第48話 ミームの脅威
【 LOG:タイチョー 】
ナインが茫然自失となり、まるで別人のようになってしまった。年長者の自分が、彼にかけるべき言葉すら見つけられず不甲斐ない限りだ。
ナインは結局、昨晩から戻ってきていない。
何事もなければいいが……。
それにしても、ユダ殿の言葉には驚かされた。
まさか、この現実が作り物だとは……。
もしそれが本当なら、両親は無事ということになる。
今ここにいる自分の意識が消えるのは正直怖い。だが、本当の世界が守れるならば大した問題ではない。
現実世界を救うためにも、ナインには立ち直ってもらわなければならない。
ところで、このホテルの朝食は絶品だ。さすが、かつて「天下の台所」と呼ばれただけのことはある。
特にこの「タコのみ焼き」は別格だ。
お好み焼きにタコが入ることで旨みが倍増している。アクムさんも朝早く出かけたので、食べていないだろう。
ナインとアクムさんの分を取っておいてあげよう……。
「ただ、一人きりというのは寂しいものだな!」
独り言のつもりだったが、前に座っていた宿泊客が驚いてこちらを見た。声が大きすぎたか。
頭を掻きながら会釈をし、残りのタコのみ焼きに手を付けたその時だった。不意に激しい揺れが襲ってきた。
「きゃあ!地震よっ!」
テーブルにあった食器が床に落ち、陶器が割れる音と宿泊客の悲鳴が朝食会場を満たしていく。
「皆さん、落ち着いて!慌てると怪我をしますよ!順序よく外に避難しましょう!」
こういう時、自分の大声は役に立つ。瞬く間に会場内は落ち着きを取り戻した。
とはいえ、揺れはまだ続いている。ホテルの免震装置が許容を超えるほどの揺れなのか?
宿泊客を避難させ、自分も外に出た時には、すでに揺れは収まっていた。
だが次の瞬間、「ぎゃぁぁぁー!」という何人もの叫び声が響く。
── 何が起こっている!?
声のする方向へ駆けつけると、そこにはとんでもない光景が広がっていた。
「なんだ!このミームの数は!」
幹線道路の中央、破壊された地面から無数のミームが湧き出し、人々を襲っていたのだ。
「なんて事だ!」
武器を持っていたのは幸運だったが、中央塔が封印されているため、力が十分に出せない。それでも、見過ごすわけにはいかない!
弱点は確か、中心だったはずだ!
「うおおおおお!」
ミームの中心をめがけて武器を突き立てると、
「ブシュウゥゥ……」
ミームは白くなり、動きを止めた。
── よし!戦える!
「皆さん!急いでここから離れてください!」
パニック状態の人々に向かって精一杯叫ぶと共に、辺りに蠢くミームの注意も引けた。
だが……。
「なんて数だ……。100体はいるか!?」
次々とミームの中心を狙って攻撃を繰り返すが、
「くそっ!数が多すぎるぞ!」
数体は倒せたものの、あっという間に囲まれてしまった。
「まいったな。これは万事休すってやつか?」
ミームの群れが四方からジワジワ迫るなか、武器を握る手に汗が滲む。
もうダメかと思ったその瞬間、目の前のミームが青い炎と共に蒸発した。
「タイチョー!大丈夫っ!?」
そこには、刀に青い炎をまとわせ、次々とミームを灰にしていく女性剣士の姿があった。
「アクムさん!助かりました!」
尋常ではない速度と火力でミームを圧倒するアクム。以前とは比べ物にならないその強さに目が奪われてしまった。
「どうしてミームがこんなに……。タイチョー、みんなを避難させてあげて!」
アクムが振り抜いた刀から青い炎を纏う衝撃波が放たれ、退路を切り拓く。
「皆さん!こっちです!」
残っている人に避難を呼びかけて誘導を始めた時だった。信じられない光景が目に飛び込んできた……。
「ナインっ!!危ないっ!!」
自分の声にアクムも反応して目を向ける。
そこで目にした光景は。
── ナインが。ミームに飲み込まれた瞬間だった。
「ナインっ!!」
アクムがミームに突進し拳をねじ込む。そして、ミームの核を握りつぶすと白く変色し活動は停止した。
「ナイン!どこにいるのっ!」
アクムがミームを慎重に切り刻むが。
「ナインが……いない……そんな……」
そんな呆然とするアクムを、残ったミームが取り囲み襲い掛かる。
「アクムさん!危ない!」
無数のミームが彼女を覆い尽くす。が、次の瞬間、すべてのミームが消し飛んでいた。
そのアクムの太刀筋は、自分にはまったく見えなかった。
ミームはすべて殲滅されたが、ナインの姿が見当たらない。目の前が真っ暗になるような絶望感が押し寄せてくる。
「ナインが……いないの……」
アクムの表情は硬く、彼女はなおもミームの残骸を弄り、粘液まみれになりながら探し続けている。
その時、不意に聞き慣れた声が背後から響いた。
「心配せんでええ!ナインは生きとる」
いつの間にか、アクムの隣にリヴィアが立っていたのだ。
「どういうことなのっ!?ナインはどこに!?」
アクムがリヴィアの肩を掴み、問い詰める。
「アクムちゃん、そんな怖い顔せんといて。せっかくの美人が台無しや。ナインは……」
不意にリヴィアの言葉が途切れる。
話の途中、彼女は空を見上げると独り言のように呟いた。
「よくここがわかったやないの……」
そしてアクムに向き直り、「ちょっと知り合いから連絡や。説明はあとでちゃんとするから、先にホテルに帰っとって」と告げると、リヴィアの姿は霧のように消え去った。
「ちょっと!リヴィア!どこ行ったのよっ!ナインは無事なの!?」
アクムは叫ぶが、その声は空に吸い込まれ、返答はなかった。