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第38話 襲来

…………………………………………………

      LOG:ナイン

………………………………………………… 


『アクム!ナイン!気をつけろ。『イーライ』が近づいている!』


 突如、PICTからウラギリモノの緊迫した声が響き渡った。


「『イーライ』ってなんだ?」


 俺が問い返すと、ウラギリモノは鬼気迫る声で答えた。『お前たちが『触手の天魔』と呼ぶ、超越体だ!』


 それは、メゾ・シールズが林に消えてから一刻が過ぎた頃、ウラギリモノとアクムがPICTで近況を報告し合っている最中に起こった出来事だった。


「『イーライ』だけでなく、『ミーム』の変異種も複数検出されている!状況はかなり厳しい!」


 ウラギリモノの声から、事態が逼迫していることは明らかだった。しかし、それでも彼がここまで慌てるのは、ただごとではないということか。


「みんな!自分は中央塔が封印されているから、回復が使えない!逃げた方がいい!」

 タイチョーが叫ぶが、しかし、アクムは林を鋭く見据えたまま静かに言った。


「もう手遅れのようね……」


 俺たちの目の前に現れたのは、『触手の天魔』

そして──


「まさか、あいつらは!」

 林の奥から現れたのは、メゾ・シールズを模したピンク色の生物とミームの大群だった。


 触手の天魔が不快そうに言い放った。

「そういうことだったのね。ウラギリモノのユダだなんて、上手く言ったつもりかしら? 腹立たしい!」


 俺たちの通信を傍受していたのか? いや、それにしても何を言っている?ウラギリモノとユダさんは別人のはずだが。


「メゾ・シールズのみんなに何があったの……?」アクムも気づいたのだろう。ミームが擬態するということは、すなわち対象を飲み込んだということだ。それを悟ってかアクムの顔が青ざめる。

 そんな彼女に追い打ちをかけるように、触手の天魔が嘲笑した。


『お前たちの知り合いだったの? まあ、どうでもいいじゃない。ゴミの一つや二つ』


 その言葉に、俺の中で何かが切れた。

「ふざけるな!一体何様だ!」

 怒りに震える拳を握りしめながらも、触手の天魔は薄笑いを浮かべた。


『それより、あなたの『能力』をいただくわ。とっとと死になさい』

 その時だった。隣で激しい熱量が巻き起こった。


「許さない…絶対に…!」

 アクムの刀が青い炎に包まれていた。彼女は一瞬で大地を蹴り、触手をかわしながらミームを次々に灰燼にしていく。その速さは、カグラからもらったインナーの性能もあって常軌を逸していた。


 アクムの熱気で冷静さを取り戻した俺は、タイチョーに向かって叫んだ。

「タイチョー、隠れていてくれ!」

 タイチョーの周りに防壁を展開すると、彼の声が途切れながらも聞こえてきた。

「自分も一緒に戦…」

防壁が完成するとタイチョーの声は消えた。


「覚悟はいいか?」俺は触手の天魔を見据えると、左手で石の弾丸を連射しながら、右手で緑の矢をイメージする。天魔は弾丸を軽々とよけ、俺に迫る。 そして、緑の矢を放つも──


『危ないわね、でも遅すぎるわ』

 矢は簡単にかわされ、虚空に消えた。


── 遅いだって?!


 なら、もっと速く、もっと鋭く!

そう願い、俺は針のような『弾丸』をイメージする。回転を加え、スピードは最大限、いやそれ以上だ!

「当たれ!」

 打ち出された針のような石弾が、音を立て天魔に命中するが──


『この程度? ああ!ムカつく!』


「この威力でも駄目なのか!?」

 悔しさのあまり、唇を噛み締める中、天魔の背後からアクムが鬼のような形相で飛びかかった。だが、俺はその瞬間、叫んでしまった。


「アクムッ!危ない!」

 天魔は背後を見ていないはずなのに、触手がアクムに襲いかかる。そして──


 触手の先端がアクムの胸に突き刺さる瞬間が、スローモーションのように見えた。


「そん…な。 アクムが」

 俺の頭は真っ白になる中、触手の天魔が歪んだ表情で『何なの?この硬さは?』と呟き、その虹色の瞳をアクムに向けた。

 カグラに貰ったインナーに助けられ、アクムの胸に天魔の触手が貫通しなかったのだ。

 わずかな安堵を得るが、アクムの手から離れた刀が俺の近くの地面に突き刺さり、彼女は後方に吹き飛ばされてしまう。

 その脱力した様子は気を失っている事を示していた。


「まずいっ!ミームが!」

 その先にミームの大群が待ち構えている。

── 間に合わない!

 俺は駆け出すも、まるでスローモーションの様にしか動かない風景。

 待ち構えるミームが一斉に口を開け、尖った牙があらわになる。


 俺がもっと…もっと強ければ!

そう、切に願った……その時。

── 頭の奥底でスイッチが切り替わる感覚が。


 不意に俺の意思とは無関係にイメージが湧き上がっていく中で、「あ…頭がッ……!」目から入る情報の多さが耐え難い苦痛と化していた。


 時間の流れが緩やかになる反面、脳内に送り込まれる膨大な情報。

 身体が乗っ取られた様にイメージが勝手に構築されてゆく。

 気づけばアクムの周りに防壁が展開され、その姿を覆い尽くすと同時にミームの周りに複数の輝く球体が浮かんでいた。


 刹那、幾多の放電が起こり、一瞬のうちにミームを焼き尽くす。

 ── なっ…何が…起こった……?

 

 その様子に目を見開く天魔。

『この力は、アルト?!』

 

 そんな天魔に向けて俺の意思とは無関係に、電流を纏った矢が放たれる。

 命中と同時に悲鳴をあげた天魔の動きが止まった。



── 頭の中を埋め尽くす情報量に呑まれる中、自分の息遣いしか聞こえず、俺は苦痛の中で動きに身を任せる他なかった。

 気がつくと俺は右手にアクムの刀を握りしめていた。


── いつの間に!?

「駄目だ!行動に思考が追いつかない!!」

 

 意識が追いつかないまま、振り抜いた刀から放った緑に輝く衝撃波は、天魔を瞬時に塵と化していた。


「な、何とかなった…のか?」

 頭の激痛で意識が朦朧とし、身体もバラバラになりそうだ。

 薄れ行く意識の中で、『アクムとタイチョーの防壁を解除してやらないとな…』と思い、そのまま俺の意識は暗闇に沈んでいった。


……………………………………………………


── あなたは強い。


『誰の声だ?』


── もし私を…あなたの大切な人達を。見捨て

ないと世界が救えないとしたら。あなたはどうする?


『それは……選べないよ』


── お願い、私と共に生きて。


『だから、誰なんだ?』


── あなたは瑞夢より悪夢を選ぶのね。


『俺は、アクムが好きだから』


── アクムと世界。あなたは、どちらを選ぶのかしら?


『それは……』


……………………………………………………


 その後、暫く暗闇を彷徨った俺は、左手に細くふんわりした感覚に引き寄せられていった。

 目を醒ますと白い天井と俺に繋がる医療機器が見えた。

「ここは病院……か?」

 すぐ傍には俺の手を握り、ベッドに頭を預けたまま、座りながら眠るアクムの姿があった。

「気を失ってから、ずっと看ててくれたのか…?」

 上半身を起こすと、ソファーで眠るタイチョーの姿も見える。


── どれ位眠っていたのだろう。

 あの、強烈な頭痛は無くなっているが、身体の節々が痛む。


「んっ…な!ナイン!気がついたのね!」

 アクムが目を覚まし、泣きそうな表情で声を掛けてくる様子に「大袈裟じゃないか?」と、返したものの、どうやら俺は1週間程眠り続けていたらしい。


「心配かけて悪かった。アクム、ずっと看ててくれたんだな…ありがとう」

 アクムの顔色は悪く、目の下にはクマも出来ている。悪いことをしたなと、アクムの細い指を握り返した。


「ナイン!気が付いたのか!良かった!!」

 目を覚ましたタイチョーの大声が部屋に響き渡る。

「タイチョー、病院では『お静かに』だぜ?」

「その様子なら大丈夫そうだな!」

 タイチョーが安堵の表情を浮かべるが、アクムと同じくクマが出来ていた。


「本当に済まなかった。もう、俺は大丈夫だから、二人とも休まないと」


「本当にナインはお寝坊さんね。1週間も眠り続けるのはこれで2回目よ」

 ──最初にアクムに出会った時の事だろう。

アクムは冗談混じりに言おうとしたのだろうが、その声は弱々しかった。


 その様子を見てか、タイチョーがアクムに向け話した声は穏やかだった。

「何度も言うが、アクムさんは悪くない。あの時こうしておけば、こう言っておけばと、後悔する事なんて生きていく上で山程あるもんだ。きっと、メゾ・シールズの3人も恨んじゃいない」


 その後、タイチョーから聞いた話では、俺が気を失ってからの出来事は辛いものだった。

 俺が触手の天魔とミームを倒したあと、擬態していたミームの死骸の中から『染人』となった、メゾ・シールズ達が現れたのだと。

 それでいて、手には『ガソリン』の入った容器を持っていたらしい。

 そして、アクムは3人を……。

その後、ずっと『一緒に行っておけば』と、後悔しているのだという。


「なあ、アクム……君は優しい。だから、これだけは言っておきたいんだ」

 俺の声にアクムの弱々しい視線が向けられる。

「全ての責任を一人で背負い込むな。君の抱える辛さを、俺も共有するから」


 アクムは必死に涙をこらえ、俺の手を痛いほど握りながら、つぶやいた。

 しかし、その内容について俺には理解が出来なかった。


「本当のメゾ・シールズさん達に会えたら、お礼をいってね…お願いよ。ナイン……」

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