閑話1.新生アストロブ騎士団VSガリュアス近衛騎士団 その1
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ガリュアス騎士競技会は好奇、怨嗟、驚愕の目に晒されている。
大小様々な貴族たちの思惑や策謀が巡る中、束ねた白髪のガリュアス王アシュロフは開幕を宣言する。
「この度は私、アストロブ家の血筋である、このエイジの忠誠をアシュロフ王に捧げに参りました。どうかお受け取りください」
王に跪き、深々とかしずくエイジを王は見下ろす。
「由々しき事態だ。あの小僧どうやって我が騎士の弱みを――」
「ほっほ、伯爵の騎士殿も調略されましたか」
「笑いごとではない!」
「――始めから内通者であったのでは? 情けない」
王の寵愛を受けたイヴァル親衛子爵の再来の予感に、どうするのが得かを見定めようとしている。
そんな貴族同士がお互いを牽制する様子を傍目に、アシュロフは言葉を選ぶ。
「よく生きていた、とは言わぬ……。此度の事は何か良からぬ事をした結果だと言う者がいるが、信じてよいのだな?」
「陛下、私は妾の子。卑しく生まれた身であるので、そのような信頼を受けるに値しません。ですがどうか、私の忠誠が父イヴァルとは異なっているとだけ知っておいてください。」
「そうか……、お主はお主であるからな」
「はいっ!私を私として、陛下の駒として用いてもらえれば幸いです!」
貴族たちのひそひそとした憤慨は、このエイジの言葉を受けて嘲笑まじりのものとなった。
若い。己の身の卑しさにコンプレックスを抱く小僧、そう評価する者もいた。
王には相応しいとまで、にやける者もいた。
それほどまでに王という物への期待の低さ、侮りの蔓延。アシュロフの考えを知らぬ貴族たちの愚かな節穴は、王を扱い易しと見ている。王の威厳とは既に、理想とは乖離した物、過去の物となっているのだ。
「それにつきましては、私から王への捧げものがあります。おいっ、ハーン! 持ってこい!」
エイジが立ちあがり催促すると、イヴァル家の家紋の描かれた布に包まれた台を騎士風の亜人が持ってくる。
顔の上半分を覆う黒の仮面、浅黒い肌の亜人の騎士を見るや、貴族たちは侮蔑的な視線をハーンに送る。
騎士風情が王族や貴族の観覧席に来るのは好ましい事ではないのだ。
「そこで待て!」
亜人の騎士を観覧席への階段の下で止める。騎士は忠誠を示すように跪き、首を垂れる。
「ここからは私が運ぶ」
エイジは見た目に反して力があるようで、台を持ち軽々とあげて階段を再度上る。
「陛下、ご覧ください。魔瘴石という魔石の一種で作成し、陛下に相応しい装飾をあしらった魔具の数々です」
これに反応したのは、近衛騎士団の中でも特に魔法武器などに慣れた者たちであった。遠くからでも見てとれるほどの魔力の迸る武具に驚いたのだ。
貴族の中からも所々から驚嘆の声が聞こえる。魔法力が感じられない者たちも、それに追従して、煌めく装飾が素敵だなどと話をしている。
王はその中から剣を一本手に取ると、鞘から抜き放った。
「どうやらモルダン公爵は、惜しい者を手放したようだ」
「陛下のお望みとあらば、さらなる逸品を用意するべく職人たちも奮起するでしょう」
「どうやら私は少々見くびっていたようだな……。エイジ・アストロブよ。そなたの騎士団の果敢な戦いに期待しよう」
アシュロフ王の言葉に深くお辞儀をするエイジ。
新生アストロブ騎士団、総勢三十名の騎士と亜人の兵二十名。
派閥、種族の垣根を越えて集まった騎士と亜人たちは一見、着飾った雑兵の集まりにも見えただろう。
エルフ、ドワーフ、ヒューマンの人として、ガリュアスで認められている者たちの中には貴族の騎士として名高い者も多い。
それも相まって他の亜人などは醜く、この場に相応しくないとそう感じた者がほとんどだ。
亜人の地位は低く、この競技会も辛うじて参加は認められたが、どの亜人もこの時はまだ騎士としては歴史に名を刻んでいない。
貴族であれば亜人は騎士として用いない。それが普通であった。
しかし、これがエイジを名高い貴族へと押し上げる一因ともなる。国に卑しいと見なされる亜人を、人種と同等に扱う姿は『亜人種の友人』として国内の亜人勢力で広く人気を集める。
そんなエイジの初の騎士団の初陣。この結果がガリュアス国の多種族共生をさらに推し進めることとなるかもしれない。
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軍旗を大将に見立てた集団騎上戦。武器は互いに刃や刺突部位を丸めた物だ。
近衛騎士団の陣地。その少し遠巻きに三体の亜人。
走る大型の灰色狼の背にはゴブリン。三体のゴブリンライダーが左翼から回り込み、近衛騎士団の隙を狙っている。
近衛騎士たちも背に軍旗を配し、守りを固める。
中央ではオーガの少数突撃を受け止めるだけで精一杯だ。
「地力が違う……!」
近衛騎士団長は近衛騎士たち三十騎を複数分隊に分け、敵軍旗への波状攻撃をしかけるも、ことごとく撃退された。数では負けているが、本命の軍旗が固定されている以上、力の差がなければどう守っても押し切れるはずであった。
つまり防御の者たちはこちらよりも上手であるということだ。実力ではなく統率が。
近衛騎士団側は遊ばれているようだ。アストロブ側は軍旗の防衛にほとんどの兵力を裂き、残った亜人騎兵数騎のみで近衛騎士陣営を攻め込んできている。
「一旦集まって強行突撃! 準備!」
近衛騎士団長が立て直しを図るのも束の間、本陣への波状攻撃部隊を遊撃で各個迎撃していたアストロブの亜人の集団がこちらに矛先を向けてきた。
右翼から残りの犬人コボルト、狼人ノール、鰐人アリゲーターノイドに蜥蜴人リザードマンと猿人エイプマンの獣人、爬虫人の混成部隊五機。その何れも馬ではなく、それぞれの部族での得意とする騎乗生物に跨っている。
その突撃を確認するや、今まで牽制だけであったゴブリンライダー三機が意気揚々とけたたましい咆哮をあげながら近衛騎士団軍旗に向かってくる。
中央では遂にオーガに抜かれる防衛ライン。
「ゴブリンに気を取られるな! まずはオーガを押し返せ!」
攻撃に人員を割いていた分だけ防衛は厳しい。
ここまで一方的に攻撃しても崩れなかったアストロブ騎士団の防御の連携を称賛してしまいそうであった。
――しかし……。
近衛騎士団長と騎士たちの眼下に誇りの炎は消えていない。防衛に残った彼らもまた、イヴァル親衛子爵存命時からの叩き上げだ。その御子息であれど、手加減などするつもりは毛頭ない。
――こちらも、だからこそ精鋭を防御に回していたのだ。
近衛騎士団長が突撃槍ランスを天に掲げる。
「強行突撃! 開始! 守りは我らに任せよ!」
軍旗防衛の近衛騎士たちがそれぞれ思い思いの武器を腰より手に取る。
近衛騎士たちは叫ぶ。これは競技会だからと負ける事は許されない。王の命を守るは近衛騎士の務めだ。
「御旗を守れ!」
迫りくる亜人に向けて馬を走らせる。ランスを構え、オーガの土手っ腹に風穴を作る勢いで攻め込む。
脇を固め、ランスの切っ先を標的に合わせる。
肩、肘、前腕がランスを支える。両足は馬を掴み今まさに人馬一体。ランスと馬のその爪先までが己の四肢の延長であるかのような錯覚が彼を包み込む。
始めから一つの矢であったかのように鬼人オーガに突き刺さる。
そのイメージは確固たる自信を、立ち止まらぬ勇気に変える。
「うおおおお!」
豪快な叫びにも、迫る重騎士の死の重圧にも竦むことはなかった。オーガは力強く振りかぶり、その太い腕から漲る力でもってランスを、大きく横薙ぎに振り払った。




