第52話 優しい嘘
その後、リヴァイアに連れられ入った居酒屋にて、タイチョーはビール、私たちは烏龍茶で乾杯した。
「しかし!ナインの強さはベラボウだな!見ていてスカッとしたぞ!」
タイチョーは上機嫌で一気にビールを飲み干すと、「うちも負けへんでぇ!」と、リヴィアも琥珀色のロックグラスをあおる。
それを見ていたナインは、悪い笑みで、「タイチョーはキサラギさんにボロ負けだったもんな。おねーさん! ビールお代わりだって!」と、店員さんを呼ぶ。
「ナーイーンー?! タイチョーは明日運転するのよ! 飲ませすぎちゃ駄目なんだからね!」
「調子に乗ってスイマセン」
会話が弾む。今だけは忘れたい……。この世界が消失する事を。
「あんたら、傑作やな! 実に愉快や!」
リヴィアは「おかわり!ウイスキーロックで!」と、店員に告げるが、よく店員に止められないものだ。 見た目は中学生くらいなうえ、PICTの個人情報が使えない状況で居酒屋も判断が難しいだろうに。
「なんや、アクム。言うたやろ? うちは年上やってな」
心を読まれたかのような言葉に、驚きを隠そうと手前の烏龍茶を一気に飲み干した時だった。
「ナニこれ!? この烏龍茶すごく苦いんだけど?」
途端に、身体が熱くなり視界が歪む。
「えっ?それは…うちのウイス………? これは、事故や、しゃーない!」
何だか頭の中がフワフワと、霧に包まれたように思考が溶けてゆく。
── そうだ。ナインの事をもっと知りたいな。
そんな想いが溢れだし、気が付けば私は口を開いていた。
「ういっく、ナイン? あなた…私の…質問に答えないと…ゆりゅさないわよ…?」
言葉がもつれるが、山程聞きたい事があった。
『瞬間移動の方法』や『アルト』の事。年齢は? 好きな食べ物は? など、根掘り葉掘り質問攻めにしたのを朧げに覚えている。
そして……。1番聞きたかった事。
その質問をしたとたん、私の思考は急にクリアになっていた。
「ナイン。あなた好きな人は……いたの?」
困惑するナインに顔を近づけて瞳を覗き込む。
すると、彼は視線を逸らして答えた。
「ああ、俺には現実世界に彼女がいる。だから、帰らなきゃいけないんだ」と。
ナイン……。私は知っている。
あなたが嘘をつく時、視線を右に逸らす事を。
間違えて、少しアルコールを飲んじゃったけど、今の思考は正常よ。
── 本当に、嘘をつくのが下手なんだから。
きっと私を気遣ってくれてるんでしょうね?
本当に優しいんだから。
── だから、騙されてあげるわ。
その代わり、最後の時まで傍にいさせてね。
氷だけになったグラスが『カラン』と音を立てる。
「そう。じゃあ、私は諦めてあげるわ! 現実世界の彼女と上手くいくといいわねっ!」
ナインは私の言葉に顔をしかめ、『ああ…気持ちは嬉しかったよ…アクム』と、呟いた。
タイチョーは何か言いたげだったが、言葉を呑み込むように残ったビールを一気に飲み干す。
── 私達の旅はもうすぐ終わる。
アズサとトオル、両親だけでなく世界を守るために、私の意識は消える。
きっと、本当の世界に住む私は、アルトに出会う事もなく、何も知らないまま日常という幸せの中で過ごしていくのだろう。
私はこの世界で、ナインに出逢えた事が幸せだったと思う。
「なんや、暗い顔して。今日はうちの奢りやから、楽しくやろうや?」
私の質問のせいで気まずい雰囲気となってしまった。
まわりの喧騒と相反して、この場だけがまるで、置き去りのように静まり返っている。
「ラストオーダーのお時間ですが」
同年代と思える男性店員がオーダーを取りに来るが。
「今日はお開きにしよか。明日から大変になるからな」
そう言う彼女の緑の瞳には、母が子を見るような優しさが宿っていた。
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ホテルに向かう帰路の途中、スピーカーを搭載したモビリティとすれ違った。
スピーカーからは『中央塔を破壊頂けた方を探しております。お礼がございますので、庁舎のハシダまでお越しください』と、アナウンスが流れていた。
「なあ、自分勝手で悪いけど、明日ハシダの所に行っていいか?俺一人でいいから」
ナインが、私達に問い掛ける表情には決意の様なものが感じられ、それがお礼目的でない事は容易に伺い知れる。
「別にかめへん。じゃあ、明日は昼ごろ出発しよか。うちらの部屋に集合や」
リヴィアはそう言うと、私の側に来て囁いた。
「ナインと思い残すこと無いように今夜は宜しくやったらどうや?」
リヴィアには私達の想いは、お見通しなのだろう。 彼女とは同室だったが、『邪魔者は消えるさかい、後は若いお二人で…』と、まるでお見合いの仲人の様な言葉を述べ、ニンマリと笑った。
リヴィアの過激な配慮に対し私は、
「いいのよ、それより、あなたに教えてほしい事があるの」と、返した。
部屋に戻るなり、リヴィアが口を開く。
「なんで、人間はややこしい事が好きなんや?うちには理解出来へん! アクムはナインの嘘見抜いてるんやったら、そう言って最後まで二人でラブラブしたらええやんか!」
ベットに腰掛けたリヴィアが、自分の青い髪をクシャクシャ掻きながら呟く。
「だから、そういうのが人間なんでしょ。相手を気遣って、自分が最良と思える選択をして……。成功と失敗を重ねる事しか前に進めないのよ」
リヴィアは私をまじまじと見つめると言った。
「不憫な生き物やな」
私はリヴィアに質問を始める。
「ところで…。今更だけど、あなたは何者?目的が何なのか確認しておきたいわ」
協力してくれるのは間違いなさそうだが、その先の目的はまだ聞いていなかった。そして、彼女の得体の知れない力には一抹の不安が残っている。
「ウチは、なんで生まれたかは自分でもわからん。 ただ一つ言えるのは、『平行世界に危害を与えうる事象の消去』っていう創造主の使命を受けた『思念体』って事や」
── 平行世界?現実世界の事かしら?
返答していない私に対し、リヴィアは話を続ける。私の思いを読み取れるのだろう。
「それは違うわ。しゃーない、つらい定めを背負うアクムちゃんには真実を教たろう」
いつもの笑顔でリヴィアの口から話された内容は、私の理解が遠く及ばない内容だった。
「うちの目的は、簡単にいえば均衡や。世界のバランスって言うんかな?そう言えば、大昔にアトラ…ん?なんて言ったかな、大陸一つまるごと消し去った事もあったな」
── とんだ破壊神じゃない。
「いいや、慈愛に満ちた女神さまやで。だって、本当はあんたらの言う『現実世界』を海に沈めるのが使命やったからなぁ」
その言葉に私は絶句する。
「リヴィア…どういう…事?」
その問いにリヴィアは八重歯を覗かせ、
「よし、こうなったら『答え合わせ』や!みんなにも聞いてもらおか」
そう言い、指を鳴らした瞬間。
「なっ!?」
私のベットの上にタイチョーが現れた。
そして……私の目の前に。ゾウさん?
「うあぁああ!アクムのエッチ!!」
そう叫ぶ、素っ裸のナインが。
「あっ、ああ……ナインのバカァー!」
つい、目の前のゾウさんを蹴り上げてしまった。




