0 苗字で読むなら「つゆり」の日
あけましておめでとうございます!
ついうっかり昨年の挨拶を忘れておりましたが新年です。昨年は評価やお気に入り登録・感想、また多くの人に目を通していただけて嬉しい限りです!
去年は体調を崩すことが多かったので気をつけようと思います。みなさんにとって良き年となることを願います。
《低空飛行》様、ご感想ありがとうございました! これからも精進して参ります。
今回は支部局長な彼女のお話。回想と現在とが交互に更新となる予定です。
それでは、今年も宜しくお願いします!!!!
「あ……あの、なにかの間違いじゃないですか……?」
ひくひく、と頬が引き攣ったのを自覚しつつ、私は恐る恐る問いかけた。
すると簡素なビジネスデスクの上に積まれた大量の書類の山の隙間から、ひょいと少年の顔が覗いた。不機嫌そうな切れ長の瞳に光を反射する細いフレームの眼鏡、刃物をそのまま人にしたんじゃないというくらい鋭利で冷たい顔立ちと雰囲気。とてもではないが、十二歳の、まだ子どもと言って差し支えないだろう年齢の彼には似つかわしくない姿である。たかだか十二歳しか生きていないのにどうしてそんな威圧感が出せるのか本気で疑問だ。私と三歳しか違わないなんて嘘でしょ、と言いたくなる口を必死に自制した。
彼は、ただの十二歳の子どもではないのだ。これから多分ずっと、彼は私の上司なのである。下手な発言はできない。
その証拠と言わんばかりに、まだ少し高い声が攻撃的に言葉を紡いだ。
「貴様の耳はどうかしているのか〈庇護〉。さっきから何度も、正式に決まったと言っているだろう。手元の書類にもきっちり書いてあるだろうが、読め愚か者」
怖い。はっきり言って本気で怖い。
たかが年下、されど上司。一か月前に、私の所属する三千人規模の組織〈魔法同盟〉でも指折りの実力者でないと選ばれる可能性は皆無のトップスリー、〈三人衆〉に選ばれたという彼の放つ雰囲気は正直言って殺人的ですらあると思う。これは気の弱い子どもは普通に泣くだろう。いや、弱くなくても泣くかも。もっと言うなら今この場で私が泣きそうだった。
どんな修羅場を経験すればそんな殺伐とした存在になれるのか想像しようとしたが、混乱してこんがらがった思考ではそれは無謀だったらしい。全然ピンとこない。
戸惑いのままに私は書類に目を落とした。異動命令である。三千人もいる魔法同盟では、それなりの頻度で各支部局のメンバーが入れ替わる。それは魔法使いが二十代前半までしかいないという奇妙なシステムに基づく理由で、いなくなった分のメンバーを新たな魔法使いが穴埋めするという形だ。
いなくなった分の魔法使いを補填するように新しい魔法使いが生まれることを不思議には思ったが、どうもさほど変なことでもないのか、魔法同盟に入って最初のころ先輩に尋ねたら「さぁねー、なんだろうね、不思議ぃ」と笑い飛ばされたのでそれ以降気にしないことにした。そもそも、私は頭脳労働って苦手だ。かといって運動が得意なわけでもないけど。
だが、である。
この書類に書かれた異動命令は別だ。
「わ……私、魔法同盟に入って一年しか経ってないんですよ!? 全然使えない魔法なんですよ!? そ、そそそんな私が、し、支部局長なんて本気ですか!?」
「俺が冗談を言うように見えるのなら、〈庇護〉、貴様の目は腐っている。一度眼科へ行って、それでも治らなかったら手首を切ればいい。目が腐ると言う嫌な夢から醒めるだろうな。代わりに胎児からやり直しだ」
「冗談だと思いたいですけど冗談じゃないと受け取りました! さっき頬をつねったけど痛かったので夢ではないようです! だから手首を切るのはおおおおお断りしますっ!?」
大慌てで言葉を並べてまくしたてた。なんて怖いことを平気で言う人だ。眉間にシワを寄せたまま真顔でリストカットを薦められる人を人生で初めて見た。やっぱり上に立つ人は格が違うのか……。
十二歳が並べるにはやっぱり物騒な言葉だなぁと思いながら、私は書類をもう一度見た。
そこには、紛れもない自分の本名と魔法名、そして異動命令がちゃんと書いてある。だが異動先は聞いたことも無い場所だった。
私の記憶では、全国にある魔法使いの支部、つまり支部局は全部で63個だったはずだ。なのに、その紙には『魔法同盟関東支部64号局』と記されている。64だ。と、いうことは……。
「私に、新しい支部の局長を任せると、……そういう意味なんですよね……?」
「何度疑うんだ、いい加減に現実を見ろ新参者。ああ、そうだ。これまでの功績や貴様の所属していた支部39局の局長からの報告、魔法の性質を鑑みての決定だ。もうどれだけ貴様が文句を言おうと覆らん、諦めろ」
「……そ、そんなこと言われても」
この一年と言えば、毎日毎日局長の膨大な書類を手伝……おうとして逆に仕事を増やし、実戦に出て役に立てる……ように気合を入れれば空回って傷を増やし迷惑をかけてしまってばかり。いわゆるお荷物だったから、支部でも仕事を任されることはほとんど無くて、自分の魔法をどうすれば上手く使えるかと研究の真似ごとをしていた記憶しかない。功績なんて迷惑功績しかないだろうし、報告は全部「駄目あいつ使えない」ばっかりだったはずだし、魔法は無かった事にしたいくらい酷い。
それなのに、それを見て、よりにもよってこの私を支部局長に選ぶだなんて正気を疑う話だった。ここに呼び出されたとき、やけに支部局長が「有り得ん」と繰り返していた理由が分かってしまうというものだ。
それに私は今十五歳。基本的に局長は、二十歳以上がなるのが定例だったはず。それなのに。
「私のどこにそんな、支部局長を任される理由があるんでしょう……? 足を引っ張ってばかりで、先輩方にご迷惑しかかけてこなかったのに」
「ああ。貴様の功績はゼロに近い、魔法の性質も使えない。だが局長報告だけが加点のポイントだ」
「は……?」
一番ひどそうな項目を、なぜ加点のポイントに?
首を傾げた私に、眼鏡の上司〈重塗(ヘヴィペイント)〉は再び書類の向こうに隠れてしまった。そして、無感動に読み上げる声が室内に響く。
「『一年前にやってきた新米、〈庇護〉は使えない魔法ではあるが仕事に対する心意気は良。容量が悪いのか飲み込むまでに時間はかかるが、数をこなせば書類仕事はきちんとこなせるようになると思われる。実戦は出来ないが自分の魔法に真摯に向き合い、常に使い勝手の悪いそれを使う方法を模索している点は非常に評価すべき点だと思われる』……ここは別にどうでもよい」
「ど、どうでもっ!?」
なんだかんだと私を煙たがっているように見えた支部局長が、こっそり私を評価してくれていたところが嬉しかったのに、そこをどうでもよいと!?
「俺たちが目を留めたのは、そんなありきたりな文面ではない」
「あ、ありきたり……」
散々な言われようです、局長。
「貴様の評価点は別にある。『依頼解決の功績こそほとんどないものの、依頼解決の糸口や発覚していなかった魔法による事件に数多く気がつき、依頼解決に貢献してきたと言えよう。それは彼女のおせっかいで世話焼きでお人好しな性格から来るものと思われる』、ここだ」
「は、はぁ……?」
いや確かにおせっかいで世話焼きでお人好しだとよく言われたけれども。
それがどうして支部局長にするうえでの評価点なのか、私にはいまいち分からなかった。支部局長は支部局全体を引っ張っていく存在だ。ゆえに、メンバーの手本となれるような正確な判断力や実戦能力、また彼らの実力を計れるだけの経験とリーダーシップが必要なはず。そのどれもが私には欠けているというのに。
それなのに、上司の少年は勝手に話を続ける。
「貴様の引き受ける64号局は、これまでの魔法使いの支部とは少々趣が異なることになると思う。俺たちが貴様に望む能力はただ一つ、『面倒事に自ら首を突っ込め、それらに対処し鎮静化する能力がある』こと――――貴様がおせっかいで世話焼きでお人好しだというのならそれは好都合。自分の魔法の使い道を考えられる思考力があるのなら、『奴ら』の厄介な魔法もどうにかできるだろう」
「え、ええっと、あの……」
や、厄介な魔法?
嫌な予感が背中を走って、知らず額に冷や汗が流れた。それを助長するように、少年が不意に立ち上がる。その顔には、いたずらを思い付いた悪童のような吊りあがった笑みが刻まれていた。
「64号局は、いわば問題児の集団になるだろう。貴様には他の局では対処できないような魔法使いを集めて活動してもらう。そのうち順当に増えていくだろうが、まずは二人見てもらうとしようか」
「なっ……え……えええぇぇぇぇ!?」
私の間抜けな悲鳴をバカにしたように、窓の外で小鳥がぴいちくぱあちく鳴いた。
小柳燐花、十五歳の五月七日。
魔法使いの集う組織、魔法同盟に来るきっかけとなる《使えない魔法》を得た日からちょうど一年のその日が、私の運命を大きく変えた二度目の分岐点だった。
誤字訂正!
五月七日がつゆりです。七月五日ではありません。まさかの書き間違えました!




