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俺の異世界生活が配信されているとしか思えない  作者: 伊藤ほほほ
第一章 何を成すか

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第八話 おっさん、可愛くてグロい

 ――ドクンッ


 心臓が跳ねるような感覚で目を覚ます。

 悪い夢を見たわけではない。

 いまはスライムだから、心不全とかでもない。

 どうやらスキルのレベルが上がったようだ。なぜか本能で理解できる。

 さて、次はどんなモンスターに変身できるのだろうか。


"妖精さんおはよう。モンスター化のレベルが二になったよ"

 

 スライムの寝床は視界が悪い。

 体を平たくして茂みから這い出る。

 未明の森はいまだ夜の(とばり)に包まれていた。


『お、マジ?』

『マサル朝(はえ)えな』

『ゴブリン倒せるモンスターだといいね』


 そうなんだよな、生活が懸かっている。

 さっそく試してみよう。


"――チェンジ!"


 昼間と比べればやや薄暗くは感じるものの、新しい体は夜目が利く。活動するには問題ない。

 人間より視野は広いけど、視力は弱め。 

 俺は四足歩行で歩いてみ……ん、四足歩行?


『次は猫か』

『おいおっさん、可愛いぞ!w』

『メインクーンっぽいな』

『耳おっきくてきゃわわ。サーバルキャットみもある』

『もふもふだぁ』


 この歳になって容姿を褒められるとはな。アイドルになった気分だ。

 右手を見てみると、ピンクの肉球がある。自分の手なのに、頬ずりしたくなるほど愛くるしい。

 にぎにぎすれば、シャキンと(かぎ)状の爪が現れた。暗器を仕込んだ暗殺者のようでかっこいい。

 緑色の毛皮に、黒の斑点模様。この森では保護色になりそうだ。


"スライムよりはマシか?"


 素直な感想を述べたところ、口からニャアと可愛らしい声が漏れた。

 いまの俺が愛嬌(あいきょう)を振りまけば、女の子たちが放っておいてはくれないだろう。

 視点の高さから、中型犬程度の大きさがある。

 はたしてこの猫は強いのか。


"ちょっと走ってみよう"


 動かし方は不思議と理解していた。

 両足で地面を蹴り、体を伸ばして前へ飛ぶ。

 左手、右手の順でタタンと着地。全身の筋肉を連動させながら、前足に後ろ足を強く引き付ける。

 再び後ろ足の筋肉を爆発させて、体を前に押す。

 柔軟な背骨が圧縮と伸展を繰り返すことで、大きなスライドを生み出している。

 まるで全身がバネになったみたい。どんどん加速していく。


"は、(はえ)ええええぇ!"


 風を切る感覚がヒゲから伝わってくる。

 視点が低いこともあり、体感スピードがすごい。

 それに、足音がほとんどしない。

 

"お次はジャンプ!"


 ウニャンと叫び、大木に飛びつく。

 爪を出して四本足でしがみつき、うんしょこらしょと登っていく。


"すごいぞ、自由自在だ!"


 ビルの二階くらいの高さまで来たところで飛び降りる。

 しなやかな体は衝撃の一切を吸収し、音もなく着地した。


『猫のお散歩動画見てるみたい』

『チーターくらい加速してたぞ!』

『いやー、でもどうなんだ? 身体能力は高そうだけど、戦えるかは微妙じゃね?』

『太い血管狙えばワンチャン』


 俺もそう思う。ちょっと頼りないよなぁ。

 木なんて切り裂いてしまうのではと期待していた鋭い爪も、そこまで攻撃力がない。

 野良猫よりは力がありそうだけど、人間を相手に引っ掻いたとしても、浅い裂傷を与えて終わりだろう。

 さらに、走った感じ結構疲れる。瞬発力はあるが、持久力はなさそうだ。

 でも、楽しい。

 森の空気を肺一杯に吸い込みながら、夜を駆ける感覚。首都高の走り屋や、皇居ランナーも同じような気持ちなのかもしれない。


"……おや?"


 食べ物の匂いがした。

 正体は分からない。だが、美味しそうな何かが近くにいると、本能が騒ぐ。

 運動をしたせいか、小腹が空いている。食事ができるなら、いまのうちに済ませておくのもありだな。

 足音を殺して近づいていく。

 まだ姿は見えないけれど、匂いは少しずつ濃度を増す。


 ……いた!

 茶色の小動物――ネズミだ。こちらに気付かず、呑気(のんき)に木の実を頬張っている。

 食事中のネズミを俺が食う。これが食物連鎖ってやつだな。


『おいマサル、お前まさか……』

『あ、あれはないよな?w』

『優雅なお食事シーンとかやめてね?』

『食レポ頼む』

『森のネズミなら変な菌は持ってなさそうだけど、それにしたってだぞ』


 身を低く、丈の長い草や茂みを利用しながら慎重に距離を詰めていく。

 ――ネズミなんて汚そう。日本にいた頃の俺なら、忌避感(きひかん)を覚えていたことだろう。

 だが、猫がネズミを狩るのは当然だ。それに、すごく旨そう。


 射程距離まであと三歩。

 二歩……一歩……いまだ!

 一気に加速。

 ネズミもようやく俺を認識したらしい。大慌てで逃げようとしている。

 馬鹿め、もう遅い。鋭く前へ飛び、右手を伸ばして爪を出す。


”悪く思うなよ!”


 そのまま背中に引っかけて、地面に押さえ込む。

 じたばたと暴れているが、逃がさない。左手も加えて動きを封じてやった。


"いただきまーす"


 習慣化しているので忘れがちだが、この言葉は、いただく命に感謝するために使うと聞いたことがある。

 小さな頭をむしゃむしゃ頬張るいまの俺には、その意味がよく理解できた。

 ……しかし、この光景は人様に見せられない。


"どんぐりばかり食べた豚の肉質や香りが最高のものであるように、ネズミもまた同じらしい。こんなに美味い肉を食べたのは初めてだ"

 

『きっしょw』

『さっきまで可愛かったのに……』

『がっついてるときの顔、獣のソレだったもんな』

『普通に吐きそうになったわ』


 そりゃそうだ。猫がどれだけ可愛かろうと、野生環境での食事シーンはグロい。

 動画で流れようものなら、俺だってブラウザバックしている。


"ふぅ、大満足"


 ざらざらとした舌でお口の周りを綺麗にしていると、もう朝の日差しが森に色を与えていた。

 陽光がぽかぽか暖かい。血が巡り始めた胃袋が、「ちょっと寝たら?」と脳に語りかけてくる。このまま眠ったら、さぞや気持ちいいことだろう。

 しかし、ここは危険な森の中。住人であるネズミでさえ、新参者の俺に殺されたのだ。油断して寝るわけにはいかない。

 ……ここで、俺の耳がぴくりと動く。


"遠くで足音がする"


 異様に発達した聴覚が、ざくざくと枯れ枝や落ち葉を踏みしめる音を捉えた。

 集中しないと聞き逃してしまうくらい小さな足音。二足歩行の何者かが発していると分かる。

 人間か、はたまたゴブリンか。どちらにせよ、有益な情報が得られるに違いない。

 俺は隠れて追跡することにした。


 ラッキー、冒険者だ。

 耳と鼻で周囲の状況を把握しながら歩くことしばし。青い髪を短く切り揃えた男を視界に捉えた。

 革の胸当てとレガース、それに片手剣を装備している。小柄で細身、あまり強そうには見えない。俺よりも若そうだ。

 気丈さが(うかが)える琥珀色の瞳を光らせている。

 ボロっちい槍しか持っていない俺が言うのも変だけど、本来は最低限あれくらい武装してから森に入るべきなのだろう。


『あんな若い子も冒険者なんだ』

『イケメン多くね?』

『いや、どっちだ? ぺったんこだけど、可愛くも見えるぞ?』

『目覚めてる妖精もいます』


 おそらく保護色になっている体毛を活かし、一定の距離を置いて彼を追う。

 できるだけ足場がよくて開けた道を通りながら、死角のある大きな木の側を避けているようだ。

 どうしても安全が確保できない場合は草むらを歩き、モンスターが潜めそうなところはショートソードで刈っている。切れ味が良さそうで羨ましい。

 年下でも、冒険者としては大先輩だ。動きの一つ一つが参考になる。

 慣れた様子で、どんどん森の奥へと進んでいく。


 ……この先に何かいるぞ。

 空気が変わった。風にわずかな異臭が混じっている。

 例えるなら、カビが生えたしばらく洗っていない犬。そんな不快な臭い。

 まだ距離はありそうだが、あの冒険者はまだ警戒態勢に入っていない。

 猫の鋭敏な嗅覚だからこそ気付けたのだろう。


 向こうもこちらに迫っているようだ。臭いがどんどん強烈になっていく。

 靴を履いた人間とは異なる足音が四つ。

 ――近い!

 彼も敵の気配に気付いたらしい。ショートソードを正面に構えた。

 右に左に体を振り、細かく首を動かしてあちらこちらに視線を飛ばしている。


 緊張してきた。

 同じ人間が、これから未知の化け物と対峙する。

 大丈夫なのかと心配する気持ちが大きい。

 青髪の彼とシンクロするように、俺の呼吸もしだいに荒くなっていく。


「ゲギャーッ!」


 気色の悪い叫び声とともに、茂みから三体のゴブリンが飛び出してきた。

 小柄な女性くらいの身長か。油断しているところを物陰から襲ってやろうと隠れていたらしい。

 冒険者が慎重すぎて我慢の限界を迎え、顔を見せてくれたのだろう。


 そのうちの一匹が、長い木の棒で殴りかかる。

 しかし、青髪は冷静だった。その攻撃をショートソードで払いのけると、返す刀で横薙(よこな)ぎの一閃。隙だらけの不細工な首を()ね飛ばす。

 胴だけの仲間が力なく崩れ落ちるのを見て、残りのゴブリンが(ひる)む。

 彼はあっという間に距離を詰め、もう一匹を肩口から腹のあたりまで切り裂いた。

 見事な剣術に目を奪われてしまう。

 ……だがおかしい。

 俺の五感によると、相手は四匹いるはず。


「ギャギャッ!」


 そのとき、脳裏に浮かんだ見えない敵が茂みから姿を見せた。

 青髪は前に出ていたせいで、挟み撃ちされる形となる。

 ゴブリンとはその人型に相応しく、なかなかに狡猾(こうかつ)なモンスターらしい。


「なっ!」


 突然現れた新手に驚いた彼は振り返り、()頓狂(とんきょう)な声を漏らす。

 その油断が命取りになった。


「ゲギギッ!」


 ほんの一瞬だけ目を離してしまった前方のゴブリンが飛びかかる。

 青髪の右腕にしがみついてショートソードを封じ、肩に噛みついた。

 鋭い牙が深々と食い込む。


「ぐあああああっ!」


 悲痛な叫び声が響く。

 彼は痛みで剣を手放してしまった。


"――危ないっ(ニャッ)!"


 脳から発せられたシグナルが、自分の意思など置き去りにして体を動かす。

 気付けば全力で走っていた。

 ――おい馬鹿、いますぐ引き返せ!

 冷静な俺が叫んでいる。

 だがもう遅い。敵は目の前だ。

 きっと心があの青年を助けたいのだろう。だったら従うまで。

 青髪の背後から、いまにも襲いかかろうとするゴブリン。俺は飛び上がり、そいつの背中をズタズタに引っ掻いてやった。

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