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老いてなお、お盛ん

 その人の地元は東北地方、山の中なのだと聞いた。

 奥さまを地元に残して治療のために都市部のうちの病院にはるばる来たそうだ。

 その理由というのが…


「嫁さんと子作りしたいからさぁ。手術するとヤレなくなるんだろ?だからわざわざここまで来たんだよ。」


 ………え、カルテ見たけど70代じゃないの?え?子作り??


「何年か前に再婚したんだよ。前の嫁さん死んじゃったし、子どもたちもでかくなったから独り立ちしたし。今の嫁さん?30代だよ。」


 …老いてなお「お盛ん」というダジャレが浮かんだのは許してほしい。

 だってこの爺さ…ゲフンゲフン、患者さんは、どこぞのタレントとかと違ってホントに年相応の老人な見た目なのだ。イケメンでもイケオジでも美老人ってわけでもない、シワの目立つ目元に脂ぎった額、緩んだ腹回り、加えてたるんだ腕と足の皮。

 正直に言おう。


 ねえわ。


 それでも仕事は仕事として対応してきたが。

 膀胱がんでは、初期ならば膀胱鏡で腫瘍を切除し膀胱内に抗がん剤やBCGを注入する膀胱温存療法が第一選択となる。

 しかし、この人の場合は紹介された時点で筋層までの浸潤…ステージⅡだった。地元の総合病院で膀胱全摘術と尿路変更(回腸導管造設)を勧められたにも関わらず、そんな理由で県をまたいで来たわけだ。

 が。そんな理由だとしても奥さま一筋とかだったらこんな言い方はしない。


 こやつ。

 スーパーウルトラセクハラジジイだったんである。


「なーなー、ねえちゃん、彼氏いるの?もうヤッた?」

「いいケツしてんね、撫でて可愛がってやろうか。」

「もうちょっとかがんでよ。…ちぇ、見えないかーそれじゃ。襟元もうちょっとゆるくしてよ。」

「夜勤中に眠くなったら潜り込んできなよ。温めてやっからさ。」


 言葉だけならともかく、手を握ってきたり腰を触ろうとしてきたり、採血や血圧測定の時には胸を触ろうとまでしてきた。

 主治医や師長に再三訴えてみたものの…


「あの年代の人は仕方ない」

「受け流しなさい」


と、まるで意に介さない有様だった。


「これは私たちでどうにかするしかない。」


 終業後、臨時ミーティングと称して頭を突き合わせて作戦を練った。


「もう、上に期待できないのはよーく分かった。」

「でも、どうやって対策取るの?」

「記録に残そう。カルテに書くの、言われたこと全部。もちろん本人にも、開示されたら表に出るってとこまで言っておく。」

「そんなんで効果ある?」

「やれることはやる。ね、他にもアイデアある人いない?」


 すると、男性看護師が手を挙げた。


「なるべく俺らメンズが担当するように組みましょう。組めない時もベテランさんに担当してもらうとか。」

「確かに、アイツ若くておとなしい子ばっか狙ってるよね。ベテランさんにお願いするの、良い案かも。」


 中堅のナースも手を挙げて発言する。


「それと、言われて恥ずかしがったり嫌がったりするのは逆効果らしいよ。鼻で笑うとか無表情で無視するとかすると良いって何かで見た。」

「ちょっと先の治療がどうなるか見えないから皆もしんどいと思うけど…セクハラ許すまじ!頑張ろうね!」

「おう!」

「はい!」


 手始めとして、主任から改めて「セクシャルな発言は受け入れられないこと、これまでの分も含めてカルテにすべて記録していること、開示請求があれば漏れなくすべて表に出ること」を説明された。

 本人は鼻白んで「単なる冗談やコミュニケーションなのに大げさなんだよ」と不満そうに反論したが。


「女性の身で『好きでも何でもない異性からのセクシャルな発言を聞く』というのは、身の危険を感じる不快な出来事でしかありません。むしろ怯えて他の業務に支障が出るほどです。」

「そんなにヒドイことじゃ…」

「このやり取りも記録しますので。覚えておいてくださいね。」

「…わかったよ。」


 その後、男性看護師かベテランナースしか来ないことにボヤくものの、セクハラしたい相手が来ないことにはセクハラも出来ない現実に表面上は大人しくなった。

 シフト上どうしても中堅の若いナースが担当にならざるを得ない場合もあったが…。


「え、それ面白いと思ってます?全っ然面白くないですけど。冗談にしたってもうちょっとどうにかなりません?」

「え?もう一回言ってもらって良いですか?もぎる口実に出来そうなんで。え?だから、下のブツですよ。もぎって欲しいってことですよね?前に忠告しましたよ?セクハラ発言したらもぎるって。」

「…そんなしなびたブツとたるんだ身体で何言ってるんですか?身の程知らずっているんですねぇ。侮辱?事実言われて怒るとか、自意識過剰ですよ?」


 …皆…攻撃力高すぎんか?


 まぁ、それまでのフラストレーションもあったのだろう。皆はイキイキと、本人はシオシオと対照的な様相になっていった。


 そんな中で温存のための抗ガン剤注入療法とTUR−Bt(経尿道的膀胱腫瘍切除術)が繰り返し行われたが…。

 本人の希望も虚しく、再発を繰り返した。


「これ以上は同じことの繰り返しです。そしていずれ限界が来ます。転移するか、手術が出来なくなるか、あるいは…その両方です。」

「くそ…何で…!ここまで頑張ったってーのに…!」


 内心(頑張ったのはセクハラだよね)とツッコミながらも、本人の後ろで一緒に主治医からの病状説明を聞いていたが。


「仕方ない、助かるためなら手術しないといけないってんなら、膀胱取ります。」

「では、その方向で準備していきましょう。後日、どういう手術なのか、どう生活が変わるのか…その辺りを私や看護師さんたちから説明します。」

「はい。」


 想定よりもすんなりと方針変更を飲んだことに少々驚いた。それだけ再発を繰り返したことで本人にも心境の変化があったのだろう。

 そうして、手術…膀胱全摘術と尿路変更術(回腸導管造設術)によって起こる体の変化、つまり腹部にストマを作り、そこから尿が出るようになること。その管理を術後は覚えていかなければならないこと。どこにストマが出来るのか、どうやって尿を受け止め処理していくのかを丁寧に説明していった。

 本人も淡々と術前の準備を整え、覚悟を持って手術に望んだのだと、私たちは思っていた…のだが。


「俺はやんない。まだ傷も痛いし、どうせこの年だから覚えらんないよ。」


 ストマケア…パウチ交換を覚えてもらおうと声をかけたその返答がこれだった。


「え?それじゃ、この先は誰が交換していくんですか?最低三日に一度は替えないと…。」

「帰ったら嫁さんがやってくれるよ。ここにいる間はアンタたちでやってくれたっていいじゃない。プロで金もらってるんだからこのくらいやってよ。」


 中堅のナースがしょんぼりとしながら帰ってきて聞かされたこのセリフに、ぶちぶちぶち、と何かがキレた音がした。

 おー、プロなんだからやることやってやらァ。覚悟しとけ…?


「はい、それでは今日こそは覚えていただきますねー。必要な物品を一緒に揃えてまいりましょう。」

「だからさー、俺はやんないって。」

「えー…下ネタあれだけ振っといて肝心の下の世話は人任せなんですか?手も足も動くのに、口だって聞けるし目も見えますよね?出来るのにやらないって…もしかしてそういう性癖…?!」

「へ…えぇ?!」


 想定外の返しに反応が追いつかないでいる所に追撃する。


「え〜、意外〜!赤ちゃんプレイとかバブみ追求するタイプだったんですか〜ウケるー!」

「いや、そういうんじゃないけどさ…」

「違うんですか?ならやりますよね?やらないってことはそういうことですよね?どっちですか?ちなみにカルテにも書きますよ?」

「え、え…」

「赤ちゃんプレイが好きな70代…っ!!やべ、今日イチスクープかも知んない…!」

「わーかった!わかったよ!やるから!」

「えーやるんですか〜?ナースステーションで盛り上がれたかもしんないのに…。」

「違うから!ホントに!すんませんでした!」


 情けなさそうな顔で謝ってくる姿にこっそり溜飲を下げたのはナイショだ。


 そして、下手くそながらもパウチ交換を一通りマスターした彼は自宅へと帰っていった。今後は地元でフォローするそうだ。


 ちなみに。彼の30代の後妻さんという人物は、入院中一度も現れなかった。幸か不幸か、彼のセクハラ事案はこちらからリークされることはなかったが…今となっては…。


「奥さま、実在したのかな…?」


 真相は闇の中である。

用語解説


TUR−Bt(経尿道的膀胱腫瘍切除術)

膀胱がんに対して行われる、尿道口から内視鏡的に腫瘍病変を切除する術式。内視鏡はそこそこ太さがあるのでとても痛そう(痛いそうです)。手術の時は腰椎麻酔や全身麻酔下で行われる。


膀胱全摘術

膀胱ガンなどで行われる膀胱を摘出する手術。がんの場合は取り残しによる再発防止や、隣接器官を残す手技が難しいことから、前立腺・精索・精嚢(いずれも性行為に必要な器官)も併せて切除することがほとんど。このため、子作りはほぼ不可能となる。


尿路変更術

膀胱を全部摘出したあとに、腎臓を経て排出される尿を体外に出せるようにする手術が行われる。方法は下記の通り。

1)回腸導管

小腸の一部、回腸を短めに切り取り一方を縫い閉じて袋状にし、もう一方を腹壁を通して腹部に出し、皮膚に縫い留める。その回腸に両側の尿管を貫通させて縫い留めると、尿管から回腸導管へ、回腸導管からストマを通って体外へと尿が排出される。ストマからの尿はパウチで受け止める。

2)尿管皮膚瘻

腎臓から膀胱につながる尿管を直接皮膚へと貫通させて縫い留めストマとする。しかし尿管はとても細く、皮膚が治癒しようとする過程で圧迫されて閉塞するため、ステント(カテーテル)を留置したまま管理する。回腸導管よりも感染に気をつけて管理する必要があるため注意が必要。

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