第二十六話
第二十六話
静寂の中、声が続く。
「神話の時代の末期――新たな存在が生まれた。それが邪神だ」
空気がわずかに重くなる。
「善でも悪でもない。ただ破壊だけを目的とした存在であり、世界そのものを壊すためだけに生まれた」
ルシアンは何も言わず、ただ聞いている。
「だが本来、神々は対立していても無秩序ではなかった。善神は人を導き、悪神は魔族を導き、互いに相容れぬ存在でありながらも、自らが生み出したものを慈しんでいた」
「だからこそ戦いはあっても滅ぼし尽くすことはなかった。この世界は均衡によって成り立っているからだ」
静かに続く。
「善と悪がぶつかり合うことでエネルギーが生まれ、それが消費され循環することで世界は安定する。人と魔族が現在も争っているのもその一部だ。どちらかが一方的に勝ち、存在が失われれば均衡は崩れる」
「だが――邪神は違った」
声がわずかに低くなる。
「均衡を理解せず、ただ無邪気に壊そうとした。善でも悪でもないがゆえに、世界の仕組みそのものを否定する存在だった」
ルシアンの脳裏に、壊れた街の光景がよぎる。
「だからこそ、善神も悪神も手を組んだ。争いを止め、邪神を十三の欠片に分け、封印した」
「だがその代償として、神々は大きく力を失った」
静かに続く。
「現在、我々はこの世界に直接干渉することが極めて難しい。封印が緩み始めている今であっても、それを止める術がない」
わずかな間。
「――そして」
声がさらに低くなる。
「その封印を、解こうとする者たちがいる」
ルシアンの視線がわずかに動く。
「邪神教」
短い言葉。
「邪神の復活を望む狂信者たちだ」
淡々と続ける。
「邪神の欠片は世界各地に分散され、厳重に封じられていた。だが奴らはそれを探し出し、回収している」
一拍。
「すでに四つ、奪われた」
空気がわずかに張り詰める。
「封印は完全ではない。欠片が集まるほど、邪神の影響は強まる」
ルシアンは何も言わない。
「その影響はすでに現れている」
静かに。
「魔物の活性化。異常な群れの発生。理性を持つ個体の増加」
スタンピード。
あの光景が、自然に繋がる。
「偶然ではない」
はっきりと言い切る。
「世界はすでに歪み始めている」
ルシアンは目を細める。
「……俺にやれと」
「そうだ」
迷いのない返答。
「だが、お前が選ばれたのには理由がある」
わずかな間。
「かつて、私には一人の友がいた」
空気が、わずかに静まる。
「境界を司る神。可能性と現実の狭間に立ち、未来の分岐を観測する存在だった」
過去形。
それだけで、意味は十分だった。
「その者が、お前に目をつけた」
静かに続く。
「この時代において、邪神に対抗し得る可能性を持つ存在として」
そして。
「……生まれた直後、お前は“声”を聞かなかったか?」
その問いで。
意識が、深く潜る。
記憶の奥底。
言葉にならない感覚。
だが確かにあった“何か”。
アストレウスの声が重なる。
「それが、あの者だ」
静かに。
「既にその力は、この世界に残っていない。お前に託され、消えた」
断言だった。
ルシアンは目を閉じる。
違和感が、繋がる。
「お前は生まれた時から、選ばれていた」
重い言葉。
だが、押し付けではない。
事実として置かれる。
「そして現在」
声がわずかに低くなる。
「封印は緩み、世界の歪みは広がっている」
魔物の増加。
異常な出来事。
すべてが繋がる。
「だからこそ、お前に依頼する」
核心。
「邪神の欠片を回収しろ」
一拍。
「そして最終的に、邪神を再び封印するか、あるいは滅せ」
静かに言い切る。
「放置すれば均衡は崩壊し、世界は終わる」
沈黙。
思考は、すでに終わっている。
ルシアンは静かに目を開いた。
「……やります」
短く。
だが確定した答え。
「理由は十分です」
一拍。
「邪魔なら、消す」
感情はない。
ただ事実だけを述べるように。
アストレウスはそれを受け取る。
「いいだろう」




