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第19話 ガーディアン

 自動運転タクシーのスピードメーターが190キロを表示し、窓の外は街の明かりが光の帯の様に流れていく。

 飛行許可が間に合わなかったのか、陸路走行を続けていたが車内は実に快適なものだった。


 その中で、俺は送られて来た『ガーディアン』の資料を見ていた。構成員は6名、所長の本田 改世を筆頭に30代の湯田、本田という名の男性が2名、柳瀬という女性1名、19才の絵里という女性、そして、ズイムこと由乃は年下の15才であるという事実には驚いてしまった。


 住所までは記載されていないものの、タクシーが向かうルートから、S•ナガノを目的地としている事が窺い知れる。

 おそらく、この速度なら2時間も掛からないだろう。


 両親には貴志の家に泊まるとメールしておいた。勿論、貴志には口裏を合わせて貰うよう、依頼済みである。

 万が一の為、『ガーディアン』の情報も、3日経過後に、回覧が出来るようにロックを掛け貴志に転送しておいた。


 貴志に説明する際、どうしようか迷ったが勝手に彼女とお泊まりデートと勘違いしたようで、最後に「お前の秘密は命を懸けて守ったる! 今度、彼女紹介しろよ! そんでもって…頑張れ!」と、言ってくれた。

 彼女はいない為、少し心が痛んだが、この様子なら大丈夫だろう。


 念の為、由乃と動画通話をして虚偽のデータでないと確認できたことからも、要らぬ心配だったのかも知れないが。

 PICT越しにみた由乃は『ジェネシス』のキャラクターを幼くしたような少女で、ツインテールの髪型も相まって更に幼く見えた。実際は、俺と1つしか変わらないのだが…。

 彼女は、「はじめまして…だよね」と、部屋の中で嬉しそうな表情を浮かべていた。


 そうこうしているうちに目的地に辿り着いた。予想通りに到着したのはS•ナガノの…… 大きな屋敷だった。

 3メートル位の高さだろうか、大きな門が自動で開き、その中にタクシーがゆっくり滑り込んでゆく。


 今ではマンションなどの集合住宅が殆どの為、こういった大きな屋敷は珍しい。

 周りを見渡すと敷地内は全体的に緩い照明に照らされており、幻想的な風景が目に映る。

 車道の脇には様々な花が咲いており、玄関の前には、水が出ていない噴水もあった。


 車が玄関に到着するや否や扉が開き、ひょろっとした白衣の男性と、由乃、艶やかな髪が印象的な美しい女性の3名が出迎えてくれる。

 白衣の男性が改世、女性は絵里と名乗り、それぞれお礼を述べてくれた。


 その後、通された部屋は応接間と云うのだろうか?「少しお待ちください」と、巨大なテーブルに1人残されたが、妙に落ち着かず部屋を歩き回る。

 結構古い建物のようだが、掃除が行き届いており、清潔さと風格が漂っていた。


『ボーン…』と大きな振り子付きの置き時計が音を響かせる。

 何気なくPICTを起動すると、両親から『貴志君のお宅に迷惑を掛けないように』というメッセージが届いていた。

 子供がこの国を救うって時に、暢気なものだな…と、内心ほくそ笑むものの、まだ実感が湧かないのも事実だった。

 まるで他人事の様に、遠くの国の、おとぎ話を読んでいるような感覚ともいえる。


 暫くして、『ガチャ』っとドアノブの音が響き、先ほどの3人が何やら機材を抱えて姿を見せた。

「本当にこんな夜分、お越しいただきありがとう。重ねてお礼を言わせてください」

 改世が白髪交じりの頭を下げたので、俺も合わせて頭を下げた。


「お疲れとは承知しておりますが、早速、現状の説明と今後の作戦について説明させて頂きたいのですが…」改世が落ち着いた口調で話し始める。


「お願いします」

 非日常の出来事の為か、疲れは一切感じていない。 改世の話の続きを促すと、後ろから絵里が「どうぞ」と湯気の立っている紅茶を出してくれた。


 絵里を初めて見た時、綺麗な女性だと思ったが、どこかで…見た事がある様な気がしていた。

 ふと、彼女の左手親指の付け根辺りに『ELI』というタトゥーが垣間見れ、何故、自分の名前を? と不思議に感じるも、話し始めた改世の言葉に疑問はすぐ消え去ってしまった。


「我々の組織についてはおおよそ確認頂けたと思っていますが、由乃がお伝えしたように電子上の警察と云ったところです。 現在、AI『ユーピテル』が人間の意識を乗っ取るという動きがあり、それも、近日中に決行される可能性が非常に高い」

 そう言うと、先ほどの機材から大きなモニターが映し出される。


 そこには、『オリュンポス計画概要』と銘打たれたタイトルと、内容説明が記載されており、続けて改世がこれまでの経緯を説明し始めた。


「まず、ユーピテルの存在するAI世界についてから話しておいた方がいいでしょう。これは、現実世界からPICTを経由し電子上に完全なコピー世界を創る事を目的としていました。その計画は『オリュンポス計画』と呼ばれます」

 改世は、どこか遠くを見つめるように、その成り立ちを話し続けた。

 

 オリュンポス計画の目的は、意識不明者や痴呆患者を対象として現実世界のコピー。即ち、AI世界であるオリュンポスに住む、自分自身のデータを脳に上書きする事で治療するといった医療プロジェクトや、オリュンポスの時間を現実世界より早めて起こりうる犯罪、事故等を事前に食い止めるという活用を目指していたらしい。


 ところが、約1年前からAI中枢システムの『ADM』がこちらからの干渉を拒絶。 自ら『ユーピテル』と名乗り独自の進化を進めるようになる。計画の凍結も行おうとしたが、ユーピテルはそれを拒絶、失敗に終わることとなった。


「そして、つい先月に『ユーピテル』より全人類の意識を上書きし、乗っ取ると宣戦布告を受けたのです」

 改世は唇をかみ、視線を俺に向ける。

「具体的な方法は分かりません……。時期も不明ですが、一刻の猶予も無い状況と考えています。ユーピテルの停止はシステム内部からしか出来ません。そこで、有斗君には由乃、絵里と共にオリュンポス(AI世界)に侵入、ユーピテルの破壊をお願いしたい」


 要は、ゲームのように『ユーピテル』というボスを倒すと云うことだろうか。それにしても、神妙すぎる様子に、一抹の不安が頭をよぎった。


「そして重要な事ですが、システム(オリュンポス)に侵入するには、精神全ての接続が必要です。つまり、向こうで死ねば、こちらの肉体も死ぬ事となります」


「えっ?!」っと、俺の口から声が漏れる。


「その点はリスクがありますが、危険な状況になれば、こちらからサルベージします。その点はご安心ください。しかし、この作戦が失敗すれば、進入ルートも遮断される可能性が高い。つまり、再度の侵入が出来なくなり、人類が実質上滅ぶ事となるでしょう」


 重い現実が肩にのしかかる。

少し軽い気持ちだったのかも知れない。事の重大さに息が詰まった。


「本当に大変な事とは承知しています。 ですが、あなたにしか出来ない事なのです!お願いです、人類を救ってください」

 そう言うと改世は深々と頭を下げた。


「接続後は『ジェネシス』と同じような感じなんですか?」

 俺の問いに「痛みや感覚は伴いますが」と、改世がゆっくりと頷く。


「……やりましょう」

 やらないと言った所で、待っているのは死なのであれば、覚悟を決めるのに時間は掛からなかった。


「ありがとうございます!」

「ありがとう!」

 応接室に響く3人の歓声。同時に安堵の込もった笑顔で俺を見つめていた。


 作戦決行は明日の朝、11時からに決まった。 その後、「遅くなって、ごめんなさいね」と、絵里が食事を用意してくれた。皆、俺の為に食事を待っててくれたのだろう。


「絵里ったら、有斗さんの所にお箸3本も置いてるわよ」由乃がフフっと口元を抑え笑う。


 絵里は見た目と違って、そそっかしい一面があるようだ。綺麗な人で気が引けていたのだが、何だか親近感が沸いてくる。


 4人で他愛もない話をしながらテーブルを囲む。

久しぶりに人と会話しながらの食卓に楽しさを感じるも、最後の晩餐にならないかと殆ど喉を通らなかった。


 食事が終わり、各自休む事となったのだが、

「ねえ、あなたの部屋にいってもいい?」

由乃から突然の言葉に口から心臓が飛び出しそうになる。


──この展開はまさかの?!


 内心、どぎまぎしながら平常心を装い、「いいけど、休まなくて大丈夫か?」と、素っ気なく答えるが、声が1オクターブ上がってしまった。


「ええ、もう少し、あなたが知りたくて……」


 ──ヤヴァい…俺のリア充が爆発しそうだ!

いや、待て待て!相手は中学生。

俺は犯罪者じゃあない!

 でもだ…貴志よ、彼女を紹介するという嘘は現実になるのかもしれないぞ……


 そんな妄想の中、あてがわれた部屋まで連れ添って歩く。

 その道程を俺は覚えていなかった。

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