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第18話 勧誘


── 何が起こったのか。

 全く理解が出来なかった。


 ズイムは俺の攻撃をことごとくかわし、間近に迫ったところに渾身の一振りを繰り出すも手応えが無く……。

 腹に続き、頭に一撃をもらった次の瞬間、風景がまるで線の様に流れた。


 立ち上がると歪んだ景色が目の前に映る。

どうやら、ズイムの攻撃で湖まで飛ばされてしまったらしい。

 これまでの対戦データは十分に分析したはずだ。しかし、見えない速度の攻撃なんてあり得ない。ズイムも実力を隠していたのだろうか?


「やっぱり強えぇ…」

まさか、これほど予定通りにならないとは、思ってもいなかった。

 感じた恐怖に、俺の視線はズイムから逸らす事が出来なかった。頭から水が滴り落ちるのを気にできないほど。


 このままでは負ける……。勝つ為の手段を組み立てなければ一方的に蹂躙される。と、気持ちが焦るが、ズイムは考える間も与えまいと凄まじい速度で間合いを詰めて来る。


 ── 試合開始直後、奇襲は成功した。 ズイムに一撃目がクリーンヒットした際、彼女は驚きを隠せない表情を見せた。と、ここまでは良かったのだが。

 続けざまに2発目を振り上げたが、ズイムは大きく後ろに回避、端から見れば吹っ飛んだように見えるだろうが、掠った程度のためダメージは無かっただろう。

 その後も冷静に組み立てた作戦通りの攻撃を行うも、人間離れした反応で躱されてしまい、絶賛ピンチ中に陥っている。

 

「濡れているから電撃が使えないと思ったかい?」

 そう口走ったのは、明らかな虚勢だった。

 ズイムの進撃を止め、バランスを崩せば直接攻撃を仕掛ける隙が生まれるかもしれない。と、願い放った氷の弾丸は、ズイムに打撃で破壊されてしまった。

「本当神がかってるよ……」


 ことごとく、打つ手を潰してくるズイムに、

ある意味尊敬すら覚える。

 ──だけど、こっちには将来が掛かっているんだ。 自分の将来は自分で決めるんだ!

 どこか吹っ切れた俺は、小細工無しの真っ向勝負を決意した。ズイムめがけ突進する、が、そこに居たのは水の粒子に投影された残像だった。

「しまった!」


 背後に気配を感じたとき、正直『終わった』と心の中で呟いた。

 しかし次の瞬間、予想外の行動に俺は戸惑うこととなる。

 ズイムに後ろから優しく抱きしめられ、彼女は言った。「聞いて……」と。


 ズイムの特技によるものなのか、それとも、本能なのか解らないが、身体が動かない。

 その中、ズイムは穏やかな声で言葉を続けた。

「このままではこの国は滅びる、あなたの力が必要なの、お願い、協力して」


「一体何を……言って?」

 突飛押しのない言葉に頭が混乱する。


「信じてとしか今は言えない。でも、本当の事なの、詳しくはあとで伝えるわ。滅びの未来を一緒に救って……」

 その声は、不思議と切実な思いが伝わってきた。


「連絡先は送ったわ。またあとで…」

 ズイムはそう言うと、抱きしめていた腕を放した。

「あ、ああ、でもこの勝負キッチリ付けさせてもらうよ」

 反射的に距離を取り、視界に捉えたズイムの表情は穏やかで、優しげで。しかし、その瞳の奥には氷の様な冷たさも潜んでいた。


 ── この国が滅びる? 俺の力が必要?

ズイムが語った内容が頭に反芻するが、それを振り払い杖を構え直した。


「時間がないの…すぐ終わらせてあげる」

ズイムの言葉から決着を着ける意志を感じ取る。

 同時に、このままでは負けると直感が知らせる。


 ── 使うしかないか、あの技を。

 それは遠距離攻撃の練習をしていた時だった。 偶然に発現した特技で、ゲーム内全領域が対象、ダメージ量は計測不能というものだった。

 その時は強力な特技と喜んだのも束の間、ゲーム内にエラーが生じ、強制終了してしまったが。

 

「チートみたいで、本当は使いたく無いんだけどな…」

 イメージを送り込んだ杖が淡く緑色に輝き出す。


 瞬間、ズイムの表情が凍りつき、「あの色は!!マズいっ!」と叫ぶと形相を変え襲いかかってきた。


 ズイムの攻撃スピードがさらに増し、拳に至っては消えたかの様に目視すら出来ない。

 急所を守り、致命傷を貰わないようにするのが精一杯の中でイメージを構築し続けるも、いつ負けてもおかしくない程のダメージが蓄積されていった。


 ── 消し飛べッッ!!

俺が心の中で叫び、特技を発動させた瞬間。

ズイムの一撃が勝負ありを告げた。



 画面がブラックアウトすると、目の前に『Lose』という言葉が表示された。


「負けてしまったか」

 大きく息を吸い込み、ゆっくり吐き出すと、まるで今まで呼吸を忘れていたかのように、体中に血液が巡るのを感じた。


 不思議と悔しさよりも、清々しい気持ちが勝っていた。それより……。


「嘘じゃなかったんだ」

ゲームを終了しホーム画面に戻ると、そこには『新着メール1件』の表示があった。


『この国を救って…』

 ズイムの言葉が頭をかすめる。メールを開くと、そこには簡潔に電話番号と「お願い、連絡を」と、一文が添えられているだけだった。


 送付元は非表示となっており、幾分かの怪しさを感じつつも、ズイムの切実そうな言葉は演技とは思えなかった。


「連絡してみるか」

 念の為に発信元情報非通知とし、PICTから発信すると直ぐに接続され、ズイムの声が聞こえてきた。


「アルトさん?」それは、透き通った声だった。


「ああ、そうだよ、ズイムさんだよね」


「連絡くれたのね、ありがとう!本当に。 私の本名はユノと言います。鈴木 由乃」

 由乃という女性の声から嬉しさが滲み出ている。これが詐欺なら役者並の演技力だと言えよう。


「俺はそのまま、有斗と言います。早速だけど、説明してくれるかな?」


「ええ、試合中に話した内容は、信じられないと思うけど……本当なの。 近々AI世界からの侵略、災厄が起こるわ」


 AI世界からの侵略…? それを何故俺に? と、疑問が浮かんでくるが、由乃の話を先ずは聞こうと口をつぐむ。


「私達、いいえ、私の属している組織は公表されていないけど、秘密裏に国が運営している『ガーディアン』っていう機関なの。電子上の秘密警察って言えば分かりやすいかな?」


── 確かに、そんな機関は聞いたことが無い…。


「ガーディアンで調査の結果、AI世界の中枢頭脳『ADM』のコピーが、この国に反乱を起こす事がわかったの。そして、そのADMは自らを『ユーピテル』と名乗る様になり、わたしたちの現実世界に反旗を翻した……。 そのユーピテルに、このままだと全ての人間の意識が人工知能に乗っ取られてしまう事となるわ」


── 今、聞いている話は現実の話なのか?


「だから、ガーディアンはユーピテルの破壊を決定したんだけど、システム内に侵入して直接破壊するしか方法がなくて……」


「その話が真実として、俺に何故?」

 つい、口を挟んでしまった。 由乃は、うん、と相槌を入れ、「そこが重要なの」と続けた。

「システム内ではユーピテルの決めたルールを逸脱出来ない。つまり、ユーピテルを破壊する事が不可能なの」


「それって、つまり」

── 確かに俺は気づいていた。

『ジェネシス』で単発攻撃ダメージ上限が25%に対し、自分の攻撃は設定上限以上を出せる事を。


「そう、ユーピテルの破壊には、あなたの(ことわり)を超える力が必要なの。私たちは『あなた』を探していた。そして、やっと見つけたの。この国を救える力を……お願い、協力して! 組織から、報酬は望むままに用意するわ!」


 突拍子の無い話に『少し考えさせて欲しい』と、答えようとした矢先だった。「有斗君、始めまして。『ガーディアン』責任者の本田 改世カイセと申します。」と、男の声に代わる。


「本来ならお伺いしお願いすべきところ、非礼をお許しください。よくお考えに…と、言いたい所ですが、状況は急を要します。 勝手ながら、ご住所を調べさせて頂きました。 お宅の前に車を用意していますので、それで『今から』お越し願えないでしょうか?」


 あまりの急な話に言葉を失う。


「勿論、ご両親への説得は此方からも可能です。しかし、社会の混乱を避ける為、この内容を関係者以外にお話ししたくはないのです。事が上手く進めば明後日の夕刻までにはご帰宅頂けると思います。 勝手を申しますが、ご友人宅に泊まる等の理由立て頂き、手遅れになる前にお越し願えませんか?」


 会話の途中、PICTのメールが着信する。

「今、メールを送りました。我々『ガーディアン』の組織概要、構成員の写真と性別まで個人情報の極秘データとなります」


 これで信じろ、と云うことだろうか?

しかし、そんなものはどうでもいいと思えるほど、俺の中で熱い気持ちが溢れはじめていた。


 話を聞いているうちに芽生えた感情……。

 俺にしか出来ない、この国を救う役目……。


── 俺を必要としている。しかも……この国が!


「今から伺います」と、気づけば言葉を発していた。

 通信を終了させ、簡単に準備を済ませる。自宅マンションの前に出るとタクシーが停車していた。

 不思議と不安より、身に起こっている非日常な境遇を楽しんでいるのかのように胸が高鳴っていた。


 タクシーの前に立つと、前席のドアが開き、『お待ちしておりました、アルト様』と自動音声が流れ、俺は躊躇いもなく乗り込んだ。


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