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公爵令嬢に生まれたので断罪に備えていたら、なぜか王国最強になっていました  作者: 玉響すばる


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第88話 夏季休暇が終わって騎士学校へ戻りましたけれど、どうやら今のわたくしには「推され慣れていない」ことまで含めて整え直す後期が必要なようですわね

 夏季休暇が終わった。


 結論から言えば、休んだ気はあまりしない。


 屋敷へ戻った。

 三年前期課程修了と仮出向を経た自分を、家の中へ再接続した。

 兄の結婚話を聞いた。

 婚約者であるエリザベート様をきちんと知った。

 そのうえで、エリザベート様にかなり気に入られ、友人方にまで見つかり、ご家族にまでかなり真面目に愛でられた。


 ……ええ。

 やはり、休暇というより情報処理期間でしたわね。


 だが、終わったものは終わった。

 夏は閉じる。

 そして、騎士学校へ戻る。


 準王国騎士団服を整え、屋敷の門を出る時、私はほんの少しだけ以前と違う自分を感じていた。


 仮出向の三か月は、順番を変えた。

 夏季休暇は、その順番を家の中へ馴染ませた。

 そしてついでに、他人から真っ直ぐ好意を向けられると、わたくしはまだかなり困るのだという事実も、かなりはっきりした。


 良い。

 面倒ですけれど、かなり良いですわね。


 なぜなら、知らないより知っていた方がましだからだ。


 馬車の中で、私は短く息を吐いた。


 後期課程。


 三年の後半。

 卒業に向けて、削るべきものと残すべきものをさらにはっきりさせる時間。

 おそらく、前期よりもっと“終わり”が近い。


 そこへ入る。


 今のわたくしで。


 騎士学校へ戻ると、空気はもう夏前とは少し違っていた。


 当たり前である。

 前期課程は終わった。

 仮出向も回った。

 戻った者と、これから出る者がいる。

 三年生の中にも、少しずつ“卒業の匂い”が混ざり始めている。


 寄宿舎へ荷を置き、広場へ向かう。

 そこで最初に見つけたのはレオンだった。


 彼は私を見るなり、少しだけ目を細めた。


「戻ったな」


「ええ」


「夏、どうだった」


 私は一拍だけ考え、それから素直に答えた。


「少々、推されましたわ」


 レオンが止まる。

 それから盛大に顔をしかめた。


「何だその報告」


「事実ですもの」


 そこへイリーナが来る。


「何の話?」


 レオンが半ば呆れた顔で言う。


「ルクレツィアの夏休み、何かよく分からない方向に濃かったらしい」


「何があったの」


 私は少しだけ目を逸らした。


「……エリザベート様と、その周囲からかなり好意的に扱われましたの」


 イリーナが一瞬だけ黙り、それから本気で吹き出しかけた。


「待って」

「何かしら」

「それ、騎士学校とか仮出向の話より処理難しくない?」

「ええ」

「でしょうね」


 カイルは少し遅れて来て、私たちの会話を断片だけ聞いたらしい。

 静かに一言。


「また固まったのか」


 私はそちらを見た。


「……少々」


「少々で済んだなら進歩だな」


 その評価は少々不本意だったが、たしかに反論しきれない。


 広場へ整列すると、主教官はいつも通り無駄がなかった。


「三年後期課程に入る」


 それだけで空気が締まる。


「前期で持ったものを、ここでさらに削る」

「仮出向へ出た者は、持ち帰った順番を定着させろ」

「まだ出ていない者は、自分の順番を粗く固めるな」

「全員、卒業を見ろ」


 短い。

 だが深い。


 そしてその“卒業を見ろ”が、今までより重く聞こえた。


 前期の終わりでは、“次へ渡せ”と言われた。

 後期の始まりでは、“卒業を見ろ”と言われる。


 つまり、もう本当に終わりが見え始めているのだ。


 主教官はさらに続けた。


「後期で見るのは、上手さではない」

「残すものを切れるか」

「捨てるものを決められるか」

「そして、自分一人で完結せずに回せるかだ」


 ええ。

 かなり三年後期らしいですわね。


 その日の最初の訓練は、三年だけの短い総合確認から始まった。

 混成ではない。

 二年もいない。

 純粋に三年の立ち方を見る時間だ。


 仮出向帰りの者。

 まだ出ていない者。

 前期で教導を積んだ者。

 それぞれが同じ広場に立つ。


 ここで分かる。


 前より、皆それぞれ違う。


 レオンは、以前より“前へ出たがる速さ”が整理されている。

 イリーナは、鋭さを殺さずに量を選べるようになっている。

 カイルは、静かなまま圧を置ける時間が増えている。


 そして私は、自分の順番がまた少し変わっているのを感じた。


 仮出向で、“その場を一つましにして抜ける”が前へ出た。

 夏季休暇で、それを家の中へ柔らかく接続した。

 さらに、“他人から好かれる自分”の扱いに少しだけ向き合った。


 すると今、広場の中で立つ自分に、前よりほんの少しだけ余白がある。


 前なら、もっときれいにまとめようとしただろう。

 あるいは、もっと正しい順番を先に出そうとしたかもしれない。

 今は違う。


 必要なものを置く。

 置いて流す。

 そのあとで整える。


 その順番が、以前より自然だ。


 訓練の途中、主教官が言った。


「ヴァルツェン」


「はい」


「夏を挟んで、少し変わったな」


「そうかしら」


「仮出向の順番が少し馴染んだ」

「ええ」

「それだけではない」

「何かしら」


 主教官は、ほんの一拍だけ私を見た。


「前より、“自分がどう見えるか”で余計に力む感じが薄い」


 私は少しだけ目を瞬かせた。


 それは、第八騎士団の影響だけではない。

 おそらく、夏のあれこれも少し入っている。


 好意を向けられる。

 困る。

 だが、受け取る。

 全部に完璧な返しは出来ない。

 それでも、まず“ありがとうございます”を置いていい。


 そういう経験は、妙なところで力みを削ったのかもしれない。


 ええ。

 まったく望んだ鍛錬ではありませんでしたけれど。


「心当たりはありますの」


 私がそう答えると、主教官は短く頷いた。


「ならそれでいい」


 良い。

 かなり良い返しですわね。


 昼休憩、レオンが草地へ腰を下ろしながら聞いた。


「で、さっきの“心当たり”って何だよ」


「少々、夏の間に色々ありましたの」


「推された件か」


「ええ」


 イリーナが笑いを堪えきれない顔で言う。


「それ本当に後期課程の役に立つ話なの?」


「立っているかもしれませんわ」


「どういう理屈よ」


 私は少しだけ考えた。

 だが、答えは案外すぐ出た。


「好意を向けられた時、全部を正しく返そうとすると固まりますの」

「ええ」

「でも、まず受け取って、“ありがとうございます”を置けば、そのあと整えられる」

「……ええ」

「少々、現場に似ておりますわね」


 沈黙。


 レオンが止まり、イリーナが止まり、カイルだけが少しだけ口元を動かした。


「無理やり繋げたようで、微妙に筋は通ってるな」


「ええ」


 私は頷く。


「かなり」


 イリーナが肩を震わせる。


「嫌だわ。その学び方はしたくない」


「わたくしも、出来れば別の形が良かったですわ」


 だが、事実として後期課程の始まりに少し馴染みやすくなっているのなら、完全に無駄だったとも言えない。


 午後は二年との混成に戻った。


 ここでまた、後期らしい重さが出る。

 三年は二年へ教える。

 だが前期とは違う。

 今の三年は、卒業へ向かう自分の削りも抱えたまま、二年を見なければならない。


 つまり、“教導しながら自分も仕上げる”のが後期なのだ。


 かなり面倒ですわね。


 ですが、嫌いではありませんわ。


 私は二年の動きを見ながら、前期より少しだけ切るのが早くなっている自分に気づいた。

 ただし、急がせすぎない。

 その線引きも、少しだけ明確になっている。


「今はそこまででよろしいですわ」

「全部を拾わなくてよろしい」

「先に一つだけ残しなさい」

「そのあとで整えれば十分ですの」


 前期の私は、“未熟なままでも壊れにくい形を先に渡す”を学んでいた。

 後期の今は、そこへさらに“どこまで急がせるか”が乗ってくる。


 つまり、段階を切る精度が上がらなければならない。


 訓練の終わり際、主教官が全体へ言った。


「三年後期は、前期より静かに削れる」


 広場が静まる。


「派手に伸びるわけではない」

「だが、残らないものは落ちる」

「残るものだけを見ろ」


 それは、今の自分にかなり近かった。


 外で得た順番。

 家での再接続。

 推される自分への戸惑い。

 その全部が、今ここで“残るものだけを見ろ”に繋がっている気がしたからだ。


 その夜、寄宿舎へ戻った私は、久しぶりに少し静かな気持ちで記録帳を開いた。


 三年後期課程開始。

 どうやら今のわたくしには、仮出向で得た順番をさらに定着させることに加えて、“他人から好かれる自分”への少々の不慣れさまで含めて整え直す後期が必要なようですわね。

 現場で学んだ“まず一つましにする”も、

 家の中で学んだ“急がせなくてよいものを切り分ける”も、

 好意に対して学んだ“まず受け取ってから整える”も、

 全部、少しずつ繋がっている気がいたしますわ。


 そこまで書いて、私は少し手を止めた。


 それから最後に、一行だけ静かに足した。


 どうやら三年後期とは、剣や戦術だけではなく、“今の自分に残すべき順番”を、思わぬところで得たものまで含めて見極めていく期間のようですわね。


 ……かなり面倒ですけれど、かなり悪くありませんわ。


 私は羽根ペンを置き、静かに息を吐いた。


 後期が始まった。

 ならば、もう迷っても進むしかない。


 削る。

 残す。

 渡す。


 そのための時間なのだから。


 ――こうしてルクレツィア・フォン・ヴァルツェンは、推しの連続で想定よりずっと情報量の多い夏季休暇を終え、仮出向と家での再接続と“他人から好かれる自分”への戸惑いまでを抱えたまま騎士学校三年後期課程へ戻り、今の自分に本当に残すべき順番を見極めていく新しい時間へ入っていくのだった。

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