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公爵令嬢に生まれたので断罪に備えていたら、なぜか王国最強になっていました  作者: 玉響すばる


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第18話 お母様、そのお茶会は情報戦の初歩ではなくて?

 騎士団の訓練場で“人を潰さずに正す技術”を見て以来、私は鍛錬の見方が少しだけ変わっていた。


 ただ動きを整えるだけでは足りない。

 ただ強くなるだけでも足りない。

 人がどう場を作り、どう言葉を置き、どう空気を締めたり緩めたりするか。


 そこまで含めて見ていかなければ、断罪対策としては少し心許ない。


 よろしい。


 ならば見るべきものはまだまだあるということだ。


 その数日後、母が私を呼んだ。


「ルゥ、明後日のお茶会に出なさいな」


 私は姿勢を正したまま、静かに母を見た。


「お茶会、ですの」


「ええ。親しい家の令嬢方を数名だけお招きする、小さなものよ」


 小さなもの。


 それはつまり、大きく荒れない代わりに、細かい駆け引きがよく見える場ということではないか。


 私は少しだけ目を細めた。


 お茶会。


 令嬢たち。

 親しい家。

 小規模。


 危険である。


 いや、もちろん実際に危険なわけではない。

 だが、乙女ゲーム知識を持つ私からすると、こういう場は油断ならない。

 何気ない会話。

 視線の流れ。

 誰が誰を立てるか。

 どこで誰が黙るか。


 そういうところから、後の力関係や空気は生まれるものだ。


「何をそんなに真剣に考えているの」


 母が少しだけ笑う。


「いえ。お茶会は大変に学びが多そうだと思いまして」


「その返答は少しだけ嫌ね」


「そうかしら」


「ええ。普通は“楽しみですわ”とか言うのよ」


 私は少しだけ考えた。


「……楽しみではありますわ」


「今、かなり考えてから言ったわね」


 母は完全に見抜いていた。

 さすがである。


「お母様」


「何かしら」


「そのお茶会は、情報戦の初歩ではなくて?」


 母が扇を止めた。


 数秒の沈黙の後、兄の笑い声が横から入る。

 いつの間にいたのか。

 最近の兄は本当に自然に会話へ混ざってくる。


「ルクレツィア、お前はもう少し言い方を選べ」


「間違っておりませんでしょう?」


 私が問うと、母は扇で口元を隠しながら目を細めた。


「間違ってはいないけれど、それを真顔で言う令嬢はなかなかいないわ」


「そうなのですか」


「そうなのよ」


 だが、母の反応は完全な否定ではなかった。

 つまり、少なくとも一部は当たっている。


「でしたら」


 私は姿勢を崩さず言った。


「なおさら出席すべきですわね」


「どうしてそうなる」


 兄が呆れたように言う。


「学べるからですの」


「そこへ綺麗に繋げるのが怖いんだよ」


 心外である。

 だが、言いたいことは分かる。


 母は小さく笑ったあと、真面目な声で言った。


「まあ、たしかに学びはあるわ。お茶会は、ただ甘いものを食べて笑っていれば済む場ではないもの」


 やはり。


「誰が場を回すか。誰が誰へ話を振るか。誰が聞き役に回るか。誰が沈黙に耐えられず余計なことを言うか。そういうことは、案外よく出るのよ」


 私は大きく頷きたくなったのを抑えた。


 舞踏と同じだ。

 表面は優雅でも、中身はかなり実戦的である。


「では、お母様」


「何かしら」


「どういう点を見ればよろしいかしら」


 母は少しだけ驚いた顔をしたが、すぐに微笑んだ。


「本当に“学ぶ前提”なのね、あなた」


「当然ですわ」


「まあ、いいわ。では教えてあげる」


 母は指を一本立てた。


「まず一つ目。自分が話すことより、誰が誰を見ているかを見なさい」


「視線」


「ええ。言葉は飾れても、視線は案外正直だから」


 なるほど。


「二つ目。話題が変わる時、誰が流れを作ったかを見なさい」


「話題の切り替え、ですの」


「そう。上手い人は、不自然に場を切らないわ。誰かが困る前に、自然に別の話へ移すの」


 それはかなり重要だ。

 注意の仕方と似ている。

 止めるが、潰しすぎない。

 場を回す技術である。


「三つ目」


 母が少しだけ目を細める。


「自分がどう見せたいかより、相手が今何を心地よいと感じているかを見なさい」


 私は一瞬だけ黙った。


 それは少し難しい。

 だが、とても大事なことだと分かる。


 自分が上手く振る舞うことだけでは足りない。

 相手の心地よさまで見なければ、本当に場を作ることにはならないのだろう。


 兄がそこで口を挟む。


「ルクレツィアの場合、まず“勝とうとするな”も必要じゃないか」


 私は兄を見た。


「勝ち負けではありませんわ」


「その顔で言われても説得力がない」


「お兄様、それは少し偏見ではなくて?」


「最近のお前は、何でも攻略対象みたいに見ていそうだからな」


 半分くらい図星である。

 だが、そこは認めない方がよい。


 母がくすくす笑いながら言う。


「アルフレートの言うことにも一理あるわね。ルゥ、お茶会は試合ではないのよ」


「存じております」


「本当に?」


「……たぶん」


「その“たぶん”が危ないのよ」


 だが私はかなり真面目だった。

 お茶会を荒らすつもりなどない。

 むしろ、場の流れをよく見たい。


 そう思っていると、母がふいに扇を閉じた。


「では明日、予行練習をしましょうか」


 私は瞬きをした。


「予行練習」


「ええ。ちょうどいいから、あなたの兄を相手に軽くやってみましょう」


 兄が露骨に嫌そうな顔をした。


「なぜ俺なんだ」


「あなた、軽口は多いけれど場の流れを見るのは上手いでしょう。ルゥの相手としてちょうどいいの」


「それは褒めているのか」


「半分くらいは」


 兄は深いため息をついた。

 だが断らないあたり、完全に嫌ではないらしい。


 翌日、私は小応接室にいた。


 円卓。

 茶器。

 菓子。

 椅子の配置。

 そして母と兄。


 マルグリット夫人まで少し離れて控えている。

 どうやら、かなり本格的に見るつもりらしい。


「では始めましょう」


 母が言う。


「今日は小さなお茶会のつもりで。ルゥは客役でもあり、場を見る役でもある。アルフレートは少しだけ揺さぶりを入れなさいな」


「母上、揺さぶりって何だ」


「軽口や、話題のずらしや、わざと少し間の悪い入り方よ」


 兄が私を見た。


「つまり、いつもの俺でいいんだな」


「少し腹立たしいけれど、そういうことね」


 母の返答に、私は内心で少し納得した。

 兄はこういう役に向いている。

 悪意なく、場をずらす。

 しかも本人はだいたい自然体だ。

 実戦向きである。


 私は席についた。

 背筋。

 手の位置。

 視線。

 呼吸。


 まずは整える。


 母が穏やかに話を始める。

 季節の花のこと。

 最近の宮廷の催しのこと。

 軽い導入だ。


 私は返しながら、兄を見る。

 兄は一見すると気楽に茶を飲んでいるだけだ。

 だが、視線の置き方が雑ではない。

 誰が話している時にどこを見るか、かなり自然にやっている。


 なるほど。


 そこへ兄が言う。


「そういえばルクレツィア、最近は舞踏も熱心らしいな」


 軽い入りだ。

 だが、これは少し危ない。


 この話題は私が乗りすぎると、鍛錬話に寄る。

 お茶会としては偏る。

 ならば。


「ええ、お母様のおかげで以前より少しだけ分かるようになってきましたわ」


 まず母を立てる。


 兄の目がほんの少し細くなる。

 たぶん、それは正解だという反応だ。


 母は自然に微笑む。


「ルゥは、最近何でも真面目に取り組むのよ」


「良いことですね」


 兄が言った。


「ただ、舞踏を足運びの宝庫だと見ている節はある」


 やめていただきたい。


 それは事実だが、そのまま出すのは少々よろしくない。


 母が扇で口元を隠す。

 私は一瞬だけ呼吸を置き、言った。


「体の使い方には通じるところが多いと思いましたの」


 少しだけ柔らかくした。

 その方が通りがいい。


「たとえば?」


 兄が問う。


 これは少し試されている。


 私は正面から答えすぎず、だが曖昧にも逃げずに言った。


「姿勢や距離感、相手に安心していただける動きなどでしょうか」


 母の目が少しだけ柔らかくなった。


「良い返しね」


 やはり。


 “使える”だけではなく、“相手に安心していただける”を入れることで、お茶会の空気に合う言葉へ変えられる。

 これは使える。


 兄が茶器を置く。


「なるほど。最近のルクレツィアは、少し言い回しまで整ってきたな」


「成長しておりますもの」


「そこはぶれないんだな」


 だが、兄の軽口はまだ続く。


「では、お茶会も楽しいか? それとも情報戦の初歩として興味深いか?」


 来た。


 完全に揺さぶりである。


 母が無言でこちらを見ている。

 マルグリット夫人も見ている。

 ここで真顔で“情報戦ですわ”と言えば、たぶん負ける。


 私は一拍だけ置いた。


 焦らない。

 止まりの練習と同じだ。

 笑いに引っ張られない。

 だが、固くもならない。


「両方ですわね」


 兄が少しだけ眉を上げた。


「ほう」


「楽しい場ほど、皆さまが心を許してくださることもありますもの。そういう時こそ、よく見るべきことが増えますわ」


 母がゆっくりと頷いた。


「悪くないわ」


 よし。


 真正面から否定しない。

 だが、場に合う言葉へずらす。

 これはかなり重要だ。


 そのあとも兄は何度か軽く揺さぶってきた。


 話題を急に変える。

 少しだけ間の悪いところで笑う。

 私へだけ話を振りすぎる。

 逆にわざと黙る。


 だが、そのたびに母が視線だけで“見なさい”と教えてくる。


 私は少しずつ分かってきた。


 お茶会とは、会話の内容そのものだけではない。

 誰が沈黙を拾うか。

 誰が広げるか。

 誰が一人に負荷をかけすぎるか。

 誰が自然に分散させるか。


 まさしく情報戦の初歩であり、同時に場の運営の訓練でもある。


 終わったあと、母が静かに言った。


「ルゥ、今日の自分をどう思う?」


 私は少し考えた。


「まだ、お兄様の揺さぶりに目が行きすぎますわね」


「ええ」


「それと、言い返したくなる時がありますの」


 兄が吹き出した。


「それは知っている」


「お兄様は静かにしていてくださいまし」


 私が言うと、母が笑う。


「でも、そこまで自覚できているなら悪くないわ。今日のあなたは、自分を出しすぎず、引きすぎず、かなりよく見ていたもの」


 それは素直に嬉しい。


「ありがとうございます、お母様」


「ただし」


 来た。


「本番で“学ばなくては”と思いすぎると顔が硬くなるわよ」


 私は少しだけ目を閉じた。


 それはあり得る。

 私は集中すると、だいたい顔が真面目になりすぎるのだ。


「気をつけますわ」


「ええ。お茶会は、鍛錬の場であっても、そうと見せないのが礼儀ですもの」


 なるほど。


 それは非常に大事な言葉だ。


 鍛錬の場であっても、そうと見せない。


 つまり、自然さを壊さずに学ぶこと。

 小剣と同じだ。

 舞踏と同じだ。

 すべて繋がっている。


 その夜、記録帳には新しい頁が加わった。


 お茶会では、視線と話題の流れを見る。

 話題を変える技術は場を救う。

 自分を出しすぎず、引きすぎず。

 学びながらも、それを表へ出しすぎない。

 楽しい場ほど、人は多くを見せる。


 最後に私は、小さくこう書き足した。


 お茶会は、優雅な顔をした情報戦の初歩である。


 ……やはり、その表現が一番しっくりくる。


 私は羽根ペンを置き、静かに息を吐いた。


 また一つ、学びが増えた。

 剣でも舞踏でもない。

 だが、たしかに断罪対策へ繋がる学びだ。


 よろしい。


 これで本番のお茶会も、少し楽しみになってきた。


 ――こうしてルクレツィア・フォン・ヴァルツェンは、ついにお茶会すら“優雅な顔をした情報戦”として捉え始め、公爵令嬢としての社交そのものを断罪対策へと取り込んでいくのだった。

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