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公爵令嬢に生まれたので断罪に備えていたら、なぜか王国最強になっていました  作者: 玉響すばる


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第76話 仮出向から戻る日、わたくしは何を持ち帰り、何を置いていくべきかを少しだけ真面目に考えましたわ

 第八騎士団での仮出向期間が終わる朝、私はいつもより少しだけ早く目が覚めた。


 だからといって、感傷に浸るほど暇でもない。

 最後の日も、ここは回っている。

 誰かが「今日で終わりなのだから」と手を緩めてくれる場所ではない。


 それが、第八騎士団らしかった。


 良い。

 かなり良いですわね。


 起きる。

 制服を整える。

 帯剣する。

 荷を確認する。


 この三か月で、そういう一つ一つの動きにも少しだけ無駄が減った気がする。

 学校でなら“整えてから出る”と考えていたところを、今は“出ながら崩れない形へ持っていく”方へ自然に寄せる。


 派手な変化ではない。

 だが、確かに違う。


 宿舎の外へ出ると、朝の空気は冷たかった。

 だが、最初の日のような“全部を見て覚えよう”という力みはもうない。

 見えるものは見る。

 だが、見たもの全部を抱え込もうとはしない。


 その差が、たぶんこの三か月の一番大きいところなのだろう。


 最後の日の仕事は、露骨に最後らしいものではなかった。


 街路巡回。

 短い補助。

 駐屯地内での持ち場確認。

 そして仮出向組としての最終講評。


 つまり、最後まで“回る場所の一部であること”が求められる。

 そこが良かった。


 別れのために仕事が止まるわけではない。

 止めてまで惜しまれるような立場でもない。

 だが、雑に送り出されるわけでもない。


 私はそういうところが、かなり好きだった。


 午前の巡回で、ディートリヒは特に何も変えなかった。

 変に“最後だから”と構えることもない。

 いつも通り。

 そのままである。


 それがかえって、この三か月の終わりを静かに感じさせた。


 巡回の途中、私は自然に一つの交差点で位置を取った。

 前方の荷の流れ。

 横道から出たがる小荷車。

 歩兵の視界の浅さ。

 全部を一息で見て、その場を少しだけましにする位置。


 言葉は要らなかった。

 私が半歩寄ると、後ろの若手が自然に速度を落とし、横の兵が空間を一つ空ける。


 流れる。


 そこでディートリヒが初めて言った。


「今のはいい」


「ありがとうございます」


「ようやく、“言わなくても通る方が速い”を身体で使うようになった」


 その言葉は、かなり嬉しかった。


 私は少しだけ目を細めた。


「ええ。少しは」


「少し、か」


 ディートリヒはいつも通り表情を大きく変えない。

 だが、その声は少しだけ柔らかかった。


「最初の日よりは、かなりましだ」


 それで十分だった。


 巡回の終わり際、ふと私は聞いた。


「ディートリヒ」


「何だ」


「わたくしは、この三か月で少しは第八騎士団に通る形へ寄れましたかしら」


 彼はすぐには答えなかった。

 前を見たまま、少しだけ間を置く。


「寄った」


「ええ」


「だが、“第八騎士団の者になった”わけではない」


 その返しは、かなり好きだった。


 甘くない。

 だが、否定だけでもない。


「学校へ戻るんだろう」

「ええ」

「なら、持ち帰るのは“第八騎士団の真似”じゃない」

「ええ」

「何を先に見るか、何を先に切るか、その順番だ」

「……ええ」


 私はその言葉を静かに受け取った。


 そうですわね。


 全部を持って帰れるわけではない。

 持って帰るべきでもない。

 ここにはここで回るための気配がある。

 学校には学校の流れがある。


 だから、真似を持ち帰るのではなく、順番の変化を持ち帰る。


 その整理は、かなりしっくり来た。


 昼過ぎ、仮出向組はまとめて副長の前へ呼ばれた。


 最後の講評である。


 副長はいつものように、余計な前置きをしなかった。


「三か月、終わりだ」


 短い。

 だが十分だった。


「劇的に変わった者はいない」

「だが、順番が少しでも変わったなら意味はある」


 ええ。

 まったくその通りですわね。


「学校へ戻れば、また学校の空気がある」

「だが、そこで“学校でしか通らない順番”へ戻るな」


 その言葉は、胸の真ん中へ落ちた。


「お前たちは、ここで見たものを全部持って帰る必要はない」

「だが、“何を先にするか”だけは忘れるな」


 短い講評だった。

 だが、私にとっては十分すぎる締めだった。


 副長は最後に、一人ずつ仮出向組へ短く視線を向けた。

 私のところで止まる。


「ヴァルツェン」


「はい」


「お前は、“正しくありたい”を少し削れた」


 私はわずかに息を止めた。


「ええ」


「それでいい。全部捨てるな」

「はい」

「だが、先に場をましにしろ。そのあとで正しさを通せ」


 その言葉は、この三か月で一番深く、静かに残る気がした。


 私は礼をした。


「ありがとうございました」


 副長は頷くだけだった。

 それで十分だった。


 荷をまとめ、発つ前に、私は駐屯地の端で少しだけ立ち止まった。


 最初の日、ここへ来た時の自分を思い出す。

 見て、理解して、整えてから動こうとしていた。

 それ自体は悪くない。

 だが、現場では一拍遅かった。


 今の私は、まだ完全ではない。

 そんなものはありえない。

 だが、少なくとも“今ここを一つましにする”を先に置く感覚は、以前よりずっと身体に近い。


 それだけで、この三か月には意味があった。


 帰りの馬車の中、私は少しだけ静かだった。


 王国騎士団第八騎士団を出る。

 騎士学校へ戻る。

 また準騎士宿舎へ入り、総合訓練へ戻り、二年を見て、次の役割へ入る。


 その流れ自体は分かっている。

 だが、戻るからといって、元の私へ戻るわけではない。


 そこが大きい。


 最初の冬季休暇で、騎士学校制服の重さを少し自分のものにした。

 三年に上がって、準王国騎士団制服の重さを知った。

 そして今、その制服のまま第八騎士団を出る。


 つまり私はもう、“学校だけの私”ではない。

 少なくとも、一度外を見た者として学校へ戻る。


 それは、少しだけ誇らしくて。

 少しだけ怖くて。

 かなり重かった。


 騎士学校へ戻った時、レオンたちがどういう顔をするかも少し気になった。

 だが、第一次仮出向組を見た時の自分を思えば、たぶん一番大事なのは“どう見られるか”ではない。


 何を持ち帰るか、だ。


 その夜、準騎士宿舎へ戻った私は、久しぶりに自分の机で記録帳を開いた。


 第八騎士団での仮出向終了。

 最後に持ち帰るべきものは、“向こうの真似”ではなく、“何を先に見るか、何を先に切るかの順番”だと分かった。

 正しくあることを全部捨てる必要はない。

 だが、先にその場を一つましにし、そのあとで正しさを通す。

 それが現場で残る順番でしたわね。


 そこまで書いて、私は少しだけ手を止めた。


 それから最後に、一行だけ静かに足した。


 どうやら仮出向から戻る者に必要なのは、“何かを得た顔”で帰ることではなく、“何を持ち帰り、何を置いていくかを分かった顔”で戻ることのようですわね。


 ……かなり重いですけれど、悪くありませんわ。


 私は羽根ペンを置き、準王国騎士団服の袖を静かに撫でた。


 よろしい。


 戻ってきたのだ。

 ならば次は、この順番の変化を学校の中でどう使うかである。


 そのために帰ってきたのだから。


 ――こうしてルクレツィア・フォン・ヴァルツェンは、第八騎士団での三か月の仮出向を終え、“何を先に見るか、何を先に切るか”という順番の変化を静かに持ち帰りながら、もはや学校だけの者ではない自分として、再び騎士学校の側へ戻っていくのだった。

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