疾風
咄嗟の反応でギルドレッドの剣撃を受けたアレスは、つば迫り合いの形から弾くようにしてギルドレッドの上体を崩し、バックステップで距離をとった。
「へぇ。今のを受けるんだ?」
不敵な笑みを浮かべるギルドレッドと対称に、アレスは額にうっすらと汗を浮かべた。
ギルドレッドはいつのまにか取り出した剣を片手でくるくると回している。
ギルドレッドの剣は長さは50cm程度で、かなり小振りなものとなっている。
「風の魔法・・か。」
「ご名答。僕は風の魔法がちょっとだけ得意だからね。」
「それでちょっとだけ、かよ。」
「そ、ちょっとだけ、だよ。まぁ、この世でうまく生きるためには、謙遜が最も大事・・ってね!」
その瞬間、ギルドレッドが消えた。
アレスの目がついさっきまで確かに存在していたギルドレッドの姿はこつ然と姿を消しており、アレスの目に映るのは大きな岩山のみとなっていた。
数瞬した後、背筋にぞわりとした殺気を覚えたアレスは、半ば無意識に自分の剣を背の方と振り抜いた。
(ギャン!!)
剣と剣がぶつかり合った際の不協和音がアレスの耳に響く。
アレスがギルドレッドの姿を視界に入れようと、反転したときにはギルドレッドは最早そこには存在しない。
次の瞬間、今度はアレスの左から猛烈な勢いでギルドレッドが突っ込んできた。
しかし、アレスは今回は剣で受けず、ひらりと体を反らすことでその攻撃を回避する。
その後も、ギルドレッドは右から、左から、後ろから、上から、ありとあらゆる方向からアレスに突撃するが、全てアレスに回避されてしまう。
最小限の動きで避けるため、さながらステップを踏んで踊っているかのように見えるかもしれない。
数分程度、アレスが鮮やかなステップを披露した後、今度は、ギルドレッドがバックステップを踏み、アレスから距離を置いた。
必殺、必死の攻撃を放ったつもりであったギルドレッドは、攻撃を防がれたことへの怒りや焦りよりもまず、アレスに対する強烈な好奇心を覚えた。
「ねぇ!??なんで!!?なんで止められるの!???」
今までクールな性格かのように思えたギルドレッドは、一転して幼い子どものように目を真ん丸にしてアレスに尋ねていた。
というか、よく見たらギルドレッドは完全に子どもの出で立ちをしていた。
身長は150cm程度、筋肉もさほどなく、来ている服はそのへんの村の子どもが来ているような普通の服である。愛らしい両の目はキラキラと輝き、金髪の髪がツンツンに立ててあるところは15歳前後の思春期の人間の子どもにしか見えない。
唯一、普通の子どもと違うのは、瞳の色が燃えるような緋色である点くらいか。
「それはな・・・俺が強いからだ。」
「うそだーー!だって僕の姿、完全に見失ってたじゃん!最初の時なんて、あ、やべ!って顔してたじゃん!」
「いやいや、それは・・あ、やべ!って思わせておいて、相手の油断を誘う大人の技なんだよ。」
もちろん嘘である。正直、けっこうやばかった。
「ところで、お前、年いくつだ?どう見ても子どもに見えるけど。」
「教えないよーー。さっきの攻撃をなんで受けれたか、教えてくれないと教えないよー。」
さっきまで殺し合いをしていたのが嘘のように、コロッと人が変わったように人なつこい様子で笑顔を浮かべる。
その様子にアレスは完全に毒気を抜かれた。
「・・はぁ。どうやらお前とはこれ以上戦うことないから教えてやるよ。今のはな、魔法の応用で『ソナー』って技だよ。」
「??どゆこと??」
「この周辺一帯に俺が集めた精霊がウヨウヨ漂っているのは感じられるか?なんで俺がこんなことをしていると思う?」
「・・・そーゆーことか!やけに無駄な魔力を放出していると思ったら、その精霊達がセンサーの役目になって、僕の姿を感知していたってことなんだね!」
「あぁ、そうだ。お前の動きはとんでもなく速いが、直線でしかないからな。『ソナー』を使えば、危なげなく避けられるさ。」
「すげーな!そんな技あるんだ!人間ってけっこー強いんだね!」
「これぐらい、俺の家族だったらみんなできるぜ?」
一応補足しておくと、アレスの家族は化け物一家である。
「へー!ほんと?!感心したよ!人間ってけっこうおもしろい奴いるんだ!親父とか、親父のボスとかが言ってる、人間は3Mだー!ってのを鵜呑みにするとこだった。」
「その、3M・・・?、ってのはなんだ?」
「無能・無意味・無価値!俺たちが所属している一派ではこれが浸透してるよ。」
「・・・それは大きな誤解があるな、ところでツンツン。お前の上にいるのは、ヴェルド、だよな?」
「もしかしなくても、ツンツンって僕のこと、だよね?」
アレスはコクリと頷くと、黙ってツンツンに固められているギルドレッドの髪の毛を指差した。
「ツンツン、が嫌だったらガチガチ君っていう名前でもいいけど・・。」
「ツンツンか、ガチガチしか選択肢がないのっ?!そ、それじゃツンツンでお願い。そーそー、僕たちの上にいるのはヴェルドだよ。」
投げやりな口調でアレスの質問に応えながらも、ギルドレッドは自分の髪の毛のツンツン具合を確認していた。やはり、髪の毛にはこだわりがあるらしい。
「・・だよな。」
「ルシウスとかヴェルド、つまり魔族の王の名前とその弟の名前なんてよく知ってるね?」
「あぁ。魔族のリリス、って奴と知り合いだからな、それぐらいは聞いているさ。」
「げげげ。あの、『たゆんたゆんのリリス』のこと?」
「『たゆんたゆんのリリス』かどうかは分からないが、俺の知っているリリスは、グラマラスな体つきでとんでもない魔法力をもった魔族の女、だな。」
「間違いないね、『たゆんたゆんのリリス』だ。僕、あの人苦手なんだよなー。って言ってもあんまり関わりないんだけどさっ。リリスはルシウス派でしょ?」
「あぁ、そうだな。・・って無駄話は置いといて、そろそろこの戦は止めにしないか?目的も果たしただろ?」
「そうだね。やらなきゃいけないことはやったし、僕たちは撤収するよ。」
そう言って、ギルドレッドは火の魔法を空に打ち上げた。
打ち上げられた火の魔法は3つに分かれ、その3つが同時に大爆発を起こした。
どうやらそれが全部隊の撤収の合図だったようだ。
程なくして、遠くから大きな地響きがしてきた。最低限の指揮系統は浸透しているようだ。
「んじゃ、僕は帰るよ。」
ギルドレッドはアレスに背を向けてそう言った。
「また、会えるかな?アレス?」
ギルドレッドは背を向けたまま名残惜しそうにポツリとつぶやいた。
「あぁ。いつでも話相手になってやるよ。ただ、来るときはこっそり来てくれ。そのまま来ると街がとんでもない騒ぎになるからな。」
「わかったよ!またね!」
一度、アレスの方を振り向いてじゃーねーと言いながら小さく手を振った後、ギルドレッドの姿は、消えた。
・・ふぅ。また変な奴と知り合いになっちゃったな。
大きなため息をひとつだけついた後、アレスはユフィ達と合流すべく、戦場へと足を向けた。




