第22話 オリュンポス
──ここは……?
目の前には、見覚えのあるゴツゴツとした岩壁。
──この場所に……来たことがあった。そう、ずっと昔の記憶だ……。
確か、小学生の時だったか。貴志たちと隠れんぼをして、この神社の境内の裏手に隠れていたんだ。 そして、そこで見つけた……。
蛇のような何かを──。
その長い体はとぐろを巻き、緑の光を放ちながら静かに輝いていた。
眠っているのか、一切動かない《それ》に、俺は手を伸ばして……。
指先が触れた瞬間、まるで雷に撃たれたかのような衝撃が体を貫き、視界が暗転して……。
そして最後に聞こえた言葉。
『あかん!この子、許容量超えて死んでまう……!』
── これは、俺の記憶……?
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「……アルト、アルトッ!!」
その声にハッと目が覚める。
「大丈夫!?アルト?」
逆光が目を刺す中、ユノらしきシルエットが俺を上から覗き込んでいた。
──ああ、無事に侵入できたのか……。
まだ頭がぼんやりしているし、変な夢を見ていた気がする。
「大丈夫だよ。ところで、ユノ……ズイムの姿になったんだな」
緑の髪と瞳……それは、ジェネシスで対戦時と同じ姿だった。
「見た目はズイムだけど、中身はちゃんとユノよ」そう言って、ズイムが微笑む。
「アルトは対戦の時とは姿が違うのね。こっちの方がカッコいいよ」
ズイムの姿で照れくさそうな仕草をするユノに、思わず笑いそうになる。クールな見た目とのギャップ。それもまた良し。
俺の服装は黒を基調としたもので、ジェネシスでの装備とは違い、剣士タイプのものだった。
「俺は本来、接近戦が得意なんだ。このぐらいの武器が一番しっくりくる」
左腰にある短めの刀を握ると、確かな質量がそこにあった。
周囲を見渡すと、本当にここが仮想の世界なのかと疑うほど、現実と変わらない。
風に揺れる草花、俺たちを覆うように伸びた枝葉の隙間から見える澄んだ空、そして降り注ぐ眩しい木漏れ日……。すべてがリアルすぎる。
さらには、嗅覚や触覚までもが感じられるこの世界では、まるで実体を持っているかのような感覚だった。
試しに、電気の玉をイメージしてみる。すると、目の前にバチバチッと難なく現れた。
「さすがにこの格好だと目立つわね。早くヤナセさんたちと合流しましょう。この先に高校があるんだけど、その地下にアジトがあるわ」
周囲を警戒したようなエリの声に振り向くと……。『誰?!』と思わず口に出しそうになり、慌てて堪える。
その姿は丸眼鏡にフリフリの衣装。そして年齢も小学生くらいに見えるエリ。まるで別人だ。
……年齢を誤魔化す必要はないと思うけど、確かに目立ちすぎだな。
堤防を越えると、高校らしき建物が目の前に現れる。グラウンドでは女子サッカー部だろうか、「パス!パースッ!」と元気な声が響いている。
その時だった。俺は誰かの視線を身に感じた。敵意は感じられないが、観察されるような感覚。しかし、辺りを見渡してもその主を見つけることが出来なかった。
「どうしたの?」
見上げて来るエリに「なんでもないよ」と返すと、ズイムの後に続いた。
堤防を下りると、ブロック塀が並んでいる。この上が先程のグラウンドになっているようだ。
「右から3番目のブロックに……」
エリが辺りを伺い、ブロックの一つに手をかざすと、入り口が現れた。
「さあ、行きましょう」
薄暗く狭い通路を、エリが小さな足で歩いていく。
「この姿、本当は好きじゃないんだ」
エリの声が反響する。
「でも、本来の力を出すためには仕方ないんだけどね……」と、溜め息が聞こえた。
通路の突き当たりにある鉄製の扉を開けると、「ギイィ」という音と共に、大きな声が響いた。
「待ってたぞ!救世主!」
それに続いて、「あなたが……よろしくお願いします……」と、か細い女性の声が聞こえる。
声の主は、トヨダとヤナセだった。カプセルに入っていた二人がここにいる。二人とも期待に満ちた表情で俺を見つめていた。
「はじめまして、アルトと申します」
……人に期待されるって、こんなに気分がいいものなんだな。でも、その期待に応えられるだろうかという不安も同時に湧き上がってくる。
トヨダさんはカウボーイのような恰好、ヤナセさんは女スパイのような姿でそれぞれ自己紹介をした後、ここ1週間のオリュンポス内の動向について報告を始める。
「とにかく、目立った動きはないが油断するな!いつ何が起こるかわからん!」と豪快に笑うトヨダさん。
「それで、中央塔への潜入計画はどうなってます?」ユノが二人に尋ねると、ヤナセは落ち着かない様子で口を開いた。
「今日はクリスマス・イヴで人通りが多いけど、ちょうどジェネシスの全国大会決勝があるから、皆さんの服装も目立たないと思います。コスプレイヤーも多くいますので。 そこに混ざり18時ごろに潜入するのがベストかと……」
(18時か……結構時間があるな……)と、PICTから時間を表示させると16時を表示していた。オリュンポスへの侵入に時間がかかったのか、4時間の時差があるようだった。
「時間もあるし、一杯やるか!」
トヨダさんがビール瓶をテーブルにドンッと叩きつけると、「あ、それ美味しいやつ!」とエリが嬉しそうにする。……って、あなた未成年ですよね?
「アルト、安心しろ!これはビールじゃなくて、『コドモdemoノミモノ』というジュースだ。ワシはアルコールが飲めんからな!」とトヨダさんが豪快に笑う。
「ポテチもありますよ」ヤナセさんが袋を取り出す。
緊張が解け、皆で笑い声を上げる。……良かった、いい人たちだ。クリスマスパーティーのように見えるかもしれないが、話している内容は潜入の打ち合わせだ。
計画が決まり、出発の30分前……。
「あの……少し練習できる場所はないでしょうか?」
身体の動きに問題はないが、念のため確認しておきたい。
「隣の部屋にトレーニングスペースがある。ちょっと手合わせしようか!」
トヨダさんが両手を勢いよく叩き合わせ、「パン!」と音を鳴らした。
その部屋は鉄板で囲まれた無機質な空間で、かなりの広さがあった。
例え爆弾が爆発してもびくともしないらしい。
トヨダは二丁拳銃を手にし、器用に指先でクルクルと回している。
もちろん、訓練用の非殺傷弾を使ってくれると言ったが、その後に呟いた『多分、死にはしないさ』という言葉に不安を感じた。
「アルト!手加減してくれよ!これでも愛しい妻子持ちなんでな!」
そう言いながら笑うトヨダさんだが、その目には鋭い光が宿っている。
「ある程度なら治癒できますが、あまり無茶はしないでくださいね」
エリが心配そうに声をかける。周りの皆も固唾を飲んで見守っていた。
突然、銃声が響いた!
反射的に身をかわすが、頬に焼けるような熱さが走る。
──不意打ちか!
だが、実戦ではむしろ当たり前だ。ありがたい教訓になる。
「さすがだな!」
トヨダさんは口元に笑みを浮かべるが、目は笑っていない。
「よろしくお願いします!」
そう言い放ち、俺は『空間消去』で一気に接近し、威力を抑えた峰打ちを浴びせた。
そのまま重力を操り、天井へと飛び移る。そこから電撃の球体を放つと、脚に命中しトヨダはうつ伏せに倒れた。
それにしても、体の反応速度がすごい!ジェネシスとは比べ物にならない程に。
視界の片隅に、ユノが驚いた表情でこちらを見ているのが映る。
「と、とんでもねえな……」
トヨダが地に伏せたまま呟く。
「だが、これで安心した。いけるぞ!」
彼の顔に嬉しそうな笑みが浮かんでいた。




