イタズラの理由
その子は中学3年生の夏に入院してきた。
風邪が治らない、と受診したが一ヶ月経っても症状が治まらず、かかりつけの医師が下肢の点状出血に気付いて総合病院であるうちに紹介状を書いて送ってきた。
血液検査の結果、急性骨髄性白血病と診断されてすぐに治療が開始された。
寛解導入、地固めと治療は進み、順調に回復して退院していった彼女。大学に進んだ今でも再発せず元気に過ごしている、と外来の看護師から教えてもらった。
これは、その入院当時、数年前の話。
確かに治療は順調だった。
大きな合併症もなく、汎血球減少の時期にも肺炎のような重大な感染症を起こすこともなく、出血によるトラブルもなかった。
問題はただ一点。
トラブルメイカーだったのだ。しかも愉快犯的な方向に。
血圧測定の時にわざと腕を動かしてエラーを出させる。
呼吸音を聞いてる時に喋る(こっちの耳にダメージえぐい)。
サチュレーションモニターをわざと落とす(これは私の私物にやられたので、値段を教えた上でご両親にチクって「小遣いで」弁償させる、と脅したら涙目で謝ってきた)。
スタッフの背中にいたずら書きしたメモをこっそり貼る。
他にも枚挙に暇がないくらいやらかしてくれたものだった。
スタッフの間でも「仕事にならん!」と苦情が出たものの、ご両親に伝えたところで彼女の所業が収まるはずもなく。何なら「やらかしたらひっぱたいても良いですから!」とまで言わせる辺り、普段からこの調子なんだろう、と一同ため息を抑えられなかった。
そんなある日。脈拍を測っていて違和感を感じた。
いつも軽口を叩き合う私の表情を見て、何かを感じ取ったのだろう。いつになく不安そうな顔で尋ねてきた。
「え、なに。何で急に黙ってんの。怖いんだけど。」
「うん、ちょっとね…胸の音、聞くね。…今日は聞いてるときにしゃべったらガチでしばく。」
「え。こわ。」
さすがにこの状況でふざける気にはならなかったようで、聴診の間は大人しくしていた。
大人しくなかったのは心臓の方で。
「ちょっとリズムと速さがいつもと違うから先生に報告してくるね。今日は大人しくして、うがいもちゃんとするんだよ?」
「…わかった…。」
初めて見る不安と困惑の表情を見て、年相応に振る舞うのを初めて見たかも、と少し驚きながら主治医に報告した。
診察と検査の結果、抗ガン剤の副作用による心機能の異常と判明してすぐに対策が取られた。おかげで心臓は元に戻り、本人も説明を受けてホッとしていた。
後日、ベッドサイドで話していると、彼女がふと口をつぐんだ。
どうしたのか尋ねると。
「…あのさ。少し前に師長さんから聞いたの。あの時、心臓のこと気付いてくれなかったらもっとしんどくなってたかもって。」
「あー。何、今になって怖くなった?」
「ずっと怖いよ!しつれーだなー。私だって人並みに怖いって思うよ!」
「で?怖いからイタズラしてたの?」
「それもある。あと、しんどいけど暇で退屈だから、ってのもあったけどさ。」
「どっちにしろヒドイよ?」
「わかったよごめんって!」
そういうノリで返事をしてきて、今になってマズイと思ったのか口をつぐんだ。
しばらく逡巡して、ようやく口を開いたと思ったら。
「あのね、ありがとう!気がついてくれて!」
真っ赤になりながらそう言ってくれた彼女。
思わぬ可愛さにクスッと笑って頭を撫で回してしまった。
「ちょ!マジメに人がお礼言ってんのに笑うとか!」
「やー、素直な子は可愛いなーって。いつもそんな調子だったらもっとみんな可愛がってくれるよ?」
「可愛くないもん!!」
ぷぅっとむくれてしまったが、その後からはイタズラは格段に減り、治療が終了するまでの間を私たちに可愛がられて過ごすのであった。
用語解説
サチュレーションモニター
血液中の酸素濃度を指先や耳たぶで測定出来る機械。大型のものもあれば手の平に乗るサイズまであり、お値段もピンキリ。小遣いでまかなうのが辛い値段ということは、そこそこお高くて良い性能のモデルと思われる。病院の備品で置いてあるところが多いが、個人で購入してポケットに常備している看護師もぼちぼちいる。
聴診器
肺の呼吸音や腸蠕動の音を聞くことが多い医療従事者の必携アイテム。聴診器当ててる時にしゃべるのダメ絶対。内心でブチ切れられてるのでやったことある人は反省するように。




