第67話 決着、そして
たいへん長らくお待たせいたしました。門前払い、約二か月ぶりの更新にございます。
残りのお話も全て書きあがりましたので、本日より毎日連続で更新を行いたいと思います。
アルカンシエルから発される光に呑まれていく形で、巨大な魔龍と化していた魔神の体が消えていく。いや、その端からどす黒いオーラとなって、光の中に散っていくような形だ。光に吹き散らされる黒いオーラは、おそらく魔神という存在を構成していたものなのだろう。
やがて、アルカンシエルから放たれる光が粒子となって空気に溶けていくころには、魔神のオーラは完全に消え失せていた。そしてそこに残っていたのは、俺と戦ったあの剣士――魔王を名乗らされていた悲しき男、アベルの姿。
念のため、アルカンシエルを介して魔神の気配を探ってみる。だがアベルの周囲はおろか、この部屋からも屋敷からも居城からも、魔神の気配らしきものは見当たらなかった。代わりに見つけた強大な魔力の塊は、おそらく眼前のアベルのそれか。
そして件のアベルは、ぐらりと体勢を崩して倒れこむ直前に目を覚ましたらしい。薄目を開けたかと思うと、くずおれる体を片膝立ちの体勢にとどめ、一つ肩で大きく息を吐いた。
「……アベル」
様子見のために、俺は話しかける。これで魔神の意識が何かしらの影響を与えてしまっていたとかだったら、ちょっと空しい。
だが幸いにも、アベルにははっきりとした自我があるらしい。額を抑えながらうめいたかと思うと、その新緑色の髪を掻き上げて、その瞳でまっすぐに俺を見やった。瞳の中に濁りは見えず、ただ何かを達したいと思う者の光が宿っているのが見える。
危険はないと判断して、俺はアベルに数歩近寄る。この一連の戦いの裏には、何があったのか。何故、カインは魔神に乗っ取られてしまったのか。それを、確かめたい。
「……そうか。君は、当代の神龍の騎士、だな」
俺の姿と、片手にひとまとめにして握った水晶の双剣から、アベルは俺のことと、ここにいた経緯を察したのだろう。輝きをたたえていた瞳が薄く伏せられ、わずかばかり顔をうつむかせる。
「……アベルさん、俺はあなたを殺そうと思っているんじゃない。ただ、話をしたいんです」
俺の口から出た言葉に、アベルは小さくうなずくと立ち上がった。そうして、いきなり頭を下げてくる。
「このたびは、この世界に多大なる迷惑をかけたばかりか、君という個人にも計り知れないほどの迷惑をかけたのだろう。君ひとりに謝って何か解決するわけでもないが、せめて君にだけは謝らせてほしい」
どうやら、乗っ取られて世界に敵対していたことを相当悔やんでいたらしい。さすがもと勇者軍団の一人だと少し感心しつつ、俺は小さく首を振った。
「俺は、そんな。……俺はただ、自分がやりたいことをやっただけですから」
偽りのない本心をぶつける。実際、俺は自ら望んでこの戦いに参加したのだ。最初がどうだったかはもう思い出そうとは思えないが、今は――少なくともプラティユーシャと出会い、戦う決意をしたあの時からは、俺はそうだったと思う。
「……本当に、すまないな。さすが、神龍の騎士に選ばれた者だ」
短い言葉の応酬だったが、アベルにはどうやら俺の気持ちが伝わってくれたらしい。羨みに似たまなざしを俺に向けながら、ふとアベルは後ろを向く。
「もし。……もし、私たちのいた時代に君がいたのなら、ともすれば彼奴も――『魔神ニヒト』も、完全に討滅することが可能だったかもしれんな」
その言葉に秘められた悔恨や自責の念は、はたしてどれほどに重かったのだろう。永い時を生き、ただ友人の開放という目標のためだけに生きてきたほどに悔いた人生なんてものを、俺が推し量るのははばかられた。
「……すまない、変な感傷に浸ってしまったな。ともかく、改めて礼を言わせてもらおう」
「それはもういいですよ。……それより、教えてくれませんか?どうしてカインさんが、魔神に取り込まれてしまったのか」
「ああ。……いや」
ひとつ頷き、口を開きかけたアベルだったが、その直前、何かを察知したらしい。開きかけた口を閉じ、ゆっくりと踵を返す――その直前。
「う、わっ!?」
振り向きざまに俺の体へ打ち込まれた手が、俺を後ろへ弾き飛ばす。そのまま後ろにたたらを踏みつつ、何をするんだと抗議しようとした俺の目に、アベルの顔が映った。
「――話せるなら、話したかった。私の身の上や、彼のこと。それに、この世界の行く末を」
アベルの眼前に、巨大な魔力の塊が迫っている。それを横目で見つめ、再度俺を見つめるアベルのその瞳は、ひどく穏やかだった。
「叶いそうにないが――私に見せてくれ。彼奴を、魔神を討滅した後の、穏やかで平和な世界を……」
彼の声は、そこで聞こえなくなった。
***
「ぐ、あッ…………!!」
巨大な、膨大な衝撃波が、俺たちの体に叩き付けられる。間違いない、攻撃だ。
だが、先ほど魔力感知を使って敵を探してみたが、この場には――この周辺には、何の反応も示さなかった。ならば、誰が。
いや。
いや。いるじゃないか。
目の前に。
音を立てて、ゆっくりと地に沈むアベルのその先に。
「与太話はそこまでにしてもらおうか。記念すべき我が復活の日だ、我を無視してもらっては……困るなぁ?」
魔力を凝縮させたまばゆい雷をその手にまとわせ、玉座のあった場所から優美に、ゆっくりと歩んでくる、一つの人影。その目は優しげな光をたたえていたが、口元は不気味な三日月に引き裂かれていた。
その顔を、その風貌を見たとたんに、ぞくりと背中をなでる悪寒。それを肌で感じた俺は、即座にその名を言い当てて見せる。
「――――ニヒト、魔神ニヒトか!」
「爺さん!?」
だがそれに重ねて、ゴーシュが驚きの声を張り上げた。その発言内容で逆に驚いた俺が、どういうことだとゴーシュを見やる。しかし、その答えをゴーシュから聞き出す前に、目の前に立つ人型――魔神ニヒトは、クツクツと笑いながら口を開いた。
「あぁ、そうだ。我にはわかるぞ、カインの末裔よ。――この体はいい。元勇者の器と彼奴の力を完全に取り込み、ものにした今の魔神である我ならば、神龍とその眷属など容易く滅ぼして見せようぞ」
ゆらりゆらりと幽鬼のように揺らめきながら、狂気じみた声で天へと嘯くニヒト。奴が口走った内容からして、どうやらニヒトは何らかの方法でカインの体を乗っ取り、自分のものとしているのだろう。どうやってか、というのは、おそらくアベルに聞くところだったのだろうが、彼が倒れた今それはかなわない。
万事休す。俺の脳裏に、そんな言葉がちらついた。
そもそも、相手は神龍の力をもってしても倒せないと言われるほどの強大な敵だ。それに対する保険であり、カウンターでもあるのが俺なのだが――
「……ぶっちゃけ勝てる気がしねぇ」
現在、俺の体は無理なオーバーロードを行ったせいで悲鳴を上げている。それに加えて仲間たちも疲弊しているうえ、相手はアベルを依代としていたせいで現在体力満タンだ。正直な話、負ける気しかしない。
むろん、諦める気はさらさらない。だが、相手のプレッシャーを前にして、そんな弱音が口をついて出てしまう。ひきつる口元を抑えながら、俺は自分を奮い立たせるべく口を開いた。
「――けど、お前に負ける気はないからな。おまえを倒して、この世界を……カイ・ドレクスを救って見せる!」
我ながらテンプレなセリフである。だが効果はあったらしく、アルカンシエルを握る手に力が戻るのが分かった。同時に、あれほど強大に感じていたニヒトのプレッシャーがうそのように消滅していく。
音高くアルカンシエルを構え直し、ニヒトめがけて切っ先を突きつける。それにつられるように、仲間たちも各々武器を構え直し、体勢を立て直した。全員の目には、一様に燃え上がる闘志がありありと映っている。
「――その闘志。我に挑みしこやつにそっくりだ」
「そりゃどうも」
超然と笑むニヒトに、吐き捨てるように形ばかりの謝礼をぶつける。それ以上の言葉は、不要だった。
「行くぞ!ニヒトォッ!!」
「貴様の存在――無に帰してやろう!!」
固く握りしめたアルカンシエルを振るい、俺は駆けだす――――




