第407話
第407話
それからも、第一隊での実習は続いた。
魔族領へ入り、周辺の魔物を討伐する。
砦への物資輸送を護衛する。
魔族の動きが確認されれば、その調査や迎撃にも向かう。
先日の防衛戦ほど大規模な戦闘はない。
SSクラスの魔族と遭遇することもほとんどなく、現れるのは下位の魔族や魔物が中心だった。
それでも、ここは魔族領との境界。油断できる場所ではない。
「右から来るぞ!」
「はい!」
アレスの声にレオンが反応する。
迫ってきた魔物の攻撃を避け、その懐へ踏み込む。
一閃。
魔物が倒れる。
その横ではグランヴェルが炎を放ち、複数の魔物を焼き払っていた。
「次だ!」
『レオン、アッチ!』
「分かってる!」
さらに奥から魔物が迫ってくる。
レオンが剣を構え直した。
だが。
「遅いですよ」
「え?」
横を何かが駆け抜ける。
ユリウス。
一人で魔物の群れへ突っ込んでいく。
「あっ、ユリウス!」
レオンが声をかけるが止まらない。
剣を振るう。
一体、二体。続けて魔法。
魔物の群れがまとめて吹き飛んだ。
「ほら。これで――」
「ユリウス!」
「…………」
ユリウスの動きが止まる。
後ろからカトレアが近づいてきていた。
「また勝手に前に出たわね!」
「でも、もう倒しましたよ」
「そういう問題じゃないって何度言えば分かるの!」
「早く倒した方がいいじゃないですか」
「だから!」
「カトレア、戦闘中だぞ」
フェルディナントが横から声をかける。
「分かってるわよ!」
「なら説教は帰ってからにしろって」
「貴方も後で一緒に言ってよね」
「何で俺まで……」
フェルディナントが苦笑する。
ユリウスは既に興味を失ったように次の魔物へ視線を向けていた。
「……全然気にしてないな」
レオンが呟く。
「言って聞くなら、とっくに直っているだろう」
グランヴェルが答える。
「それもそうか」
その後も。
何度かユリウスは一人で前へ出た。
その度に止められ、その度に怒られる。
それでも本人は気にしていない。
自分が一人で倒せる。
なら、自分が倒せばいい。
ユリウスにとっては、それだけのことだった。
◇
任務がない日は訓練。
実戦、訓練、休息。
そして、また実戦。
そんな日々が続いていく。
レオンたちも少しずつこの環境に慣れていった。
第一隊の騎士たちから指摘を受け。
実戦で試し、失敗すれば、また訓練する。
劇的に何かが変わったわけではない。
それでも少しずつ、確実にアーカディアの学生たちは実力を伸ばしていた。
◇
ある日の夕方。
「はぁっ!」
訓練場に剣を振る音が響く。
一度、二度、三度。
レオンが一人で素振りを繰り返していた。
「…………」
少し離れた場所でユリウスがその姿を眺めている。
初めて会った時から変わらない。
任務が終わっても、訓練が終わっても、時間があれば剣を振っている。
「レオンさん」
「ん?」
レオンが剣を止める。
「どうした?」
ユリウスは少し考えてから尋ねた。
「レオンさんは、なんでそんなに強くなろうとしているの?」
「え?」
「今でも十分強いじゃん」
レオンが目を瞬く。
そして、自分の剣を見る。
「まだ足りないからだよ」
「足りない?」
「ああ」
確かに強くなった。
アーカディアへ入学した頃とは比べものにならない。
今なら、あの頃は戦うことすらできなかった相手とも戦える。
それでも。
「確かに俺は結構強くなった。でも、この程度じゃ本当に大切なものは守れない」
思い浮かぶ。
ゼルキス。
圧倒的な力を持つ四天王。
自分たちを相手にしても、遊ぶように戦っていた。
ドラクス。
一撃、一撃。
その全てが恐ろしいほど重かった。
あれほどの怪物たちがいる。
そして――。
「…………」
もう一つ。
脳裏に浮かぶ光景。
荒れ果てた大地、泣いている仲間たち、自分の腕の中で血塗れのルシアン。
左腕を失い、力なく横たわる姿。
あれが何なのかは、今でも分からない。
未来なのか。それとも、ただの可能性なのか。
だが、もしあの光景が本当に訪れるのなら。
「俺はもっと、もっと強くならなければならない」
「…………」
ユリウスはレオンを見る。
その表情は真剣だった。
「ふーん」
少し考える。
「よく分からないや」
「そうか?」
「うん」
レオンは苦笑する。
「ユリウスは守りたいものとかはないの?」
「守りたいもの?」
「家族とか、仲間とか。何でもいいけど」
「…………」
ユリウスが考える。
父、第一隊、昔から見てきた騎士たち。
いくつかの顔が浮かぶ。
だが、レオンが言っているものとは、どこか違う気がした。
「特にないね」
「そうなのか」
「別に戦いも好きなわけじゃないし」
「え?」
レオンが意外そうな顔をする。
「そうなのか?」
「うん」
「てっきり好きなのかと思ってた」
「どうして?」
「いや……強いし」
「それだけ?」
「それだけっていうか……」
レオンが困ったように頬を掻く。
ユリウスは何でもないことのように続けた。
「父親が第一隊の隊長で、僕に才能があって、戦う環境が整っていたから、今剣を持っているだけ」
「…………」
「何となくやってれば強くなれるし」
「ああ……そうなんだな」
レオンが少し苦笑する。
自分とは随分違う。
ユリウスは剣を振る理由があってここにいるわけではない。
ただできたから、強くなれたから、そのまま続けてきただけ。
「だから」
ユリウスがレオンの剣を見る。
「そんなに必死になって剣を振っている意味が分からない」
「…………」
「できないことだって、そのうちできるようになるじゃん」
「ユリウスはそうなのかもしれないな」
「レオンさんは違うの?」
「俺はそんなに器用じゃないからな」
レオンが笑う。
「できないことは練習しないとできるようにならないし、強いやつに追いつこうと思ったら、それ以上に頑張らないといけない」
「大変だね」
「まあな」
それでも、レオンは剣を握り直した。
「でも、俺には強くなる理由があるから」
「…………」
「だから頑張れるんだと思う」
ユリウスには、やはりよく分からなかった。
できることを、できるようにする。
それだけで十分だった。
何かのために強くなる。
誰かのために剣を振る。
そんなことを考えたことはない。
「たぶん」
レオンが言う。
「いつかユリウスにも、剣を振る理由が見つかるよ」
「僕にも?」
「ああ」
「…………」
「その時になったら、今よりもっと強くなれるんじゃないか?」
「そういうもの?」
「たぶん」
「たぶんなんだ」
「俺にも分からないからな」
レオンが笑う。
そして、再び剣を構えた。
「よし」
振る。
一度、二度、三度。
「…………」
ユリウスはその姿を見つめる。
剣を振る理由。
守りたいものなど、自分にはない。
なくても困ったことはなかった。
それでも。
「……剣を振る理由、か」
小さく呟く。
その言葉だけが、なぜか少しユリウスの中に残った。




