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公爵令嬢に生まれたので断罪に備えていたら、なぜか王国最強になっていました  作者: 玉響すばる


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第31話 十五歳の春、わたくしは王国剣術大会へ出ますわ

 十五歳の春、私はようやく一つの結論に辿り着いていた。


 もう、内側だけで積む時期ではない。


 五歳から十年。

 礼を整え、歩法を磨き、舞踏で間を学び、会話で流れを見て、剣の基礎を身体へ入れてきた。

 待つこと。

 戻ること。

 読むこと。

 静かに場へ入ること。

 令嬢であることを壊さずに強く立つこと。


 やるべきことは、かなりやった。


 もちろん、まだ足りない。

 上を見ればいくらでも足りない。

 だが、それは一生そうだろう。


 問題は別だ。


 外で通じるのか。


 それを知らないままでは、今の私はただ“屋敷の中で整っているだけの公爵令嬢”にすぎない。

 それでは断罪対策として不十分だ。


 ゆえに、出る。


 王国剣術大会へ。


 その結論は、数日かけて出したものではなかった。

 むしろ逆だ。

 十年以上積み上げた結果として、もう逃げようがなく目の前にあった結論を、ようやく言葉にしただけだった。


 その話を最初にした相手は、当然ながらオズヴァルトである。


 午後の鍛錬の終わり、私は礼を終えてからまっすぐに言った。


「オズヴァルト」


「何ですかな」


「わたくし、王国剣術大会へ出ますわ」


 オズヴァルトは一瞬、何も言わなかった。


 風が庭を抜ける。

 木々の葉が擦れる。

 いつもならそこで一つ何か返ってくるはずだったが、この日は沈黙が先に来た。


 私は待った。

 待てるのも強さである。


 やがてオズヴァルトが言った。


「……そう来ましたか」


「ええ」


「なぜ、今だと思われます」


「今まで積んだものが、外で通じるかを知る必要がありますもの」


 私は淡々と答えた。


「屋敷の中でだけ整っていても意味が薄いですわ。王国剣術大会なら、少なくとも“剣の場”で立てます」


 オズヴァルトは腕を組んだまま、しばらく私を見ていた。


「旦那様と奥様は」


「まだ存じませんわ」


「でしょうな」


 それは即答だった。


「反対なさるでしょう?」


「まず間違いなく」


「ですから、まだ申しませんの」


 オズヴァルトは低く息を吐いた。


「最近のお嬢様は、本当に“先に通してから説明する”方向で完成してきましたな」


「合理的ですもの」


「その合理性が、だいぶ危ないところまで来ておりますが」


 心外だが否定はしない。


 実際、父と母がこの話を聞けば止めるだろう。

 理由も理解できる。


 公爵令嬢が王国剣術大会へ出るなど、普通ではない。

 しかも私は王国貴族学院へ進む年齢だ。

 社交、家格、体面、将来の婚姻、いくらでも理由は並ぶだろう。


 だが、それでも出る。


 なぜなら私は知っているからだ。


 王国貴族学院は危険である。


 あまりにも危険である。


 家格が近く、年齢が近く、王族や高位貴族の子弟が集まり、視線が交差し、婚約と派閥と噂が渦を巻く場。

 どう考えても断罪イベントの温床だ。


 対して、王国騎士学校は違う。


 もちろん安全とは言わない。

 だが少なくとも、剣が通じる。

 実力という軸がある。

 それだけでも、私にとっては遥かにましだった。


 つまり結論は一つである。


 私は王国騎士学校へ進むべきであり、その前に王国剣術大会で自分の通用性を確認すべきなのだ。


 極めて合理的である。


 オズヴァルトは、そんな私の顔を見てだいたい理解したらしい。


「……大会だけではなく、その先も考えておられますな」


「ええ」


「騎士学校ですか」


 私は少しだけ目を細めた。


「鋭いですわね」


「そこまで長くお嬢様を見ていれば、嫌でも分かります」


 まあ。

 嫌でもとは少し失礼ではなくて?


 だが、悪くない。


「出願準備は」


「すでに進めておりますわ」


 オズヴァルトが黙った。

 それから、ゆっくりと片手で顔を押さえた。


「本当に、既成事実を積む方向へ迷いがありませんな」


「止められる前に通した方が早いですもの」


「その発想を平然と口にするのが恐ろしい」


 だが、それ以外に何があるというのか。

 父も母も、私の将来を考えればこそ反対するだろう。

 ならば説得してからでは遅い。


 先に結果を作る。

 そのあとで話す。


 この十年、私はずっとそうやって積んできたではないか。


「オズヴァルト」


「何ですかな」


「反対なさいます?」


 私は正面から問うた。


 オズヴァルトはすぐには答えなかった。

 代わりに、私の立ち方、呼吸、目をじっと見た。

 たぶん、気まぐれかどうかを見ているのだろう。


 やがて彼は静かに言った。


「反対はしません」


 よろしい。


 だが続きがあった。


「ただし、甘くも見ません。王国剣術大会は、屋敷の庭とは違う。騎士学校も、舞踏室とは違う。そこを履き違えるなら止めます」


「履き違えませんわ」


「本当に?」


「本当にですの」


 私は一歩も引かなかった。


 オズヴァルトは数秒沈黙し、それから小さく笑った。


「……では、ここから先は鍛錬の質を変えましょう」


「まあ」


「大会へ出るなら、もう“基礎が入っている”だけでは足りません。“人前で結果を出す形”に寄せます」


 それは、ずっと欲しかった言葉だった。


 ついに来た。


 内側で積む時期が終わり、外へ出す形を作る時期へ入るのだ。


 その日から、鍛錬は明確に変わった。


 まず、一本の密度が上がった。


 数を振る時間が減り、代わりに礼から始まり、構え、待ち、入り、打ち、止め、戻りまでを“一本として見せる”時間が増えた。

 オズヴァルトは以前より細かく言う。


「今の入りは悪くない。だが、見せ場としては薄い」

「そこは待てている。だが、待ったことが分かりすぎる」

「良い。今の一本は人前へ出せる」

「戻りが急いでいる。大会でそれをやれば浅く見える」


 厳しかった。

 だが、必要な厳しさだった。


 舞踏も変わった。


 母は、私の顔を見てすぐ何かを察したらしい。

 私が何も言わないうちに、ある日の練習後に言った。


「ルゥ。何か決めた顔をしているわね」


 私は少しだけ迷ったが、母に嘘をつくのは得策ではない。

 全部は言わない。

 だが、何も言わないのも不自然だ。


「少しだけ、外へ出ることを考えておりますの」


「外」


「ええ」


 母は数秒だけ私を見た。

 それから、微笑んだ。


「そう。なら、今まで以上に“人前で崩れないこと”を覚えなさい」


 そこまでだった。

 それ以上は聞かない。

 だが、気づいていないわけでもない。


 やはりすごい。


 そこからの舞踏は、完全に“見られる前提”へ変わった。


 緊張を入れる。

 途中で流れを変える。

 誰かが見ている状態で崩さない。

 笑顔を保ったまま間を取る。


 兄も巻き込まれた。


「何だ最近のこれは」


「人前仕様よ」


 母がさらりと言うと、兄は私を見た。


「お前、何か企んでいるな」


「心外ですわ」


「その返し方の時はだいたい何かある」


 鋭い。

 だが、ここで認めるわけにはいかない。


 兄はそれでも協力した。

 むしろ妙に楽しそうだった。

 わざと人前を想定した軽口を入れる。

 半歩早い返しを置く。

 少し間の悪い笑いを挟む。


 私はそれを受け、流し、時に返し、崩れず立ち続けた。


 ある日、兄がぽつりと言った。


「最近のルクレツィアは、前よりずっと“見せ場”を知っているな」


 悪くない。

 かなり悪くない。


 そして、家の中で最も厄介だったのは父だった。


 なぜなら父だけは、私の変化を見て何も言わないのに、たぶんかなり多く気づいていたからだ。


 夕食の席で。

 廊下で。

 執務室で。

 父の視線が以前より長く私へ留まることがあった。


 そしてある日、とうとう聞かれた。


「ルクレツィア」


「何かしら、お父様」


「最近のお前は、“何かに備える整え方”をしているな」


 私は一瞬だけ止まった。


 鋭い。

 さすがに鋭い。


 だが、ここで崩れてはいけない。


「いつも備えておりますわ」


「そういう意味ではない」


 父は短く言った。


「最近の整え方は、屋敷の中のためだけではない」


 私は少し考え、それから静かに答えた。


「そうかもしれませんわね」


「何を考えている」


 その問いは重かった。

 だが、ここで全部を明かす時ではない。


 見えることと、すぐ使うことは違う。

 見抜かれかけたことと、そこで全部を渡すことも違う。


 私は呼吸を置いた。


「まだ、形になってから申し上げたいことですの」


 父は黙った。

 兄も、母も、何も言わなかった。


 やがて父が小さく息を吐く。


「……そうか」


 それだけだった。

 だが、その一言の重さは十分だった。


 たぶん父は、完全には納得していない。

 だが、私が本気であることは分かっている。

 そして中途半端な問い詰めでは口を割らないことも。


 そこまで来ていれば、今は十分だ。


 王国剣術大会への出場手続きは、水面下で進んでいた。

 名義の扱い。

 家の名との距離。

 どこまで表へ出るか。

 そこはグレゴールとオズヴァルトが静かに整えてくれた。


 王国騎士学校への出願も、同時に進んでいた。

 必要書類。

 推薦の形。

 試験日程。

 貴族学院の入学準備と並行しても目立たぬようにする工夫。


 我ながら、かなり綺麗に進めていると思う。


 もちろん、発覚した時は荒れるだろう。

 父も母も黙ってはいないはずだ。

 だが、それは通してからでよい。


 先に結果。

 話はそのあと。


 それがルクレツィア・フォン・ヴァルツェンのやり方だ。


 そして十五歳の初夏、ある日の鍛錬のあと。

 オズヴァルトが、私へ向かって静かに言った。


「お嬢様」


「何かしら」


「もう、出してもよろしいでしょう」


「何を?」


「外へ見せる形を、です」


 私はその言葉に、ようやく来たのだと理解した。


 十年。

 長かったようで、短かったようでもある。


 五歳で熱に浮かされて木剣を欲しがった日から、ここまで来た。


 まだ終わりではない。

 むしろ始まりだ。

 だが、それでも一つの区切りには違いなかった。


 私は静かに礼をした。


「では、王国剣術大会へ出ますわ」


「ええ」


 オズヴァルトは頷く。


「そして、お嬢様はおそらく騎士学校へも行かれるのでしょうな」


「ええ」


「旦那様と奥様は大荒れでしょう」


「でしょうね」


「それでも?」


「それでもですわ」


 私はまっすぐに答えた。


「貴族学院は危険ですもの。断罪の気配が濃すぎますの」


 オズヴァルトはとうとう片手で顔を覆った。


「最後までそこへ戻るのですな」


「当然ではなくて?」


「ええ。ええ。もうそこは否定しません」


 良い判断だと思う。


 その夜、記録帳には短く、しかし深く書いた。


 十五歳の春、ついに外へ出る。

 王国剣術大会。

 その先に王国騎士学校。


 そして最後に、静かにこう記した。


 貴族学院は危険が多すぎる。

 騎士学校の方が、少なくとも剣が通じる。

 ゆえに、こちらが合理的である。


 完璧だ。


 私は羽根ペンを置き、静かに息を吐いた。


 よろしい。


 ここから先は、積み上げの結果が外へ出る。

 そして父母には、いずれ全てが知られる。


 だが構わない。


 私はもう、五歳の幼女ではない。

 十四歳まで積み、十五歳の春に立つ者だ。


 結果で示す。

 話はそのあとである。


 ――こうしてルクレツィア・フォン・ヴァルツェンは、十五歳の春、ついに内側で積み上げた十年分の修行を王国剣術大会という外の舞台へ持ち出すことを決め、その先に王国騎士学校への進学というさらなる既成事実まで静かに積み上げていたのだった。

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