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公爵令嬢に生まれたので断罪に備えていたら、なぜか王国最強になっていました  作者: 玉響すばる


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第17話 団長、その注意の仕方は人を萎縮させにくいですわね

 春もだいぶ深まり、私の日課はすっかり屋敷の一部として定着しつつあった。


 朝に歩法。

 礼。

 軽い鍛錬。

 勉学。

 舞踏。

 午後の基礎。

 夜の記録。


 誰かに止められることも、前ほどはなくなった。

 もちろん父は今でも時々遠い目をするし、母は面白がっているし、兄は半分ほど観察者の顔をしている。

 だが少なくとも、私はもう“熱に浮かされた一時の奇行”ではなく、“困るが本気で続いている習慣”として認識され始めている。


 よろしい。


 奇行が継続されると性質になる。

 性質になれば前提になる。

 前提になれば、次の一歩が取りやすい。


 実に良い流れだ。


 その日、私は二度目の騎士団訓練場見学を許されていた。


 もちろん条件付きである。


 騒がない。

 割り込まない。

 勝手に真似しない。

 見て終わりにしないが、見たその場で余計なことはしない。


 最後の条件は言外のものだが、理解している。

 今の私は、見たことを持ち帰って自分の鍛錬へ変える術を持ち始めているのだから、無理にその場で何かをする必要はない。


 訓練場へ着くと、前回と同じように砂の匂いと乾いた木剣の音が迎えてくれた。


 良い空気だ。


 静かすぎず、騒がしすぎず、張りはあるが荒れてはいない。

 強い集団の空気というのは、だいたいこのあたりに落ち着くのだろう。


 父と兄が隣にいる。

 団長エーヴァルトもすでにこちらへ気づいていた。


「閣下。本日もありがとうございます」


「邪魔をする」


 父が言うと、団長は私へも軽く視線を向けた。


「ルクレツィア様」


「本日も見学させていただきますわ」


「どうぞご自由に、とは申せませんが、見える位置にはご案内いたします」


 その言い方が良い。


 自由ではない。

 だが、見せる意思はある。

 境界を曖昧にせず、必要な範囲で開く。


 これは組織の人間としてかなり上手い言い方だ。


 私たちは前回と同じく端の見やすい位置へ通された。

 今日は打ち込みだけでなく、組同士の模擬戦めいた反復も入るらしい。

 人数も少し多い。


 良い。

 見る材料が増える。


 私はすぐに中央を見た。


 打ち合い。

 受け。

 返し。

 間合いの取り直し。

 止まり。

 礼。


 前回よりも少しだけ見える。

 明らかに見える。


 肩の入り。

 視線の先。

 打ちへ入る前の足。

 終わりの乱れ。


 すべてが鮮明というわけではない。

 だが、“何となく”ではなく、“ここだ”と感じる箇所が増えた。


 成長である。

 よろしい。


 その時、若い騎士が一人、打ち込みの最中に明らかに焦った。

 入る前に肩が上がり、打った後に大きく流れる。

 見ていて分かりやすい失敗だ。


 次の瞬間、団長の声が飛んだ。


「止まれ」


 鋭いが、大声ではない。

 十分届くのに、怒鳴り散らしてはいない。


 若い騎士がぴたりと止まる。


「今の何が悪かった」


 団長は責めるようには言わなかった。

 ただ、答えを求めるように言う。


 騎士は一瞬だけ口を開きかけ、そして言った。


「……焦りました」


「何に」


「先を取りたくて」


「その結果」


「肩が先に出て、打った後も流れました」


「そうだ。なら次は」


「焦らず、間を見ます」


「やれ」


 それだけだった。


 責めすぎない。

 だが、曖昧にも流さない。

 しかも本人に言わせている。


 私は目を細めた。


 あれはかなり良い。


 怒鳴れば一瞬は締まるかもしれない。

 だが、萎縮すれば次の動きが小さくなる。

 甘く流せば、直るものも直らない。

 今の団長の注意は、その中間をきちんと取っていた。


 私は思わず呟いた。


「……団長、その注意の仕方は人を萎縮させにくいですわね」


 兄が横でこちらを見た。


「また何か見ているな」


「ええ。今のは大変よろしいですわ」


 父は聞かなかったふりをしていた。

 最近、その技術が上がっている。

 たぶん処世術だ。


 私は中央へ目を戻した。


 先ほどの若い騎士は、次の打ち込みではかなりましになっていた。

 もちろん完璧ではない。

 だが、さっきより肩が上がっていない。

 終わりも流れにくい。


 つまり、注意が次へ繋がっている。


 大事なのはそこだ。


「ルクレツィア様」


 不意に団長がこちらへ来た。

 どうやら、私が何か呟いたのが聞こえたらしい。


「何か気づかれましたか」


 父の眉が少し動く。

 兄は面白そうな顔をしている。


 私は数秒考え、言葉を選んだ。


「先ほどの注意の仕方ですわ」


「ほう」


「強く止めておられますけれど、怖がらせすぎてはおられませんわね。あの方、次で小さくならずに済んでおりましたもの」


 団長は少しだけ沈黙した。

 その目が、前回よりも明確に“話の分かる相手を見る目”になっている。


「そう見えましたか」


「ええ」


「なぜ、その方が良いと思われますか」


 良い問いだ。


 私は少しだけ背筋を伸ばした。


「怖がると、次の動きで“失敗しないこと”ばかり考えそうですもの」


「続けてください」


「でも、甘く流すとたぶん直りませんわ。ですから、何が悪いかは明確にしつつ、本人に言わせて次へ戻す方が、直りやすい気がいたします」


 団長は、今度ははっきりと笑った。


 低く、短く、だが心から面白がっている笑いだ。


「閣下」


「何だ」


「ご令嬢は、いよいよ妙なところまでご覧になっておりますな」


 父が本当に疲れた顔をした。


「分かっている。毎日見ているからな」


 兄が吹き出す。

 失礼だが、少し分かる。


 団長は再び私へ向き直った。


「今のは、おおよそその通りです。部下を潰しても意味がない。だが甘くしても伸びない。ですから、まず本人に“何が起きたか”を言わせます」


「やはり」


「言葉にできれば、次の修正へ繋がる。言えないなら、こちらが言う。ですが、最初から全部こちらが言うと、考えずに動く者も出ます」


 私はその言葉を深く受け止めた。


 なるほど。

 それは鍛錬だけではない。

 教え方そのものだ。


 前世の競技でも、ただ怒鳴るだけの指導者と、本人に考えさせる指導者では、伸び方が違った。

 言われた通りにしか動けない人間は、少し崩れると戻りにくい。

 自分で認識し修正できる人間の方が、最後は強い。


「勉強になりますわ」


「そう言っていただけると、こちらも嬉しいですな」


 その後も私は訓練場を見続けた。

 今日は人の動きだけではなく、注意の飛ばし方や、組の切り替え方、失敗した者の戻し方まで意識して見た。


 すると、前回とは違うものが見えてくる。


 強い集団とは、動きが揃っているだけではない。

 直し方まで揃っているのだ。


 何を許し、何を止め、どこで切り替え、どう戻すか。

 そこまで含めて空気になる。


 深い。


 これはかなり深い。


 兄が途中で小声で言った。


「また顔が変わっているぞ、ルクレツィア」


「何のことかしら」


「今のは完全に、獲物ではなく“仕組み”を見つけた顔だ」


 少しだけ心外だが、否定しきれない。


 父がそこで低く言った。


「せめて帰るまで黙っていてくれ。余計な刺激になる」


「お父様、それは少し評価が低すぎませんこと?」


「お前が自覚するより、周囲は十分刺激されている」


 それもそうかもしれない。

 たしかに私は、最近かなりあちこちを見ている。


 だが、見るだけなら罪ではない。

 見たものをどう使うかが重要なのだ。


 見学が終わり、私たちは訓練場をあとにした。

 帰り道、兄が何気ない顔で言う。


「さっきの団長の注意、たしかに上手かったな」


 私はそちらを見た。


「お兄様もそう思われまして?」


「思う。言葉は短いのに、相手を潰していなかった。あれは案外難しい」


 兄がそこまで言うなら、やはり価値のある観察だったのだろう。


 父は少し前を歩きながら言う。


「人を使う立場では、技術だけでは足りん。伸ばし方を間違えると、結果的に損をする」


 おや。


 父が自分からそういう話をするのは少し珍しい。

 たぶん、仕事の延長で思うところがあるのだろう。


「それもまた備えですわね」


 私が言うと、父は振り返りもせず答えた。


「お前は何でもその言葉にまとめるな」


「便利ですもの」


 兄が笑い、父は深く息を吐く。

 この流れもだいぶ馴染んできた。


 その夜、記録帳にはまた新しい項目が加わった。


 良い注意は、人を止めるが萎縮させすぎない。

 何が悪いかを本人に言わせると修正へ繋がる。

 強い集団は動きだけでなく、直し方まで揃う。

 伸ばす技術もまた、強さの一部である。


 書き終えた私は、羽根ペンを置いて静かに息を吐いた。


 今日の学びは、たぶん剣だけのものではない。

 舞踏にも。

 礼にも。

 言葉にも。

 人との向き合い方にも繋がる。


 そしていつか、もし本当に断罪のような場が来たとしても、そこには“相手がどう人を動かし、どう空気を作るか”という視点が役に立つかもしれない。


 よろしい。


 また一つ、世界の見え方が増えた。


 ――こうしてルクレツィア・フォン・ヴァルツェンは、ついに“人を潰さずに正す技術”にまで目を向け始め、断罪対策をますます多方面へと広げていくのだった。

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