5.堕天の儀式
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「何です、レイナルト。この魔法陣はなんのために――」
マクセルの言葉を無視し、侯爵の姿の怪人は詠唱を続ける。
だいたい何故、マクセルの近親者――つまり王家の血を少なからず継ぐ者たち――をこのように集めているのか皆目見当がつかないといった顔を各々が浮かべる。
エル・ラ・ビュア城の円形ホール。中央の魔法陣には先先代の王弟マクセルを立たせ、周囲の壇上にはマクセルを囲むようにエルフたちが取り囲んでいる。
「種からの解放を……」
微かに聞こえた詠唱の翻訳の一部。
それを発したエルフは顔を青くし、唇がわなわなと震えている。しかし、歓喜の笑みも浮かべる。そんな混濁した表現から何かを読み取るのは難しい。
「とうとうレイナルト卿は……」
「どうかしたのですか?」
マクセルがたずねた。
その問いに答えずに夢見心地な表情を崩さない。
「マクセル様、どうかそのまま」
訝しげに周囲を窺うマクセルをレイナルトは諭した。
「レイナルト様、いいかげん何をしているのかお答えになってください。いくら精鋭とはいえ、指揮官の多くが不在では何かと不便が――」
「直ぐに分かる」
一人の髭面の精強なエルフの言葉を制止し、レイナルトは詠唱の続きに入る。真意を確かめる暇もないほどに詠唱を紡ぐ口元が早くなる。
そして、壇上のエルフたちを包み込むように霧が生まれた。
◆
それっきりだった。
霧に包まれたマリュカに激しい頭痛と腹痛が襲いかかった。
「ううう……」
情けなく呻くことしかできない。今にも気絶してしまいそうな意識を何とか保ち、座り込むようにする。
――腰に力が入らない。耳鳴りもしてきた。
耳を塞ぐも筋肉が痙攣し満足に出来ない。
マリュカは、生温かい物が身体から抜け出そうとしているのを感じた。
――ああ、魂が抜ける。
なぜそのように思ったのか。確信できたのかマリュカには分からない。
マリュカは笑っていた。
全身の力が抜け、床に倒れ込む。その時、口から出ていく白い物を見たような気がした。
青白く変わって行く滑らかな肌。
紫に変色していく唇。
目から伝う涙。
彼女の目線の先には、白い異物が口から侵入していくマクセル。
マクセルの抵抗も空しく、彼の眼は苦しさに充血していく。
――エル神の加護を。
――エル神の祝福を。
マリュカは耳元に天使の羽ばたきを感じた。
何故、羽ばたく音だけで天使だと思ったかは定かではないが、そうマリュカは思った。
銀色の鏡の付いた巨大な鱗。エル神の竜鱗はその様子を、マリュカの腰からただただ映しだしていた。
マクセルはのた打ち回りながらも変貌していく。
マクセルは抵抗を続ける。
額からは二本の枝が角の様に伸びる。円形のホール内に立つのは今やマクセルのみだ。
黒い。黒い羽だ。
背中を突き破り、黒い鋼の様に鈍く光る翼が生える。
マクセルは嘔吐する。充血した眼は一層赤みを増す。
マクセルは狂ったのか。いや、狂ってなどいない。ホールから飛び出さんと走り出す。
――私のすべきことは。
――ガリュアスの解放。ガリュアスの解放。
扉を開いた。




