている気配すらない。
担当の徴税官が融通を利かせている可能性もある。だが、物納は手間が多く、結局、運搬には荷馬車が必要になる。まさかこの村のためだけに徴税官たちが大挙して押し寄せてくるだろうか。この村以外にも貧しい村は様々な地区に点在している。時期を見計らって別々に行うと時間がかかってしょうがないだろうし、同じタイミングで徴税行脚をしたとしたら数台の荷馬車だけでは運びきれる量ではなくなるだろう。
彼ら自身の生活から考えてもそうだ。この村で賄える物資はそれほどない。農作物、木材の加工品、それ以外はどうやって得ている? まともな荷馬車すらないのにどうやってバンザッタまで商品を運び、売っている? この規模だと旅商人もそれほど寄りつかないだろう。
必要と思われる馬がいない。
何かそれに変わる運搬システムがあると考えるのが当然だった。
そして、ウラグの言葉を思い出し、「あ」と声が漏れた。
――「冬は河川整備も難しい」
それをきっかけに推測の奔流が僕を飲み込んだ。水路都市、そこに繋がる川。川はどこから始まる。山だ。山間の村。大規模な運搬システム。
「……川だ」
「川ぁ?」
僕の一言にセイクとレクシナが声を合わせる。一方でヤクバが手を叩いた。
「運河か」
「そう考えるのが自然じゃない? この村が物を運ぶとき、きっと川を使ってるんだよ」
「ああ、そっか。税金なんて払ったことないし気付かなかった」
「でもよ、こんだけ山に近ければ川だって大した広さじゃないだろ」
「まあ、そうだけどさ、でも近くに大きな河川があったでしょ?」
「じゃあ、なんで村長さんはそれを言わなかったの?」
村長が水運を提案しなかった理由は予想がついた。二十匹近い魔獣を載せきれる船がないのだ。あるいはあったとしても、荷車さえぼろぼろのこの村だ、かなり損傷が激しくなっているのかもしれない。
「しかし、ニール。その、壊れかけているかもしれない、小さな船にどうやってこれを乗せるんだ?」
ヤクバは積み重なった魔獣を顎で指した。限界以上に乗せられた魔獣はぴゅうと風が吹いただけで船の上から落ちてしまうだろう。
だが、僕にはそれを解決するアイディアがあった。
「簡単だよ。筏でも組めばいい話じゃないか」
筏ぁ? と三人の声が重なった。
〇
僕は村長の家へと走り、魔獣と引き替えに船の貸与と縄と布の売却を頼んだ。老人は初め、何をするのか、と眉を顰めたが、事情を説明すると快く応じてくれた。新しい船の建造を予定していたらしく、返す必要もないという。大量の魔獣を狩ったお礼だと船の代金はいらないというのだから僥倖だ。
山犬二匹を縄と布に交換してもらい、僕はヤクバたちを連れて再び森へと走った。木材の蓄えはないらしく、自分たちで調達する必要があったからだ。
だが、それも大した問題ではなかった。魔獣駆除の際は馬が襲われるのを恐れていたが、今回は行って帰ってくるだけだ。荷車とサイコキネシスを活用すれば馬に負担もかからず、すんなりと運ぶことができた。
僕たちは村の大人に手伝ってもらい、木材に筏として運用できるだけの最低限の加工を施した。誰も作成方法を知らなかったが、そこは僕の脳にある記憶ストレージ、書物アーカイブが役に立った。詳しい資料ではなかったし、所々が文字化けしていたが、幸いながら図面の画像データは残っている。できる限りその資料を参考にし、後は縄で結ぶだけ、というまでに準備した。山に生えていたのが針葉樹であることも助かった。針葉樹は広葉樹と比べ、幹が真っ直ぐになっていることが多いし、空隙率も高い。軽くて水に浮く針葉樹はおあつらえ向き、というわけだ。
手伝ってくれた大人たちを連れて船を係留している地点まで木材を運ぶ。村民に馬を預け、僕たちは早速作業を開始することにした。
図面通りに木材で長方形を作り、縄で仮組みし――これらは主にヤクバとセイクの仕事だ――、木を結び並べていく。結び方も特徴があり、それが正しいのか不安ではあったが、図面と見比べる限り、それほどおかしいとは思えなかった。まあ僕たちが乗るわけではないから浮きさえすればいい。作業を続け、形となったのは太陽が中天よりも地面の方に近くなった頃だった。
「おいおい、今日中に帰れるんだろうな」セイクが余った縄でデギ・グーを縛りながら弱気な声を出す。「馬で二時間かかったんだぞ」
「大丈夫だって。行きは地図見ながらだったし、休憩も挟んだじゃないか。運河はバンザッタまで直通だよ」
「つったってよ」
「それに秘策がある」
「秘策?」
「まあとりあえず浮かべてみよう。話はそれからだよ……レクシナ、お願いできる?」
「はいはーい」
レクシナは素早く詠唱し、風を発生させる。上昇気流に乗ってふわりと浮き上がった筏は静かに着水し、見事水の上に浮いた。
おお、と歓声があがる。
「思ったよりもしっかりしてるな」ヤクバは川縁から手を伸ばして筏を触ると、高らかに口笛を吹いた。
「こりゃいけそうだ」セイクに至っては飛び乗って、感触を確かめている。
だが、不安な顔をしていたのはレクシナだ。「でもさ、これ、本当にデギ・グー乗せても浮くの? すごい不安なんだけど」
その問いには誰も答えない。もちろん僕もだ。筏の浮力なんてどの程度の物かわからないし、この木を組み合わせただけの構造体の積載量など咄嗟に計算できるわけがなかった。
興奮に水を差され、僕とヤクバ、セイクは押し黙ったが、その時間も惜しいという思いは一致していた。誰ともなく、「じゃあ、載せてみるか」と頷き、縄で結ばれた計十五体のデギ・グーを慎重に筏の上に載せていく。
「おい、傾いてんぞ!」
「レクシナ、もっと慎重にやるんだ!」
「やってるってば!」
「落ちる落ちる落ちる!」
「セイク、絶対落ちるなよ! 凍え死ぬぞ!」
「おい、レクシナ! いったん俺を浮かせろ! マジでやばい!」
「ちょっと待ってよ! ねえ、ニールちゃん、これ大丈夫なの!?」
「あー、うん、大丈夫大丈夫」
宙に浮き上がったセイクは額の汗を拭って安堵の溜息を漏らし、それから僕へと叫んだ。「てめえ、ニール坊、おめえも手伝えよ!」それがあまりに切羽詰まった声だったものだから、笑いを押し殺すのも一苦労だった。
「僕の力はそういう繊細な作業には向かないよ。それに、僕は僕で作業してるし」
「木と布と縄で遊んでるだけじゃねえか!」
遊んでいる、とは心外だ。これこそが秘策だというのに。
僕が作っているのはマストである。風を受け、推進力を生み出す帆。これでレクシナの風を受けたら速度は目に見えて変わるはずだ。時間がないため、適当な作りではあったが、今回だけ使えれば問題はない。
布の上下の両端に細い木の幹で支えを作っただけのマスト。まさか借りた船に木材を突き刺すわけにもいかないから僕のサイコキネシスを帆柱とするつもりだった。成長した僕の超能力なら引きちぎる心配もないだろう。上下二カ所を同時に支えることができないため、セイクとヤクバにも帆柱になってもらうことは言わないでおく。
僕の作業が終わる頃には荷積みも終わっていた。川の流れに大きく揺れる筏はいつひっくり返るのか不安になるほどの急ごしらえではあるが、ヤクバは水を操る魔法が得意だし、その事態に陥る心配は少ない、と考えよう。
僕たちは筏を繋いだ船に乗り込み、船を係留するロープをほどいた。備え付けられている棒でこぎ出し、流れに乗る。マストを広げ、レクシナの風を受ける。
橙に染まりゆく川を一隻の船が進む姿は外から見たらとても穏やかで美しい光景なのかもしれない。しかし、その実は悲鳴と狼狽がこだまする穏やかさなどとは正反対の喧しいセーリングだった。




