3.軍団
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悪魔の彫刻家たちが、ロックイーターの吐き出した凝縮させた鉱物を用いた削り出しに精を出している。その様子を横目に、エイジは彫刻家たちに作らせた即席の椅子に座る。
そのエビルブックのページを捲る姿は、まさに勉学に励む秀才である。しかし、エイジにとってこれはゲームの説明書を読む作業と同じなのだ。
難しい表現を、隣のドリュアスセージになるべく簡単に訳してもらい頭に叩き込む。エイジたちは現在、詠唱による魔法やスキルの類が一切使えない。そんな不利な状態で無闇に探索に出ることなどありえない。
「エイジ様。御飲み物でございます」
「ハンゾウ……お前にはやるべきことがあるだろう?」
エイジは初めでは考えられないほど威圧的にハンゾウに問いかける。
「ハッ!付近の警戒はつつがなく――」
「言い訳はいい!」
激高して言い放つエイジに対し、ハンゾウは御意と一言返して踵を返す。水の入った杯をエイジの世話役のスケルトンメイジの手に乗せると周囲の警戒のため、コンノカミの社の屋根に飛び乗った。その身は震えていた。
それはエイジという小僧への怒りなどでは当然ない。主人の命なくては水を手元に運ぶ事もしない愚鈍で無能な今や魔法が使えないただのスケルトンに対しての苛立ちが少しと、それを圧倒的に凌駕するエイジが主としてあるべき姿であると、何事に対しても万全を期すハンゾウの理想の主人である事への喜びからであった。
下を窺い見ると彫刻家たちが一つ一つ丁寧に鉱物を加工している。床に柱、天井に屋根。そのどれもこれも完成すれば魔力を帯びた生きた彫刻となる。
魔法詠唱が出来ないのであれば無詠唱スキルで、との事だ。
ハンゾウは城の建築を提案したが却下された。エイジは安易な住居を目標としている。それでもかなり大きめのゴーレムになるであろう。
組み立てには多数のドワーフが取り組んでいる。瘴気の影響が薄くはなっているがそれでも休みなしでの強制労働はかなり堪えるのであろう。既にロックイーターに食い掘らせたゴミ捨て場には、大量のドワーフが投げ捨てられている。一定時間を置けば何度でも何度でも呼び出せるあの『ドワーフ呪術師の手鏡』が使用過多で壊れた場合も考えてか、その死体は一体一体が呪いの人形師たちにより加工されていく。
今まで式神札で呼ばれたのは、どれもこれも生産職関係の比較的戦闘能力の低いモンスターたちだが、その価値は今後のエイジ様に必要である物を確実に満たすに値するのであろう。
だがそれを考えても……だ。式神札だけではなく召喚紙にも、所持数に制限があることはハンゾウも理解しているが、だがそれにしても戦力の増強が遅いのではと思う。
今現在最も数が多いモンスターはどれも虚弱で低レベルの物たちばかりだ。大きな肉塊でしかないブロブが徘徊し、死したドワーフの肉を食らいながら巨大化や増殖し、人形師に作られたドワーフスケルトンパペットが整然と列を成す。
山の頂から離れた所では未だ成長するエビルプラントをインププランターのベラシュゴーが管理している。
辛うじて軍団と言えるのは、『ドワーフ呪術師の手鏡』とは違い自軍の配下として生み出す低レベル召喚アイテムで生み出したゴブリンやコボルトなどの亜人や獣人である。
それを山の瘴気の及ばない低高度の、ロックイーターに掘らせた洞窟内に住まわせ、エイジの召喚紙によりカスタマイズして生み出されたゲニンやロウニンなどの戦闘系統の職業のリーダーが纏めている。
後は彫刻家たちがエイジ様の住居を見繕ったら、本格的なゴーレム製造に入るのであろう。
しかし、これではゲーム時代でいえば低レベルなダンジョンそのものであろう。通行の邪魔でしかない低レベルモンスターの壁に、クエスト設定に書いてありそうな放置することの危険性(この場合は高レベルゴーレムの製造中ということ)。それではエイジ様はダンジョンのボス程度でしかない。
我が主人に相応しいモンスターがいない。それが不満であった。
もっと強大なドラゴンやら大悪魔、魔神もエイジは召喚出来る。
城など、騎乗用の魔獣の餌の調達がてらに攻めて乗っ取ってしまえばいいのだとハンゾウは考える。
ハンゾウの考えは間違っていない。詠唱系の魔法とスキルが使えなくともレイドボス級のモンスターであれば、劣化はあれどもドラゴンであれば強烈な範囲ブレス、大悪魔にはその強化のバフ弱化のデバフを広範囲で操る知略スキルに魔眼などの特殊スキル、魔神であれば軽く周辺の天候さえ変えるほどの地形効果が使える。
それらを仲間と共に倒してきて尚も高みを望み、詠唱を封じての純粋な戦闘技術を追い求めた主人。ハンゾウはそんなエイジの力に、ローカルルールでの戦闘中だけでもなれたことが誇らしかった。
――エイジ様をこんな辺境のダンジョンマスター程度で終わらせる気はない!
それが今のハンゾウの原動力である。しかし、ハンゾウも全ての力が出せている訳ではない。職業では全て詠唱の必要なスキルを全くとっていなくとも、種族特有の強制取得スキルの中でいくつか詠唱が必要な物がある。
遠隔透視や魔力視覚化や状態異常付加などの邪視である。
どれも常時発動のパッシブスキルや詠唱不要魔法では強すぎる問題のあるスキルなのでゲームでの時の設定の名残で詠唱での発動が必須なのだ。主人は、それを必要として己を創造なさったわけではないと知っていても、それが出来ればどれだけ主人の役に立てたかと苦悩せずにはいられない。
広範囲視界探索と地質調査などのアイボールメンの特殊スキル、または特殊魔法を展開する。
これらは、所詮ただ眼をよく見開いてみたり、知識としての部分のスキルであるためゲームでは大した価値ではない。
しかし、これらのスキルのお陰でハンゾウはゲーム内で作られたNPCでありながらこの世界での情報、特に地形の形成物や物品の鑑定などのただの現地種族ではなく、ある程度の知識層の持つような知識を持っている。
そのハンゾウを、今現在有能と至らしめる誇りである眼球に、異質なものが映り込んだ。
眼下の遥か下、ゴブリンやコボルトの先頭にいるのは小柄な体躯に長い耳に大きな鼻を持った醜い顔の生物である。
一見するとゴブリンの亜種や奇形であるその姿はゲーム『デモンズエッジ』には存在しない種族であった。
――ボガードか
ハンゾウの眼に宿る知識が教えてくれる。比べるならゴブリンよりも知恵があり、コボルトよりも自尊心があり、人間よりも礼節を重んじる種族だ。
その存在が、後ろの見えない森の中に控えているであろう他の種族の存在を匂わせる。ハンゾウは、それを注意深く観察しながら、エイジ様へお伝えすべきかどうかを考える。
その姿は斥候そのものである。足音をたてないようにゆっくりと、それでいて素早くエイジ配下の亜人の巣に近づいている。何度か覗き込むようにして中を窺うと、そそくさと森の中へと消えていった。
亜人たちには付近の集落を襲わせてはいない。エイジ様の命である。
洞窟の中では腹をすかせた亜人たちが極少数で構成された食料調達班の持って帰るであろう動物を待ちわびている。
これはエイジ様の御考えである。山の付近にこの世界でも目立たないであろうレベルの種族を繁栄させ、この地がどの程度周辺に監視されているのかを確認するためだ。
目論見通り、おそらくはモルド・ラ・ムサ辺りの町のパトロールの領域に引っかかったのであろう。
――後は奴らを捕らえ情報を得る。
ハンゾウは少し軽やかな動きで、社の屋根からエイジの傍へと飛び降りる。吉報を伝える気分は上々であるのだろう。
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偵察に向かわせていたボガードの話では、洞窟内部は堅い岩盤ごと抉られくり抜かれたような様相であるらしい。その内部はやはり目新しく、住居として使われている形跡が少ないことから、内部にいる亜人たちはつい最近現れた事になる。
――この山の言い伝えを知らぬ筈がないがな
「ガルドランダの旦那、内部はかなり深いようですぜ。しかも入り口は二つ。そして上に向かって続いています。こりゃ何か意図があって作られてるに違いねぇ」
ボガードの目とその耳は確かであろう。対象が安い作りの建物や洞窟であるなら奴らの耳は異様に優秀だ。
「もう一つの入り口はどこにある?」
ボガードの説明を聞きながら、ドワーフのガルドランダはその立派な口髭を手で撫でる。
その武人然とした風貌、見に付けたプレートメイルの手の込んだ作り、腰に下げるメイスと肩から下げるようにしているバトルアックス。どれも彼がただのドワーフではない証明となる。
彼は現在のモルダン大公領のモルド・ラ・ムサに駐留している部隊の隊長で、天啓の門より不審な動きが無いかと日夜警戒にあたっている。
彼の後ろには兵として与えられているドワーフやオーガ、トロールの武装した混成部隊が控えている。
――任務は警戒である、が……。
この地は同盟国関係であるアシュルドワルドとモルダン大公領に丁度挟まれた形であるため、戦という戦は起こりうるはずが無い。
そのため、警戒の任は功績の見込めない左遷先としかほとんどの将兵に思われていない。勇猛なガルドランダはそんな扱いを受けるような戦士ではないはずだ。だが、この地を任されている。それは屈辱であった。、
「急ぎ町に戻り兵を掻き集めよ。我々は先に二つの入り口から攻め込む」
ボガードを早打ちとして送り出すと、ガルドランダは兵たちに向かい威厳を持って口を開く。
「ベラシュゴーの天啓の伝承に綴られる神の地へ、土足で足を踏み入れた田舎者共を逃がすな!これは蹂躙である!神に血を捧げよ!」
ガルドランダの叫びに呼応するように兵たちが声を荒げ、剣と盾を鳴らす。それは森の喧騒に直ぐに掻き消され、次第に軍隊の進軍を伝える角笛の音へと変わっていった。
◆
ガルドランダの叫びに呼応するように声を上げた兵士たちは、洞窟の二つの入口より内部へと進軍する。その叫びは、逃げ惑うゴブリンやコボルトの驚嘆の声と共に、洞窟内を反響しないまぜとなって洞窟から外へと漏れ出る。洞窟が一つの生物の様に吠えているような様相である。
「ふんっ!」
ガルドランダのメイスの重い重量を乗せた一撃が、逃げ遅れたゴブリンの横っ腹を薙ぐ。それほど鋭くはないが、メイスの先端に何枚も付けられた刃には勿論切れ味があるため、ゴブリンの腹部からは血液と共に臓物が飛び散り、洞窟内の壁に四散する。
ガルドランダはゴブリンから垂れ下がった内臓を見て顔を歪める。
活きが良い。良すぎる程に。まるで生まれてきたばかりの赤ん坊の様に綺麗である。亜人たちの小汚い衣服や武装を持たない事、外で捕らえた食糧調達員たちもそうであったことからあまり良い生活はしていないはずなのだが、どれもこれも異常は見当たらない。
ガルドランダは唾を地面に吐き捨てるようにすると、今現在殺しまわっている亜人たちが何処から来たのか。そんな事を考える。
――まさかこいつ等が災厄をばらまく化身ではあるまいな。
彼は戦場での経験から、風土病という物を知識としてしっている。全くの無知により戦地で死んでいった同胞も多い。あれはまさに悪魔の様な物である。対処法が分からなければお手上げだ。
ならこのまっさらな体内の臓物はその何らかの病気によるものかもしれない。
この瘴気のたちこめる神山に、好んで棲みはじめるような亜人たちには免疫があるのかもしれないが、この者たちが神の伝承の通り山に突然『降り立った』者であるならば、それは未知からの訪問者という訳だ。
――偉そうな奴はとっ捕まえとくか。
何か知っていそうな者であれば、何かがあった時に役にたつ。
己が病原体の蔓延る死地に赴いてしまった可能性を一人考えるが、そんな事は、死ぬことなどガルドランダの恐れるところではない。
恐ろしいのは山に降りてきた『物』が『病気』であり、それが伝承どおりならば『ガリュアス』から逃すと混沌を、悪魔の様な死をばら撒く災厄となる事である。
『ガリュアス』内だけであれば大した感慨も生まれないが、隣接するアシュルドワルドの国には戦乱のガリュアスから逃れた知人や家族がいる。そこへ病魔の手が伸びる事、それだけが怖ろしいのだ。
「一兵たりとも逃がすな!この洞窟内を奴らの墓場とする!」
声を張り上げる。亜人たちが外へと逃げようとする様子は今のところない。逃げはしないが。
不意に地響きが洞窟内の彼らを取り巻く。ゴリゴリと岩が鳴り、ズリズリと壁が隆起する。不穏だ。それは地震の揺れではなく、この鉱物の塊の様な神山が地響き如きで崩れるはずなどもない。
慌てだす兵たちを声を張り上げ静止し、その様子を窺う。壁が次々と隆起し兵たちの横を通り過ぎた。
――横を通り過ぎた?
それは自然の現象ではない。そう考え始めるが先か。ガルドランダたちが入ってきた洞窟入り口の方まで隆起は一直線に続くと……。
再びの地響き。そしてそれと共にたった二つの外との接点の一つが脆くも崩れ落ちた。