第53話 竜騎兵と異世界人
ユークリッドと名乗った、見た目からして高貴な立場にありそうな――というかファミリーネームからして、ガーディス帝国の王家の血縁者であるらしい青年は、彼らが生活しているという野営地に向かう間、なぜレジスタンスなどというものが興ったのか、そしてなぜそのレジスタンスに――国に反旗を翻す組織に、王族であろうユークリッドが所属していたのか、そのいきさつを聞いていた。
曰く、ガーディス帝国は彼の父親が統治しているらしく、つい一月前までは何事もなく平穏な日々だったらしい。しかしその一月前、突然王であるフォルモンド・ラ・ガーディスがおかしくなり、冒険者の締め出し、民への重税、楯突いた貴族の極刑などなど、普段の王からは想像もつかない暴挙。挙げ句の果てには、実子であるユークリッド王子さえも放逐したことにより、兼ねてより不信感を持っていた人間たちと不満を持っていた民が帝国から離反。王を倒して統治権を王子のものとするべく、レジスタンスを設立し、有志を集めていた、という訳らしい。
「……絶対何かあるな、その王様」
ユークリッド王子からいきさつを聞いた俺は、ポツリとそうこぼした。
昔から、豹変した王様はニセモノというのが相場だ。この世界でも実際にそうかは知らないが、ともかく政治の中心になんらかの異分子が入り込んでいることは確からしい。
「僕が思うには、最近宰相に任命された男が怪しいんだ。場内でもよくよからぬ噂が流れていたし、なによりあの男は纏う雰囲気が違った。あいつが纏っているのは、間違いなく下剋上を企む奴のそれだ」
あら、てっきりまだそこまで調べはついてないと思ったが、流石に一ヶ月も探りをいれているだけはあるようだ。ふむと納得しながら、ユークリッド王子に問う。
「……とりあえず算段はわかりました。それで、俺たちは何をすれば?」
「そうだな……君たち、竜騎兵というものを知っているかい?」
俺の質問には、ユークリッド王子からの質問が帰ってきた。竜騎兵……というと、文字から類推するに、竜に乗った騎士ということだろうか?
「文字通り、と受け取っていいんですか?」
「そうだね。人の手で育てられた『翔竜』という生き物に乗って、空で戦う騎士たちのことだ。わがガーディス帝国が誇る、百戦錬磨の兵だけがなれる、特別な兵種さ」
「……今までの話しの流れからして、俺たちはその竜騎兵として配属されるんでしょうか?」
不信げに問いかけた俺に、ユークリッド王子は呆気に取られたような表情を見せたかと思うと、次いで破顔した。
「さすがは冒険者の人、察しが早くて助かるよ。……そうさ、君たちには、竜騎兵として先発隊を担ってもらう。見たところ騎乗経験はないみたいだから、ウチのエースに教えてもらうといいよ」
そう言うが先か、目の前の翔竜用テントの幕があげられ、一人の男が進み出てきた。好都合だ、というユークリッド王子の言葉と共に、彼の手が男の肩に置かれる。
「紹介しよう。彼がわがガーディス竜騎兵団の団長――シン・スズキだ」
次いで、王子の口から出た名前。それは、俺に大いなる衝撃をもたらした。スズキ、というファミリーネームは、世界広しといえどもとある一国にしか使われない響きなのに。
「うっす、紹介に預かったシンだ。趣味はガールハントと竜磨き、よろしくなー」
そう言って白い歯を見せて笑うシン。その顔立ちは、端正な部類にはいるものの、間違いなくこの世界で見たそれではなく、日本人の――俺の故郷の人たちと、同じものだった。
「シン、君にはこのタクト君たちに、竜の乗り方を教えてやって欲しい。出来るだけ質のいい竜に乗せてくれ、無関係の人を犠牲にしたくはない」
「ガッテン承知、っと。そんじゃ、四人ともついて来てくれ」
胸に去来したのは、あまりのショックか、それともあまりの歓喜か。
ともかく、シンと名乗った男性にはなにひとつ聞くことができないまま、俺たちは騎竜のしかたを教わっていた。
***
「エール!」
夜の帳も降りて、辺りが闇に包まれた頃。
月明かりが優しく世界を照らす中で、俺が騎乗している竜の名を呼ぶと、山吹色のウロコを持った翔竜は高い声でひと鳴きし、加速した。そのまま真っ向から突撃してくるシンと黒い翔竜めがけて、練習のために刃を落とされた、竜騎兵専用に開発された武器、騎竜槍を振りかぶる。
ユークリッドたちに協力することを決めてから、早2日。作戦をあさってに控える中、さきほどから、俺とシンは模擬戦を行っていた。
流石に昼間は目立ち、帝国に見つかる危険性もあるため、基本的に模擬戦や訓練は夜に行っている。だが、月明かりと野営地のかがり火以外に光源のない暗がりの中、相手である黒騎士を瞬時に発見するのは困難を極める。
シンが言うには、目まぐるしい高速戦闘が行われる空中戦では、いかに敵を素早く視認し、対策を行えるかが重要になるらしい。その視力と反射神経を鍛えるためでもあるらしいのだが、流石に初心者にむけてそれは無茶な注文もいいところだ。それでも必死について行き、すんでのところでいなしつづけられる俺の技量を誰か褒めて欲しいくらいである。
と、そんなことを考えていたせいか、旋回の軌道がぐらついた。慌てて修正し、まずいと思った時にはもう、シンの槍先が頸動脈を捉えていた。が、シンの顔に落胆はない。
「いやはや、たった2日でここまで上達されちゃ、俺の立つ瀬がないな!タクト、お前いい騎竜兵になれるぞ?」
「え……あ、ありがとうございます」
唐突に飛んで来た賞賛の言葉に、俺は素っ頓狂な返事しか返せなかった。
シンと共に野営地から離れた場所へ降り、森の中向けて竜の手綱を引いている途中。ふとチャンスではないかと感じた俺は、思い切ってシンに問いかけてみようとした。日本のこと、そして彼自身のことを。
「……あの、シンさん」
「皆まで言うな、角宮拓斗。聞きたいことは分かってるぜ」
だが、その言葉はすぐさま、彼の声に遮られた。ファミリーネームを先に呼ぶ呼び方。やはり――
「やっぱり……あなたも、日本人?」
「そうさ。……薄々感じてはいたが、まさか本当にそうだったとはな。正直、今さら驚いたよ」
どうやら、彼の方も俺が日本人だと確証は無かったらしい。だが、ようやく胸のつっかえがとれたような、そんなスッとした気分を俺は味わっていた。
「改めて。俺は鈴木真。真実はいつも一つ、の真だ」
「あ……拓斗。角宮拓斗です。えーと、じっちゃんの名にかけて、この世界のために旅してます」
互いに、日本にいなければ通じなかったネタ同士。少しの沈黙のあと、二人で小さく吹き出した。
「しかし、やっぱりいるんだな、俺以外にもあいつらに捨てられた奴」
野営地に帰ったあと、竜舎の前で俺たちは会話を交わしていた。俺はこれまでの旅のいきさつを、真はどうしてここにいるのかを、それぞれ交わす。
真もまた、元をたどれば勇者召喚の生贄としてクソ王家に捨てられた人間だったらしく、そこから流れ者として世界を放浪。偶然立ち寄ったとある場所で竜と仲良くなり、それがきっかけとなってユークリッド王子自らスカウトに来たらしい。それが縁となり、今回の王子の行動に手を貸した、ということになったのだという。
「俺自身も、そういう人に会ったのは貴方が初めてです。やっぱり、死んじゃった人も多いんだと思います」
他人のことに淡白になるような性格ではないが、実感がわかない以上はどうしても言葉に重みがなくなってしまう。もう少し年をとったらそういうかっこいいことも言えるのだろうか、なんて考えていると、不意に隣の真がへらと笑った。
「ま、他がどうだろうと俺たちは生きて会うことができた。それだけで十分だと思うぜ」
いつかこういうことを言える立場になりたいものだ。そんなことを考えながら同意して頷いたとき、不意に近くから蹄鉄の音が聞こえて来る。
見れば、傍目に見ると竜に勘違いすると野営地で有名なルゥが、竜舎の前に座っていたエールと顔をすりあっていた。それを見て、俺と真は思わず、
「珍しいな……」という言葉を漏らして、また二人で笑いあった。
妙な因果から親睦を深めつつ、俺たちはあさっての戦いに向けて、着々と準備を進めていた。この先、さらに妙な因果からの出会いが待ち受けているとは知らずに。




